訳あって幼馴染と同居始めました

第12話 鬼ごっこ

パーティーゲームで心を折られた数日後。

僕らは、今度も奏真に呼ばれて学校に来ていた。

「ねえ来栖」

「うん、どうした？」

「あの人って暇人なの？」

「アイツ、ずっとあんな感じだよ」

「……ふんっ、暇人を通り越してアホね」

鳴宮は呆れた様にそう言った。

出たー、この切れ味鋭い毒舌！

僕、これ大好きなんだよな！

「ねえ、ヨッシー何か聞いてないの？」

遊馬の表情には不安が滲み出ていた。

「何も聞いてないよ。いつも全く教えてくれないんだよな」

僕は申し訳なく思いながらそう言った。

アイツの秘密主義には恐れ入るよ。これだけ一緒にいてもなお、奏真の事を知っていると聞かれれば困るとくらいだ。

「あの男が秘密主義ね……もしかしてヤラシイ事でも考えてるんじゃないかしら」

「うわっ、なんかありそうなのが嫌……！」

アイツのことだからありえない事でもない気がする。

女子のことで頭いっぱいだな、と思う事も多い。

「まあでもさ、男の子なら仕方ないよー」

「そうだね〜。ハルくんだってスマホの検索履歴に……」

「あーあー！　何の事かな！　分からないなー！」

僕は慌ててしずくの口を塞いだ。

「お前、余計なこと言うなよ！」

「別に健全な男子高校生なら当然のことじゃない？」

「それでも、僕が社会的に抹殺されちゃうからやめてー！」

まったく、困ったものだ。

というか、何でしずくがそれを知ってるんだ？

僕は疑問に思わざるを得なかった。

お互いのスマホの暗証番号を教え合ってる訳じゃないし、僕のスマホを開けるはずがない。

なのにどうして僕のコレクションを知っているんだ？

僕は背筋に寒気が走ったが、都合の悪い話題だったため、すぐさま話を切り替えようと必死に話題を探した。

「それで、ここで何やるんだ？」

「あっ、話変えた！　やっぱりヨッシー、隠したい事があるんだー！」

僕の路線変更はすぐに遊馬にバレてしまった。

「もうやめてくれ……！　僕をいじめないで……！」

僕は涙目で訴えた。

もう、メンタルがズタズタだ……

奏真のムッツリ疑惑から、何で僕が巻き込まれなきゃ行けないんだよ……

「それで、何で私たちがここにいなきゃいけないのよ。早く始めましょうよ」

「そ、そうだよ！　早く始めよう！」

これで僕の検索履歴について詮索されずに済む。

早く奏真説明を始めてくれ！

ようやく最悪の流れが終わったと安堵の表情を浮かべていた僕だったが、さらにしずくの追い打ちが始まった事に、肩を落とさざるを得なかった

「それで、ハルくんの検索履歴ちゃんと見れなかったから、今度見せてね〜」

「頼むからもうやめてくれ……」

なんで始まる前から既にオーバーキルされてるんだろう。

そんな絶望に似た感情が僕の心を支配していた。

もうちょっと優しくしてくれよ……

僕の切実な願いだった。

「何だか楽しそうだな」

「おい奏真、早く状況を説明しろ！　何をすればいいか全く分からないんだけど！」

僕は奏真の参入だけは許さなかった。

次の登校日に公開処刑が待っていることが目に見えたからだ。

それから何度かの押し問答の末、ようやく趣旨説明が始まった。

まずは状況の説明から始まった。

ここは夏休みの学校。仮想世界ではなく、正真正銘僕らが普段勉強する学舎だ。

「君たちにはこれからゾンビから逃げてもらう」

「はあ！？　アンタ何言ってんのよ。ゾンビなんかいるわけないじゃない！　冗談も大概にしなさいよ」

鳴宮は、ゲームマスター気取りで鼻につく喋り方の奏真に、キレたかの様な声を飛ばした。

「さあ、それはどうかな。とりあえず窓の外を見てごらん」

僕らは奏真に誘導されるがままに窓の外を見た。

そしてその光景に愕然とした。

「おい、何だよあれ！」

「ここ、現実よね！　何でアイツらがいるのよ！」

校庭には一杯のゾンビたちがウロウロしていた。

ありきたりな説を唱えるのであれば、

奏真が友達を募ってゾンビ役を演じてもらっている、

が正解だと思うんだけど……

「おい、あの人数どうやって集めたんだよ！」

明らかに度を越している。

校庭を埋める数をどうやって集めたのか。

「さあ、今回の趣旨はわかったと思う。これから1人一個注射器を配る。それを使えば誰か1人を人間に戻す事ができる」

そんな感じでルール説明がなされていった。

制限時間は30分。その間、校内に放たれたゾンビから逃げなければならない。

もし捕まればゾンビになってしまい、追う側にまわってしまう。

30分後、閉鎖された校舎から脱出できればクリア。時間がくれば正面玄関が開く。

「ルールはシンプルだな」

「嘘でしょ……鬼ごっこなんて子供の遊びじゃない。なんで私が……」

鳴宮は、改めて絶望感に打ちひしがれた様な顔をしていた。

「いいじゃんしーちゃん！　楽しむ事が大事だよー！」

遊馬は鳴宮の顔を見ながら笑っていった。

それを見た鳴宮は、呆れたように遊馬を見ていた。

それはどこかいつもの僕たちを見ているようで、僕は少し不思議な気持ちになっていた。

「ハルくん、一緒に逃げよ〜」

「いいけど、はぐれんなよ？」

僕は冗談めかして言った。

「じゃあ、こうしちゃうもんね～」

しずくはそう言うと僕の右腕に抱き着いてきた。

「お、お前……！」

「こうすればはぐれないでしょ～」

しずくは楽しそうな笑顔を浮かべていた。

それを見た僕は、理性を保つ事に必死になっていた。

それはそうだけどさ……

僕の理性を何だと思ってんだよ……

「なあ、走りずらいからやめてくれない？」

「え～、だってハルくん足速いじゃん」

「じゃ、じゃあ……」

僕はしずくを直視できなくなってしまった。

男子ならわかってくれるだろ、この時の気持ちを……

僕は心の中で、男子諸君にこの状況がいかに危険なものなのかを理解してほしかった。

もしかしたら理性が吹っ飛ぶ瞬間が垣間見えるかもしれない。

その恐怖との戦いを、僕はどうやって避けようか思考を巡らせた。

「手、繋ぐのはどう？」

これならはぐれないし密着度も少ない。

“行ける！”そう確信を持った

「うん、繋ぎたいな！」

しずくは屈託のない笑顔を浮かべていた。

世間で言う恋人繋ぎを僕らはした。

別に下心があったとかじゃなくて、単純に走っても離れにくい繋ぎ方を選んだらここに行き着いたのだ。

それでも僕の心拍数は上昇の一途を辿った。

それは当然といえば当然で、自慢をする訳じゃないが僕は恋愛経験ゼロなのだ。

だから、こんな青春シチュに反応しない訳がなかった。

「それでは始めるぞー！　ゾンビ襲来まで……」

５，４，３，２，１……

「スタート！　さあゾンビたちあいつらを追いかけろ！」

奏真の合図でゾンビたちが校舎に入ってきた。

ゾンビ特有のうめき声が校舎中に響いている。

「とりあえず学校見て回ろうよ～」

「お前、この高校に通ってんだよな……」

「そうだけど、回って隠れられたりできる場所見つけたほうがいいかなってね～」

「な、なるほどな」

意外と考え方がまともでびっくりした。

「隠れられそうな場所はなさそうだな」

僕らは三階建ての校舎を見回ってみたが、二人が隠れられそうな隙間はなかった。

「とりあえず他をあたろうか」

「だね～」

しずくは相変わらず呑気な様子で言った。

「んじゃ、外見とくから後ろ頼むな……って、ゾンビ来てるー！！」

「うわっ、ハルくん大声出さないでよ～」

「いいから、早く部屋の奥に……！」

僕はしずくを押しのけるような形で教室の奥に入っていった。

「ちくしょう！　あそこしかないな」

僕は掃除用具ロッカーの中で、息を殺してゾンビがいなくなるのを待った。

「しずく、大丈夫か？」

「う、うん。苦しいくらいかな～」

「うっ……！」

僕は腹部の感触から、男としての誠実さを試されている様に感じた。

苦しいって言ってたけど、そりゃそうだよな。

だって、あなたの胸が僕のお腹で押しつぶされてるんだから。気道が狭くなってるに決まってるよ。

「もう少し我慢できるか？」

「何とか、ね……」

とりあえず何とかして距離を取ろう。

僕はしずくから1、2歩下がって、しずくの苦しみを和らげとうとした。

「待って、距離取らないで」

そう言いながら、しずくは僕に抱きついてきた。

「お、おふ……！」

僕からは無意識的にそんな声が漏れていた。

そんな胸を当てないでくれ。僕の理性を本格的に無くす気か……？

ただ、しずくの行動は尤もで、確かにロッカーには距離を取れるほどの余裕はない。

そればかりか、夏場の蒸し暑さが僕らの体力を削っていく。

溢れ落ちていく汗は、ここ数年で見た事もない滝の様だった。

「しずく、汗大丈夫か？」

「う、うん。別に暑いかな、くらいだね～」

しずくの調子は相変わらずだった。

なら大丈夫か。時期も時期だ、命の危機にもつながりかねない。ちゃんと注意しておくか。

僕はそう考えつつ、ゾンビの気配がなくなるのを待った。

しかし現実とは非情で、なかなかゾンビがいなくなってくれない。

どうしたもんかな……

「おい、本当に大丈夫か？」

僕は心配をするトーンでそう言った。

「う、うん……だ、大丈夫」

凄い量の汗だな。これじゃあ本当に、最悪の事態を招くぞ。

どうする？　

……いや緊急事態だ。考えている暇はないか。

「おい、しずく出るぞ！」

「うん、まあいいけど……」

ーーおりゃ！！

僕はロッカーから勢いよく飛び出した。

そのまま少しだけ辺りを見渡してみる。

運よくゾンビは教室にはおらず、周囲にもまばらに見える程度だった。

「し、しずく！　お前その汗の量……」

「本当だ、結構掻いてたんだね～」

しずくは通常運転だった。

しかし安堵したのも束の間、今度はしずくのワイシャツが大変な事態に陥っていた。

「……あと、目のやり場に困る」

僕はそう言いながら、反射的に目を逸らしてしまった。

「あ、本当だ。え～、ハルくんのエッチ～」

「ち、違うから……」

しずくのからかいに、自然と声が尻すぼみしてしまった。

「着替えの服とかないのか？」

僕は一縷の望みを賭けて、そう言った。

流石にこのまましずくをゲームに参加させるのは色んな意味でまずい。

せめて体操着の一枚でも、と願っていた。

「ジャージ入ってたかも……！」

「よし、じゃあ何とかして取りに行くか！」

僕はそう元気よく言った。

ただそうは言っても、そんな簡単に手に入れられる訳じゃない。

校舎は二つあって、僕らがいる反対の棟の一階に教室はある。そんな中で僕らは今三階にいた。

さあどうしたもんだろう。

あたりには満遍なくゾンビがいて、無暗に逃げても量が多すぎて無理だ。

ん？　あれは……

僕の目先に、あれが見えた。

ふっーーーーなるほどな。

これなら何とかなりそうだ。

僕はそう確信をした。

そして僕らは目的の物を求めて再び歩き出した。

その頃、他二人は……

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