第4話 目線

尋問から数日後。


僕らは当然だが、毎日一緒に時間を過ごしていた。そのためか、しずくに向けられた視線が、いかに嫌気が刺すものだったのか、少しだけ理解できていた。


「やっぱ月待ちゃんは最高だなー」


「もう聞き飽きたわ、それ……」


僕は呆れた顔でそういった。


そういえは、僕とアイツとはクラスが別で階も一つ違うんだっけか。

それは会わないわけだなと納得した。


「さっきも月待ちゃんの教室に行ってきたけど、やっぱり可愛いし、何よりあそこが……」


奏真は鼻の下を伸ばしながらそう言った。

僕はそんな奏真のだらしない顔を見ながら吐き気が催す様な感覚があった。


どうしてやろうか、このド変態を。やっぱりアイツのそばに置いておくのは無理そうだ。


「お前、いろんな女子にそんな事言ってるだろ」


「別にいいだろ? 本当の事しか言ってないんだからよ」


こりゃ女子から嫌悪感を持たれても文句は言えないわな。


「なあ、好春」


「何だよ、なんか怖いぞ?」


「これから、エロい女子を探しに行かないか?」


出たよ。クラスの男どもが結託して学年問わず、学校中のスタイルの良い、または美人な女子を発掘する、なんともゲスイ行動。


そんなものに誰が参加するかよ!


「絶対嫌だ!」


「お前……枯れてんのか?」


奏真は不思議そうに僕を見た。


別に男としての性欲は健在だ。でも、そこまでして色んな女子を見に行くのは、些か憚れるところがあった。


――というか単純にキモイでしょ。


「普通にそういうのに興味ないだけ」


「へっ、釣れないな、お前。じゃあ他の奴ら誘って行ってくるよ」


「ああ、気をつけろよ」


それから僕は退屈な表情を浮かべて、始業のベルを待っていた。


しかしそんな僕をよそに、次から次へと男子がやって来ては、奏真のような事を言ってくる。

そして拒否しては教室を後にしていく。

そんな一連の流れが何度も訪れる。

正直飽き飽きする光景だ。 


僕はアイツのそば付きでしかない。でも僕はそれでいいと思ってる。

だってしずくは僕が守らなきゃいけない。あの無防備な姿をエロ猿に渡す訳にはいかないんだ。

正直それが僕の生きがいなのかも知れない。余計なお世話だが、アイツの口から出た言葉でもあるのは間違いない。

「エロ猿」それはしずく本人から出た、男に対する嫌悪感を表した言葉。


アイツも苦労してんだろうな。そりゃ僕でも分かるよ、あれだけ体目当ての男どもが群がってくるんだ。

ありゃ嫌気刺されても仕方ないよな。


「はー、最高だった」


「なあ、そろそろやめないのか?」


僕は柔らかく、そして直接的にやめる事を勧めてみた。


「奏真よ…………男というのはね、女子のお尻を追いかける生物なんだよ」


そんな事ドヤ顔で言われても困るんだけど。


「映像とか雑誌とかじゃ足りないのかよ」


「ああ、あんな距離の遠い存在なんて、どうも思わなくなったんだよ」


そんな深刻な問題みたいに言うな!


「だからな、生で女子を見ないと目の保養にならないんだよー」


そんな泣きそうな口調で言うのをやめなさい!


はあ……これじゃあいくら言っても聞いてはくれないだろうな……


とりあえず、帰って聞いてみよう。




「別にいいんじゃない?」


「えっ、いいの?」


しずくは何事も無いような顔で言った。


「だって見られるのとかあんまり興味ないし、実際危害は加えられてないから、大丈夫だよ〜」


また、呑気な事を。もしもの事があったらどうすんだよ……


「しずくはこのままでいいのか?」


「うん、減るもんじゃないしね」


逆に僕が子供過ぎるのか?


「しずくは見られてどう思うんだ?」


「何とも思わない。勝手どうぞって思うかな〜」


なんか冷めてるって言うか、大人びてるって言うか、何と言うか悟ってる感じだな。


「ていうか、ハルくんもそういうつもりで家に泊めてるんじゃないの?」


「はぁ!? な、な訳ないでしょ!」


当たり前だ。僕は一幼馴染として、周りの目から守るためにだな……


「はははっ。違うの?」


「違うよ! 僕は君が変な男の家に行かないようにするためだよ」


僕はしずくから顔を逸らして言った。


「何でそんな事を?」


「だって前に言ってたでしょ? 他の男のことを「エロ猿」って。だからそういう男が寄らないようにしてるんだよ」


しずくは僕の言葉を驚いたように聞いていた。


「さすが幼馴染だね」


「な、なんだよ……」


「だって、その一言でここまで行動するって中々できることじゃないもん」


しずくの言葉に余計恥ずかしくなってくる。


「だ、だって、あんまりそういうの嫌だと思ったし」


「まあね、悪い気もしないって言ったら嘘にはなるかな〜。」


そりゃそうだよな。いくら友達とはいえ、僕でさえ気持ち悪くて感じるんだ。やられてる側が思わない訳ないよな。


「でもまあ、男がいる限りこの状況は続くからね。もう諦めてるんだよね〜」


「……ごもっともです」


男の性だから仕方ないっちゃ仕方ない。でも、剥き出しにするのもなんか違う気がするんだよな……。


「私はね、自分を守ってくれる幼馴染があるからそれでいいんだ〜」


「——っ!!」


「あっ、顔真っ赤になった。可愛いな〜」


ったく、すぐからかってくるんだよな、コイツは。


「うっさい……」


しずくは僕の顔を見てまた笑っていた。


クッソ! こいつはいつもいつも……!


「しずく、僕はお前を絶対に離さないからな! 他の男に色目使われても絶対僕の側にいろよ! それで男に口説かれて真っ赤になったお前を笑ってやるからな!」


僕は悔しさ紛れにそう言った。勢いで言ってしまったから内容を覚えていないのだが、笑っているしずくを見ると恥ずかしい内容だったのだろう。


「なにそれ、プロポーズじゃん! はははっ!」


僕は更に顔を真っ赤にして、自室に引っ込んだ。


それからしずくは居間で一人になった。


「まったく、あんなこと言われたら離れられなくなるでしょ……本当に私には勿体ない人だよね」


そう、しずくが頬を赤らめながら呟いた言葉を、僕には知る由もなかった。













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