第17話 責任

「ハルくん遅いよ~?」



「ごめん、寝落ちしてた……」



「まったく、だらしないんだからさ~」



「……お前にだけは言われたくない」



しずくの日頃に比べればマシだろ。

いつもソファでゴロゴロしてるんだし。



「とりあえず中入ってよ。お父さんもお母さんも待ってるからさ~」



しずくはそう言うと、にこやかな表情で家に入っていった。



僕はしずくの後に続いて、緊張感を抱きながら三年ぶりの玄関をくぐった。



「変わってないな」



「三年じゃ、あんまり変わらないでしょ」



「確かにそうかもな」



「あれ、緊張してるね~」



逆にこの状況緊張しないやついるか? 

 


そりゃね小学生だったら何も考えないで遊べるよ。



でもさ、僕もう高校生なんだ。気だって使うし迷惑かけないように配慮もする。



「だったら、お前も明日僕の実家に来てよ」



「元々そのつもりだったよ?」

 


「じゃあその時分かるよ。私も大人になったんだ、ってね」



「……ハルくん何言ってんの?」



「えっ、そんな引かなくてもいいじゃん」



もうちょっとさ慈悲の心を持とうよ。



こう僕の緊張をさ、シルクのタオルでくるんでくれよ。その温かみで安心させてよ。



「ほら変なこと言ってないで早く上がって」



「お前がおちょくってくるからでしょうが……」



僕がそう呟いたころには、もうそこにしずくはいなかった。



本当に自由人だな……



僕はため息をつきながら二人が待つリビングに向かった。



「あらー、久しぶりねー」



「あっ、しずくのお母さん。お久しぶりです」



「何ーその呼び方、お母さんって呼んでいいのよ?」



あー、蛙の子は蛙ってやつね……



「母さん、ハルくんは……」



「好春君が?」



「まだ……家族じゃない……というか……」



あれ? しずくの様子がおかしいぞ?



昔もこんなだったっけ……



いや、こんな話してた記憶はないな。



「しずくのお母さん……」



「お母さん!」



「……あっ、お、お母さん。しずくどうしたんですか?」



「えー? お母さんがおちょくってんのよー」



「母さんの意地悪……!」



なんか新鮮だな、特にしずくの膨れ顔。



いつも膨れさせている側だから、やられた気持ちもわかってこれで少しは懲りるでしょ。



「母さん、父さんはどこ?」



「部屋で着替えてるからもうすぐ来るわよ」



しずくのお母さんの言葉を聞いた瞬間、心臓の心拍数が急上昇したのが分かった。



「好春君ここに座って? しずくは好春君の隣ねー」



「う、うん……」



……なんかしずくのお母さんが楽しそうにしてる。



しかも、それでしずくまでが圧倒されている。それが見ていて楽しいったらありゃしない。



僕はその後、しずく母の誘導通りに動き、しずく父が来るのを待った。



「待たせて悪いね。それじゃあ始めようか」



「あ、お久しぶりです。しずくのお父さん」



「お父さんと呼びなさい。なんか距離感感じるな、その呼び方は」



「えっ……」



おいおい、しずく父もかよ!



この家族、やっぱ癖強いな。しかもしずくが一番薄いのが、なんだか納得いかない。



てか、しずく父なんか可愛い……!



「えっ、じゃ、じゃあ……お父さん……」



「うん、なんかいい響きだな!」



なんだろうこの威厳の無さ。



父親ってもっとこう、含蓄のある言葉を話すんじゃないのか?



まあ、人それぞれってことなのかもな。それにしてもフワフワしすぎてる気もするけど……



「久しぶりの故郷はどうだね?」



「落ち着いて過ごせてますよ」



「それはなによりだな。家でもゆっくり過ごすといい」



「はい。そうさせてもらいます」



「あれ、ハルくん今日はお泊りかな~?」



「なんでそうなるんだよ! 頃合い見て帰るよ」



「えっ、好春君帰るの? お父さん寂しいよー」



「えっ!? お父さん!?」



なにこの可愛い生物!



男性のわりに高めの声。そこから出てくる、体調が悪くなるほどの気持ち悪い引き止め。



「まあまあ、とりあえずご飯食べましょうー」



「いいんですか、ごちそうになって」



「いいのよ。そんな硬くならないで」



しずく母はにこやかに手料理をふるまってくれた。



なんて寛大なお方なんだろう。



僕の分まで計算して作ってくれたことを心の底から御礼申し上げます。



僕が何でここまで言うかって?



それはね、僕も料理をするからだよ!



しずくには分からないだろう……あいつはあんまりしたことが無いからな……



そんなアホ脳内はさておき、しずく母の手料理を談話しながらありがたく頂いた。



やはり見慣れないのが、しずくが両親のおもちゃになってることだ。



てか、なんかいつもの自分を見ているようで、自分まで滑稽に思ったよ……



そんな感じで少し僕の心に傷が残った後、四人の談話も終わりの様相を呈してきた。



「私、トイレ行ってくるね~」



「あっ、お母さんちょっと部屋に行ってくるわね」



「おう」



しずく父はそう返事をすると佇まいをただした。



「……お父さん?」



「なあ、好春君……」



僕は生唾を飲み込んだ。



なんだ、何の話をされるんだ今から……



「本当に今日は帰るのかね?」



「え、ええ……さすがにそこまで迷惑をかけられないので」



「迷惑な訳あるか!」



「……なんでそんな主人公みたいなんですか?」



「え? 俺主人公でしょ?」



「えっと……やっぱ何言ってるか分からないですね……!」



しずく父はあくまで真面目に言っていた。



よくもまあ、あんな事を平然と言ってのけられるな。



一児の父とは思えない性格してる気がするよ。



「それでどうするんだ? 泊まるの? 帰るの?」



「……因みに帰るって言ったらどうなるんですか?」



「えっ……寂しくて、泣く」



「あの、可愛いこと言うのやめてもらってもいいですか」



この家族、ツッコミいないのにどうやって話しまわってるんだよ。



まあ昨日見た感じ、三人のボケが渋滞して、終わりが見えない会話になっているような気がする。



てか、二人帰り遅いけど何してるんだ……?



「まあ、おふざけはこの辺で……」



「……ふざけてるって自覚あったんですね」



良かった。どうやら常人の感覚はあるようだ。



「それでは本題に入っていくぞ」



「は、はい」



なんか本気で話する気あるのかな。



結局さっきも、改まった雰囲気を出しておきながらふざけた会話になった。



「しずくとの同居の件だが……」



あっ、本当にまじめな話になったのね。



僕は内心驚きながらも、しずく父に調子を合わせた。



「娘は迷惑をかけていないか?」



「ええ、迷惑は無いですよ」



「本当か? 俺もしずくの父だ。娘が面倒くさがりで、とても協力しているようには思えないんだよ」



まあ、それは否定しないよ。



仕事量で言えば、おそらく僕の方が多い。それはれっきとした事実なんだ。



「それでもしずくは、料理や皿洗いの手伝いもやってくれるんですよ」



条件付きだということは口が裂けても言えないけどね。



「しずくが、そんなことを……」



「ええ。ですから迷惑なんて思っていませんよ」



しずく父は呆気に取られたような顔をしていた。



「そうか、しずくそこまで……」



「なんですか? そこまでって」



「いや、こっちの話なんだ。忘れてくれ」



なんだ?



しずく父、結構情緒不安定じゃないか?



「同居に関しては安心してください。しずくに危害を加えるようなことはしませんし、提案した責任を持ってしずくを守りますから」



考えていた内容、そして流れだった。



僕は本心で自分の考えを述べた。



嘘はないし、これからも続けていこうという決意表明も兼ねた言葉でもあった。



「責任、ね……」



「お父さん?」



しずく父はどういう訳か険しい顔になっていた。



「好春君、俺はね君に感謝してるんだよ。まだ幼いころのしずくの精神的支柱になってくれたし、今もほとんど保護のような形で同居してくれている。正直、頭が上がらないくらいだよ」



そう感謝を述べたしずく父だったが、さらに言葉をつづけた。



「でも責任という観点からいくとね、正直引っかかる部分があるんだよ」



「引っかかる部分?」



「ああ。でも、その前に一つ聞きたいことがある」



「なんですか?」



「好春君、いま気になる子はいるのかな?」



「えっ、な、なんですか、急に……」



僕がうろたえていると、しずく父は圧力を強くかけてきた。



「いいから答えなさい」



「……いるにはいますけど……」



「さらに問おう。それはうちの娘か?」



おい、なんて質問するんだよ。



ここで娘さんが好きです、なんて言ったらほとんど結婚の許可をもらいに来た彼氏じゃないか!



ふとしずく父の目を見た。



そこには先ほどまでの穏やかな彼はいなかった。



はっきりと父親の目をしているように見えた。



「……は、はい」



「そうか、なら君にしずくを任せよう」



「それって、どういう……」



「どうもなにも、しずくと結婚してくれるんでしょ?」



「な、なんでそんな話が飛躍するんですか!」



そりゃ出来たら良いけど……



「飛躍も何もそういう話だったでしょ?」



えっ、そうだったの……?



「まあ、俺が君らの関係性に口を突っ込む気はないよ」



噓でしょ? しずく父、首突っ込みすぎでしょ。



「しずくは僕の事、そういう風には見ていないんじゃないかなって思ってます。だって好きな男子をからかったりしますか?」



「……君は筋金入りの鈍感だね……」



そうしずく父はあきれ顔を見せた。



「というか、どうしてそんな事聞いたんですか?」



僕がそう言うと、しずく父は真剣な眼差しを見せた。



「さっき好春君は、責任って言ったよね?」



「えっ、ええ。言いましたけど……」



「本当かな?」



「それはどういう……」



僕にはしずく父の意図が理解できなかった。



「しずくって、男からモテるでしょ」



「そうですね。それはもう凄い感じです」



あなたに学校の男どもの様子を見せたいくらいだ。



競うようなものじゃないが、告白回数で言えば男女問わずにぶっちぎりだ。



まだ学校始まってから数か月なのに、既に両手では数えられない回数に上っていた。



「でしょ? 中学の時も同じような感じだったんだ」



予想はしてたけど、やっぱりそうだったんだ。そういう星の元に生まれたんだろうな。



「それがどうしたんですか?」



「じゃあもし、しずくの好みの男性がその中にいたとしたら?」



「そりゃ、そんな人の一人や二人いるんじゃないですか」



僕がそう言うとしずく父はため息をついた。



「想像してよ。もし君に好きな人がいて、その子が幼馴染と同居してる」



僕は想像してみた。



もし気になるあの子に好きな人が……



「どうだった?」



「嫌、ですね……」



「でしょ。そんな人と誰が付き合いたいと思う?」



考えたこともなかった。



しずくに好きな人が仮にいるとしたら、僕は出ていくことも辞さない考えだった。



しかし今は前段階。



彼氏ができる云々の前に、好きな人が自分と結ばれようとしてくれないという事か。



「だから僕に、しずくに対する気持ちを聞いたんですね」



「そういう事だよ。言いずらいだろうから、母さんとしずくには外に行ってもらっている。今頃服屋で買い物でもしてるだろうね」



なるほど、通りでしずく達の気配がしない訳だ。



「いいか、本当にしずくの事を考えてくれるなら、同居をする責任を取ってくれるなら、そこも考えてもらいたいんだ」



自分でしずく父の考えを落とし込めば落とし込むほど、考えの理解が深まっていく。



確かに、この時期の恋愛経験は人生に大きく影響を及ぼす。



人生観も変わるだろうし、他人への見方も変わる。



その時間を僕との同居で潰すのは、申し訳ないどころの話じゃない。



しかも社会人になって、結婚を視野に入れられる年齢になった時、手遅れになったらしずくの幸せも遠ざかってしまうのではないか。



「正直、こんな話を高校一年の君にするのは、かなり酷な話だと思う。でも、俺はしずくの父親だ。だからしずくには幸せになってもらいたいんだよ」



「……そうですね、しずくと話し合ってみたいと思います」



「ごめんな、好春君。巻き込んだのにこんな重大な決断を迫ってしまって」



「いいんですよ。どの道、いつかは向き合わないといけない問題だったので」



「どういうことだ?」



「いえ、こっちの話です」



そう、僕らは約束したんだ。



あと六年あるけど、いつかはその時が来る。



それが早まっただけなんだ。



「というかお父さん、そんな真面目なこと言えたんですね」

  


「……好春君、君、俺の事なんだと思ってるんだよ」



「んー、情緒不安定ないじられキャラ、とかですかね」



「いじられキャラには自覚あるけど、情緒不安定ってなに!?」



「そのままですよ」



さっきまでのシリアスな雰囲気から、冗談を言えるほど和やかな雰囲気に変わった。



「二人とも終わったー?」



「あっ、ハルくん、父さんと仲良くなってるみたいだね~」



「結構話したからね。色々知れたよ」



「お父さん、その様子だと良い収穫があったのね」



「まあな。好春君の覚悟を聞いたよ」



「えっ、ハルくん、どんな話してたの?」



「内緒」



「なんでよ~! 私だけ仲間はずれじゃん~!」



やっぱ賑やかな家族だ。



僕は月待家の話の掛け合いを俯瞰して笑っていた。



その後、僕はお風呂を頂いて、しずくの部屋でともに布団に入った。ちゃんと布団は別でね。



「ねえ、しずく」



「ん? どうしたの~?」



「同居、続けたいと思ってるか?」



「うん。続けられるだけは続けたいよ」



僕の問いに、しずくは意外にも即答だった。



「理由は?」



「ハルくんのご飯食べ放題だし、一人暮らしより家事楽だし、ハルくんと遊んでるの楽しいし」



「……お前、最後の付け足せば良いと思ったか?」



「な、なんの事?」



「お前、楽したいだけでしょ」



「そ、そんな事ないよ?」



「そんな動揺してる人の話は信用できないよ」



まあでも、あれだけ即答するって事は、まだ同居生活は続けていられそうだな。



「ごめんなさい……」



「いいよ。僕もしずくと遊ぶの好きだし。家事もちゃんとやってくれてるしね。しずくがいなくなると困るんだよ」



「……ハルくんのくせに……ばかっ……!」



「ん? なんか言った?」



「なんも言ってないよ~。じゃあまた明日、おやすみ~」



その後、しずくから答えが聞こえることは無くなっ

た。



諦めた僕は、床に敷いた布団の中で眠りについた。



胸の動悸が止まらずに眠れないしずくをよそに、僕は眠りの世界に旅立ったのだった。











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