第19話 海水浴

「やっほー! 海だー!」



「久々の海だぞー! 泳ぐぞー!」



「あんまはしゃぐなよー。ケガするぞー!」



まったく――体は大人、中身は子供だな。某アニメの逆だよ。



「あの子たち、本当に高校生なのかしら」



「いいじゃん。子供心忘れてないって感じでね~」



「あれ、しずくが珍しくまともなこと言ってる……」



「——ハルくん、それどういう意味?」



だって、いつもふざけてるお前がまともな事言ってたらびっくりするじゃんか!



「まあ、とりあえず二人は遊んで来いよ。準備してくっからさ」



「分かった、ありがとう~」



しずくはにこやかにそう言うと、鳴宮の手を引っ張って海に向かった。



「しずく、私はビーチパラソルの下で昼寝をするという任務が……」



「——それは任務じゃなくて、わがままの間違いじゃ……」



僕が呆れながらそう言うと、鳴宮はすごい剣幕で僕を睨んだ。



「あんた、それ以上言ったら、殺すわよ……?」



「あ――ごめんなさい」



僕なんか変な事言ったっけ?



ってか、そんな怒らなくてもいいじゃん……凹むよ?



僕は少し肩を落としながら浜辺にビーチパラソルを刺した。



そういえば、さっきまで鳴宮としずくがそこらへんにいたはずだが……って、しずくに無理やり海辺まで連れていかれてたのか。



あいつの行動力には脱帽だな。



僕はそんなことを思いながら、ビーチパラソルの下に敷いた敷物に腰を下ろした。



はあ、暑いな……早く帰りたい……



そんな乗り気でない僕が、なぜここにいるか。



簡単なことだよ。僕はしずくの保護者だから。



一週間前、五人のグループラインにある投稿があった。



「ねえ、海行こうよー!」



「いいな、行こうぜー!」



「おいおい、突然だな」



どうしたってこんな話になってんだ?



僕がお風呂上りにふとラインを開くと、突然動いていて驚いた。



「いいじゃんハルくん、行こうよ~」



「鳴宮、助けてくれよ……」



お前が最後の頼みの綱だ。何とか止めてくれ。



海とか絶対暑いでしょ。日差しも強いし、人混みも凄いし、絶対行きたくないんだよな。



「とりあえず決まったら連絡してね」



「えっ、鳴宮さん、行く気なんですか?」



「来栖、あんたね、行かないてがどこにあるのよ。遊べるときに遊んでおきなさい?」



「あれ、僕のお母さんだっけ?」



「あんた何言ってるのよ。罵るわよ?」



「う、嘘です。ごめんさい! ごめんなさい!」



やっぱりしずくの毒舌は聞いてるのが一番だな。いざ受けてみると心がえぐられる感覚があるから。こんなの受け続けたら、今頃この世にいなかっただろうね……



僕はそう考えながら平謝りするのだった。



それから、居間にいるしずくにも説得を試みた。

しかし、皆さんの予想通り作戦は失敗。僕を除いた全員が賛同。そのために今日のように日差しがめちゃつよの日に海水浴に行かなければならなくなった訳だ。



はーあ、どうやってこの暇な時間を過ごそうか。

不幸中の幸いなのが、以外にもお客さんが少なかった。そのためか海水浴場をめい一杯使えるようだ。運動大好きな遊馬と奏真がはしゃぎまくってるのが印象的だな。



「ハルくん~、三人が遊び道具持ってきてくれてるみたいだから、遊ぼうよ~」



「しょうがないな。そっち行くよ」



勿体ないよな、せっかく遠くの砂浜に来たのに木陰でのんびりするだけってのは。



僕は若干痺れた足を引きずりながら、海辺まで歩いて行った。日射の影響で灼熱となった砂浜は、僕の徒歩スピードをさらに減速させた。



「それで、奏真と遊馬は?」



「なんか準備があると言って海の家まで戻ってったわよ」



「——あいつら何する気なんだ?」



「さあ? それよりビーチボールでもして時間潰しましょ」



「あ、ああ……」



なんか怖いなぁ……

どうせロクな物持ってきてないだろうし、周りのお客さんたちに迷惑かけなきゃいいけど。

 


「ほら、しずく!」



「いくよ~、ハルくん」



「お前どこ狙ってんだよ……!」



僕はしずくが飛ばしたビーチボールを取りに行った。



それにしても、あんまり気にしてなかったが、女子高生の水着って結構目のやり場に困るんだな。

三人ともビキニだし、胸の大きな遊馬としずくは特に刺激が強い。最初三人が来た時の奏真の鼻の伸びは世界記録更新できるくらいだった。



まあ、分からなくもない。特にしずくは制服からでも分かるくらいスタイルがいい。更に言うと、同居生活の中でしずくがバスタオルを巻いたまま風呂場から出てくることもしばしば。


見慣れているわけじゃないけど、相変わらずの破壊力だなと思っている。



僕がしずくの飛ばしたボールを持って、二人のそばに戻ると、例の二人も合流した後のようだった。



「来たね。じゃあ始めていくよー!」



「さあ、ショータイムのスタートだ!!」



「——そんな決め顔で言ったってカッコよくないぞ?」



僕は奏真の顔を見て、ため息交じりの言葉を吐いた。しかし奏真は僕の言葉を我関せずの状態で、大量の荷物の中から初めの遊具を出してきた。



「それじゃあ始めてまいりましょう! それでは最初のお楽しみは……?」



なあ、この状況ってツッコまなくてもいいのか?

まあいいのかな。だって他の三人は違和感を覚えている様子もなく、ただ奏真の行動を眺めているようだし。もしかしたら僕が変なのかもな。



「いや、なんで誰もこの状況に違和感持ってないのよ!」



「ちょっとそこ、うるさいですよ! これから俺のエンターテイメントが幕を開けるんだからさ!」



「——うるさいのはお前だよ……」



奏真は僕の言葉に耳を貸さず、活き活きとした様子で進行をしていた。



というか、どういう訳か砂浜に特設ブースが出来上がっていた。ちゃんとしたセットにマイクスタンドがあって。ただ一つ残念なのが、奏真の格好だった。

大体司会って、スーツとか蝶ネクタイとか、厳かな場に来ていくような衣装を身に着けるものじゃないのか? それが、水着だから違和感満載なんだよな。



「さあ、早くご乗船ください!」



奏真はそうやって僕らを急かすように言った。

最初はモーターボート。水上アクティビティの定番だ。



「乗ったぞ」



「了解! それではスタートします!」



奏真の掛け声とともに、運転士がエンジンをかけて発進した。



「——なあ! スピード速すぎないか!」



「来栖、あんた、何言ってるのか全然聞こえないんだけど!」



「紫音ちゃん! お腹空いたならそう言ってよ~!」



なんか全然会話がかみ合ってないな。

まあ、仕方ないんだけど。モーターの音と水しぶきを上げる音で僕らの声がかき消されてるから、ちゃんと聞こえないんだよ。



「それでさ、あの三人はいつまで揺られ続けるのー?」



「んー、俺が飽きるまで?」



「いいなー! 私もあれに乗りたい!」



「——お前、ドМなのか?」



奏真は呆れながらそう言った。

しかし遊馬は、奏真の言葉を理解できていないようで、ポカンとしたような様子で。



「何それ、おいしいの?」



「——そんなベタなボケする?」



「ボケ? 別に私普通の事しか言ってないよね?」



「もういいや……あいつら、あと数分で帰ってくるから、待ってようぜ……」



「はーい!」



遊馬は奏真のため息に気づくことなく、呑気にしずく達のボートを眺めていた。



それから僕らのボートはさらに速度を上げていき、海岸からの距離もどんどん離れていった。



「なあ、こんな沖のとこまで来て大丈夫なのか?」



「大丈夫じゃない? ボート乗ってるし、落ちてもすぐに拾えるでしょ」



「だと良いんだがな……」



僕は一抹の不安を抱えつつ、残り数分の水上旅の終わりを待っていた。

まだ昼間で日射もまだ衰え知らずの時間帯。しかし、風が強くなってきていた。水流にも徐々に変化がみられる。



「さあ、戻るぞ! スピード出すから捕まってろよ!」



イケイケな兄さんは得意げな様子でそう言ったが、僕の中での不安感はさらに募ってった。



「大丈夫なんすか、こんなスピード出して!」



「ああ! 絶対大丈夫さ!」



よくそんな事言えるよ。

こんな風が強い中、波も少しずつ高くなってきてるし。



そしてその時は訪れた。



「おい! スピード落とせって! この波の高さはやばいから!」



「大丈夫だよ! あんちゃん、結構心配性?」



もう何言っても駄目だ……



そして目の前に現れた波に、スピードマックスのモーターボートが突っ込んでいった。

次の瞬間、勢いよく突っ込んだボートは案の定バランスを崩し、僕や紫音、運転手は無事に衝撃に耐えられたが……



「——しずくー!!」



流れのはやくなった海に、しずくが投げ出されてしまった。



「ど、どうしたら……」



「——おい鳴宮、これ持ってろ!」



「えっ……何するつもり?」



「いいから……! 運転手もここで待ってろよ!」



「あ、ああ……」



運転手はどこか責任を感じているようだった。

しかしそんなの後の祭りだ。いま考えたって起きたことは取り戻せない。



僕はそのまま海に飛び込んだ。

しずくの泳ぐ能力を考えたら、まず助からない。プールで泳ぐには申し分ない能力はある。しかし、水流が速くなっていて沖に流されている。そこを考慮するとさすがに厳しそうだ。



沈んでいくしずくが目に入る。苦しそうに喉を抑えていた。

徐々に僕らが沖の方向に流されているのを肌で感じた。このまま流されっぱなしはマズい。

どれだけ速く泳いでも追いつくことができない。めい一杯手を伸ばしても、足を動かしても、その距離は最初と同じだった。



そして、しずくの限界が目に見えた。

しずくが水を飲む瞬間を目にしたからだ。喉にあった手もぐったりとして、そのまま海の中に漂うようにしていた。



頼む、間に合ってくれ!



僕はそう祈りながらしずくとの距離を縮める。

もがき苦しんでいた時に比べて、自分から離れてく速度が落ちた。それが不幸中の幸いで、何とか追いつくことができた。



よし! ようやく腕をつかめたぞ!



僕はしずくを抱えるようにして浮上していった。そろそろ僕の息も限界が近い。

早く浮上しないと共倒れになりかねない。だから、僕は急いで足を動かした。



「はあ……はあ……」



「——しずくは……しずくはどうなのよ……!」



「——分からない……とりあえず応急処置しないと」



僕が水面から顔を出すと、モーターボートは意外にも近くにいた。そのまま拾ってもらって、丁寧に海岸へ戻った。



「奏真、早く救急車呼べ!」



「もう呼んだよ。もうすぐ来るはずだ」



奏真の顔にはいつもと違って、笑みの欠片もなかった。

この場で笑っていたら正直、我慢の限界だったが、ギリギリというところか。



「とりあえず、応急処置を……」



僕はしずくに近づいた。そして首元を触ってみる。



「良かった……」



僕は無意識的にそう言った。

それから応急処置を試みる。まずは人工呼吸を行わなければならない。



「どう? いけそう?」



「何とかはなりそうかな」



僕はそう言ったが、気休めにしかならないことも分かっている。結局はどうなるかははっきりしていないのだから。



――頼む、目を覚ましてくれ。



――呼吸をしてくれ。



僕は祈るしかなかった。



――あの呑気な言葉をまた聞かせてくれよ



――また、積極的に絡んできてくれよ



――また……また、あの輝くような笑顔を見せてくれよ



「好春……」



「ふざけんなよ! ここで死ぬとか許さないからな!」



「来栖……あんた……」



「さっき、あんだけはしゃいでたお前はどこ行ったんだよ! 呑気に笑ってたお前はどこ行ったんだよ!」



「ヨッシー……」



三人は声を失っていた。

でも僕の視界にそれが入ることは無かった。

なぜか。それは僕の怒りが最高潮に達してたからに他ならなかった。



「だから言ったんだよ! あの場でスピードを出すなって! こうなるのが目に見えてたから!」



「——ああ、そうだな」



「なんであの運転手は人の話を聞かないんだ! そうやって自分を過信しすぎるからこうなるんだよ! 人の命をなんだと思てるんだ!」



「——そうね」



分かってた。ここで何を言っても変わらないことぐらい。

現実が好転するはずがないことくらい。

それでも言わないとやってられない。

だって、このままだと儚いそれが、いなくなってしまうかもしれない。



でも、文句を言うのはやめだ。今は目の前の命を救うのが先だ。



僕はまた人工呼吸を再開した。



胸を強く押し、口から空気を入れる。それを幾度となく繰り返していく。

誰も口を開く者はおらず、聞こえる音とすれば虚しく聞こえる波の音だけ。

周りも、海水浴客も固唾を呑んで見守っていた。



そして……



「ゲホッ……ゴホッ……」



「しずく……! おいっ、しずく……大丈夫か!!」



「来栖、分かるけど、まずは落ち着かせるところからにしなさい?」



「あ、ああ……そうだな。すまん……」



僕は反省しながらそう言った。



そりゃそうだよな。水呑んじゃってた訳だし、すぐ話せるわけないよな。



「話さなくていいから、聞いてくれ。これから救急車が来るから一緒に乗ろう」



僕は柔らかな口調でそう言った。

しずくも若干だが頷きを確認した。



「私たちは大丈夫?」



「申し訳ないけど、片づけを頼みたいから、残ってくれるか?」



「そういう事なら任されたぞ」



「うん、頼むな」



僕は奏真たちに後を任せて、直後に到着した救急車に同乗した。

そして担架に運ばれるしずくと共に、救急車で病院に向かうのだった。



















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