第16話 実家
「よし、着いた」
「はぁ〜、やっぱり落ち着くな〜」
しずくは電車から降りると、深呼吸をした後にそう言う。
「……お前何かおばさんみたいだったな」
僕は考え無しに、思った感想を口にした。
「へ〜、ハルくんて女子にそう言うこと言うんだ…………」
「痛ててて! ごめんなさい……許してください……」
しずくは鬼の形相のまま、無言で僕の脇腹をつねっていた。
しずくのやつ、結構本気で僕のお腹を傷めつけやがった。
まあ、言った僕が悪いんだけど、それにしても痛かった……
「ハルくん、デリカシー無さすぎるよ~」
「だからごめんて……」
僕はしずくに平謝りしている。
そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな……
ボケのつもりだったんだけど。
女子はいまいちよく分からんな……
少々モヤモヤしたまま、実家に向かて歩き出した。
「それで、実家に帰るか?」
「そうだね~。お母さんたちと久しぶりに話したいしね」
僕らは他愛もない世間話をしながら、懐かしさ全開の道を歩く。
元々、幼稚園から一緒だった僕らは、小学校までほぼ毎日下校道を共にしていた。
駅周辺だけに店が立ち並び、学校方面やしずくの住む住宅街にもほとんどお店はなく、小規模の公園かマンションの集合地帯や一軒家が軒を連ねる場所くらいしかない。田舎というには緑が少ないし、都会というにはお店や活気がない。
なんというか――――中途半端な地域な気がする。
でも地元を見ていると、小学生時代のヤンチャな記憶が蘇ってくるようだった。
「久しぶりって、しずく、中学とか実家から通ってたんだよな」
「うん。三駅だし、いちいち借りなくてもいいからね~」
そういえば僕はしずくの中学時代を知らなかった。
しずくが話さないから聞くことでもないと思うけど、空白の三年間だから案外気になる部分だったりする。
まあ、無理に話させるようなことでもないよな。
どっかのタイミングで知れるかもしれないし。
「んで、しずくのお父さんから呼び出されたって聞いたんだけど、たぶん同居の事だよ、ね……」
「そうだね~。お父さん相当気にしてるみたいだから」
「————なんか怖くなってきたんだけど」
「そんな気にしなくても大丈夫だと思うよ? だって、私たち幼馴染でそんな事起きてないでしょ」
しずくは何気なく言う。
起きてない、ね……
僕は複雑な気持ちを抱えていた。
そりゃ幼馴染同士で一線を引くのは同居をするうえで当たり前の事。でも、それでいいのかって思う時もある。
「とりあえず、夕方に向かえばいいんだよな」
「うん。ハル君、お父さんたち久しぶりに会うの楽しみにしてるって~」
「そんな大げさな」
「そうでもないよ。ハルくん会うの三年ぶりとかでしょ?」
「そっか、小学校の卒業式以来か」
僕はしずくに反応する。
するとしずくは、今の会話の流れを完全に無視して、思い出の地を見つけたような様子を見せ・
「懐かしいね~、この公園」
しずくは歩みを止めて、公園に視線を送りながら、少し遠い目をしていた。
「いつも二人で遊んでたっけ」
「だって私、男子にいじめられてたもん」
「そんな平然と言うようなもんじゃないぞ……?」
「ハルくんが守ってくれてたから、全然大丈夫だったからね~」
まったく、呑気なもんだよ。こっちは男子みんなからいじられるし、笑いものにされるしで、大変なことも多かったのに。
でもそれは知らないでいてくれた方が嬉しいか。責任を感じられると接しずらくなるしな。
まあ、今考えればその男子の行動も、しずくに好意があるが故なんだろうけど。
「じゃあ、また後で」
「うん。ちゃんと時間通り来てよ~?」
「ああ。頑張るよ」
僕らはそのまま手を振って別れた。
現在、時刻は正午近辺。待ち合わせは夕方だ。
とりあえず実家に帰るか。
「ただいま」
「あら好春遅かったわね」
玄関で靴を履き替えていると、家の奥から母さんが現れた。
「まあね。しずくと色々まわって、思い出に浸ってたよ」
「あら、相変わらずね。同じ学校って聞いてたけど、やっぱり二人は仲がいいわね」
母さんの顔には、腹立たしいニヤニヤとした表情が浮かぶ。
「幼馴染だからな」
僕は当然のように言う。
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ?」
「あー、はいはい。あんたも変わらなきゃね」
そういうとあきれ顔を浮かべて肩を落とした。
「なんだよいきなり……」
よく分からないな。なんか、皆んなこんな反応する気がするんだよ……
僕なんか変なこと言ってるのかな……?
僕の中に悩みの種が生まれた瞬間だった。
それから僕は二階に荷物を運び、三年前に家を出たままの自室に戻った。
そしてそのままベッドに体を投げた。
とりあえずあと数時間、僕はこうしていられる。
この後、しずくの家で話す内容になんとなくの検討はついている。恐らくは間違いはないはず。
そうなると、もしかしたらしずくとの同居も終わりかもな。
――べ、別に、終わったからってどうでもいいんだけどな……!
そう心に言い聞かせてみた。
そして――――気持ちは静まらなかった。
「……なんで今になって寂しくなってんだよ」
今日の朝までうざいくらい絡まれたし、からかわれたし、おもちゃにされてたし。
でもそれがない朝を考えると……
僕はしずくがいない日々を想像していた。
朝起きたら、寝相の悪いしずくが自分の布団にいて、朝から騒がしい一日が始まる。
起きるとしずくは洗面所に、僕は台所にそれぞれ向かう。
朝の支度を済ませると、いつもギリギリの登校道。足早に学校に向かう。
学校の間は昼食以外に顔を合わせない。基本クラスの男子と喋っている。
放課後はその日によって変わる。一緒に帰る日もあれば、各々友達と帰る日もある。
買い物を済まして帰宅すると、大体しずくはソファの上でスマホをいじりっていた。
たまに料理を手伝ってもらう時もあるが、そういう時に限ってなにかしらの意図がある。
大抵はアイスのパシリだな。
けれど、しずくも自分の仕事はこなしてくれている。それも僕が帰宅したころには基本片付いていた。
食事の後は大体ゲームとかふざけた遊びとかで時間を使っていた。
そう考えると意外と二人で遊んでるんだな、驚いた。
寝る時間はお互い眠気が来たら勝手に寝ている。とはいっても大体時間は同じなんだよな。
――――てか、なんでこんなこと考えてんだ?
僕は不意にそう思った。
なぜ思い出したんだろう。大した思い出もないのに。
でもなんだろう、不思議と心が温かくなるような気持ちは。
そして、そのまま僕の意識は深淵に落ちていった。
――――夢を見た。
どんな夢かって?
しずくが誰かにさらわれる夢だったよ。
なんだってこのタイミングでこんな不吉な夢を見たんだか。
僕は少し寒気がした。そしていたたまれない気持ちになると、すぐにベッドから起き上がった。
ふとベランダに視線を送った。
「おい、もう夕方じゃんか……!」
おいおい、僕二時間も寝てたのかよ……
僕は少し焦りを感じながら身支度を整えた。
「あんた、月待さんのお宅に向かうんだって?」
「うん、それがどうかした?」
「……あんた、これだけは忘れないでね」
「う、うん?」
「————高校生は十分な大人だってこと」
「うん、分かったよ」
母さんは何が言いたかったんだ?
確かに高校生は十二分な大人だと言える年齢だ。義務教育から外れたし、大学生には劣るとしても自由はある。
けれど、それが何だっていうんだ?
今関係あるのかな……
僕は少々のわだかまりを感じながらしずくの実家へ歩いていくのだった。
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