第18話 焦り
「じゃあ行ってくるね~」
「うん、気をつけてな」
しずくは玄関を後にした。
聞くところによると、いつもの三人組で遊びに行く約束をしていたらしい。
やっぱり女子高生なんだな。
同居してたらそんな風には見えなくなってくるからな。
なんでかって?
ゴロゴロしてる様子は猫に見えたり年下の妹に感じたり。
お風呂上がりに遭遇すると、今度は年上のお姉さんに見えたり。
家事を面倒臭がっている様子から娘に見えるし、家事をやっている姿からはお母さんのよう。
また遊んでる時間や何気ないひと時は、なんだか同性のカップルのように錯覚さえする。
様々な面を見てきたつもりだったが、学校で過ごす時間がないことから高校生の一面を見る機会が本当に少ないのだ。
「一人か……」
僕はボソッと呟いた。
珍しいパターンだな。いつもだったら、ソファの端っこで寝っ転がりながらスマホをいじってるのに。
僕は少しだけ寂しさを感じていた。
昼では時間がまだあって、昼ご飯も残り物で済みそうだった。
だから外出する用事もなければ、やりたいゲームもない。
簡単に言えば、最強の暇人が出来上がった瞬間だったわけだ。
さあ、どうしたものだ。
前にやったゲームをもう一回やるか?
いや、何か気分じゃない。
久々に凝った料理でも作るか?
それはだいぶ面倒くさいな。
宿題も終わらせたし、必要な家事もないし、もうだらけるか!
僕はそう決心すると、テレビ前のテーブルにのり塩ポテチを開封し並べ、コーラをグラスになみなみと注いで、ポテチの脇に置いた。
とりあえずテレビをつけてみる。
チャンネルをザッピングしてみた。しかし大した内容の番組もなく、スマホ片手にただひたすらに眺めているだけだった。
「ん? 電話だ」
持っていたスマホが震えた。
珍しいこともあるもんだな。僕に電話なんて。
画面には”天方奏真”と映し出されていた。
「もしもし」
「おー、出た! 今何してんだよ」
「絶賛暇人中」
「おう、知ってた」
「なんで知ってんだよ! 監視カメラでも仕掛けてんのか?」
「そんな面倒くさいことしないから……」
「じゃあ、なんで?」
「さっき紫音と会って、三人で遊んでるって言ってたから。お前がボッチだろうってな」
「……正解なんだけど、何か傷つく」
事実は人を傷つけるんだよ、もっとオブラートに包んでくれ。
「てかよ、お前が俺に人生相談とか珍しくないか?」
「まあ、奏真ほど信頼できる人がいないから」
「なんだよ、今日はやけに素直だな」
「言い争いできるような感じじゃなくてさ」
僕はしずくとの同居の件について、奏真に相談していた。
「責任」その言葉が頭に残っていた。時間をもらう責任が僕に大きな重荷になっているからだった。
「俺には何もできないぞ?」
「頼むよ。協力してくれ」
これは僕の問題だ。奏真の言う通り、出番はないのかもしれない。
「いいけど、俺は何をすればいいんだ?」
「最善の方法を教えてくれ」
しずく父が僕に出した問題。それを解決に導く最善の方法を迅速に出したい。
「嫌だ」
「なんでだよ」
「楽すんな」
「は? 楽?」
「ああ。お前、その問題を提示されてから、何日目で俺に連絡してきたよ」
「確か二日後とか……」
「少々早すぎやしないか?」
二日。
確かに悩みをカミングアウトするには早すぎるかもしれない。
でもその二日間で、色んな角度から考えて深く考えたり屑な思考に至ることもあった。
睡眠時間も減ってきていて、質までもが悪くなってきている。
正直限界だった。
「早くないんだよ。もう考えすぎて限界なんだ」
「お前さ、なんでそんな焦ってるんだ?」
「言ったでしょ? これは僕だけの問題じゃない。しずくにも影響が及ぶんだ」
「本当にそう思っているのか?」
「どういうことだ?」
「とりあえず高校の間は、今のままで大丈夫だと思うぞ」
なんでそう言えるんだよ。
僕は他クラスの状況は知らないし、しずくからも親友たちの話以外聞くことは無かった。
「考えたんなら分からないか? 仮にお前と同居を解消して、一人暮らしに戻った時によ、どうなっていくと思う?」
「まあ、始めのうちは苦労するだろうけど」
別に時間が経てば順応していくだろ。
「確かに適応はしていくだろうね。でも、生活レベルは上がらないし。なにより家がつまらなくなるな」
「そこらへんは、友達とかを家に呼べば大丈夫じゃないか?」
「知ってるか、あの子、意外と一線をちゃんと引いてるの」
「一線?」
「ああ。男子友達と遊びに行くことはあっても二人きりはないし、家に上げることもなかったし。距離感が近いながらもちゃんと線引きはしてたっぽいぞ」
「そうは言っても、幼馴染なんだし、あんまり特別だとは思わないかな」
そりゃ、出会って数か月の友達と、十年以上を共に過ごしてきた幼馴染を一緒にしちゃいけないと思うんだけど。
「まあ、そう考えるのならそれでもいいけど、幼馴染だからってお前と同じとは限らないぞ?」
「そうだけど、学校の人と比べるのはあんまり参考にならないんじゃないか?」
「さすがに年月が違いすぎるか」
奏真はそう言うと、話の方向性を変えた。
「まあ、俺が言いたいのは時間をかけてもいいんじゃないかって事」
「だから、早めに結論出したいんだって」
「なんで?」
何回も言わせないでよ……
「じゃあ先に言っとくよ」
「な、何を?」
「月待さんに、気になっている男子がいるという話を聞いたことがない」
「奏真が知らないだけじゃないの?」
「この情報通の俺がか? お前が一番俺の情報量の多さを知っているだろ」
そう言われればそうなのだが、奏真にも知らないこともあると思うのだがな。
「てか、誰から情報もらってるんだよ?」
「それはね、ひ・み・つ!」
「えっ、キモ……」
「……そんな引くことある!?」
だってキャバ嬢の年齢を聞いた時と同じような反応をされたら、誰でもそうなるだろ。
「でも、奏真の情報量がずば抜けてるのは認めるよ。それでいろんなスキャンダルを耳にできたし」
「だろ? だったら俺の情報の信憑性が理解できるだろ」
まあ、そうだけど……
「お前が焦る理由は、月待さんに恋人ができなんじゃないか、または将来幸せを迎えられないんじゃないか、だったよな」
「ああ……」
「将来の事は置いておこう。その時までに何がおきるか、今考えられないからな」
「う、うん……」
なんか奏真のペースに飲まれてきた気がする。ちょっと悔しいのはなんでだろう。
「ひとつ言っておきたいことがある。」
「な、なんだよ突然」
「後の事はお前自身で決めろ。誰の意思も反映させないで、自分自身で決めろ」
「お、おう?」
な、なんなんだ?
「そうするけど、どうしたの?」
「本当か? お前のお人好しで優しい性格で、そんなことできると思うか?」
ふんっ……お見通しだったわけか。
「お前、もしかして幼馴染だったりするのか……?」
「何言ってんだ……?」
それだけ僕の事知ってるって、三か月の付き合いだけじゃ難しくないか?
「まあ、そんなことは置いておいて。好春が女子と世間話をしてるのは、お前が聞き上手だから。男友達が多いのはなんだかんだノリがいいから」
「素直に褒められるとむず痒いんだが……」
「いいから黙って聞いとけ」
そんな声色で言う事ないじゃん……! 拗ねちゃうよ!?
「お人好しで、人の誘いにはまず反応して、ずっと気を配って。そんなお前が自分の意見を前面に出すなんてこと、絶対しないからな」
「だろ、だからお前を頼ってんだよ」
「だったら、結婚相手もそうやって決めんのか?」
「そうじゃないけど……」
「何でもかんでも人の意見に頼りっきりだと、この後痛い目見るぞ?」
あぁ!?
僕はそう言いかけて喉の奥に引っ込めた。
「お前、言いすぎだぞ?」
「ここまで言わなきゃ、お前俺の話聞かないだろ?」
「話ってなんだよ」
僕がそう言うと、奏真は少し間を開けて話した
「この問題は、試されてるって思った方がいいぞ」
「試されてる?」
「お前はこの問題の趣旨を理解してるか?」
「理解してるも何も、しずくと同居を続けるかどうかで、今後の人生が変わってくるって話でしょ?」
「多分それじゃあ半分も理解できてないぞ? 月待さんのお父さんが、どうして将来の話をしきりに持ち出したか、そこに重点を置いて考えてみろ」
「そう言われてもな……」
てか、なんで奏真の方が分かってるんだよ。
僕の理解力ってそんなに乏しいのかな。
「俺はアドバイスしか出せないからな。決断するのも、この先の道を歩くのも、すべてお前一人。俺やお前のダチ達も協力しかできない」
「……」
僕は言葉に詰まった。
正直奏真の話はすべてが正しかった。
「だからさ、月待さんがどうしたいかを考える前に、お前自身がどうしたいかが重要なんじゃないか」
奏真は声色柔らかく言った。
「確かにそうだな……」
「しかも、高校の間での恋愛経験なんて将来に影響はないからな。あと高校の間はお前の家で一緒にいる方がいいだろうし」
「しずくのやつ、楽だからとか、美味しいもの食べられるからとか。なんか動機としては不純な気がするんだよ……」
「まあでも、その分猶予がある。違うか?」
「そうだな。なんかいいんだか悪いんだか」
「プラスに捉えてこうぜ。とりあえず、高三の春に答えを聞かせてくれよ。それまでじっくり考えればいい。いろんな情報を得て、たくさんの時間を共に過ごして、その中で結論を出せばいいんだ。時間はある、だから焦るなよ」
なるほどな。だから「早くないか?」って最初に言ってたのか。この事を知っていて、その選択肢を選ぶと確信していたから。
「なんか、いつもの奏真じゃないな。どうしたんだよ」
「えっ、気まぐれ?」
「なんだそれ、親友のピンチだから、とかじゃないのかよ」
「いや楽しそうだからに決まってるだろ。俺の動機は大体それだからな」
「ただの屑じゃんか……」
さっきまでの感動を返してくれ。
「まあ、いつでも相談してくれ。俺が答えられる範囲なら話せるからな」
「ああ。またよろしく」
そして僕は電話を切った。
なんだか少しだけ胸が軽くなったような気がする。
まだこの生活を続けてよいという安堵感僕を包み込
む。
しばらく暇人を続けてからしずくが帰ってきた。そしていつも通り夕食を作り始めるのだった。
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