第3話 買い物

帰り道、僕は茶番の首謀者である奏真と歩いていた。


「それで、何買いに行ったんだよ」


「しずくの服とか生活用品とかだな」


「何だよ、同棲始めのカップルかよ!」


「だから、そんなんじゃないって……!」


そう否定をしながら昨日の出来事を思い出していた。





同居を始めて二日目。僕らはある壁にぶつかる事となった。


「なあしずく、お前バイトしてくれないか?」


「えっ、なんで〜?」


「なんでって、生活費が無いんだよ」


僕は面倒臭そうにするしずくにそう言った。


今まで自分の生活費を稼ぐので精一杯だったのに、二人分の食費なんてどう考えても足りそうになかった。


「あ〜、そういうことね。ちょっと待っててよ」


しずくは寝転がっていた座布団から立ち上がると、スマホを取り出して、どこかに電話をし出した。


なんだ? 

まさかしずく、僕のために動いてくれているのか? 

アイツも変わったな……泣けてくるよ……


「ハルくん、何泣いてるの?」


「何ってお前、バイトの電話してくれてたんでしょ?」


それが泣かずにいられるか! 

ようやく人のために行動したんだ、幼馴染の成長を感じて感無量だよ。


「今日は記念日だな!」


「ハルく〜ん、私が電話したのは……」


「何度も言わなくていいって。いやー、しずくも変わったなー」


僕がしずくの成長を感じていると、彼女はため息をついて僕の目をちゃんと見て。


「あのさ〜、話くらいちゃんと聞こうよ」


「話? ちゃんと聞いてるけど?」


「さっき私の話遮ったでしょ……」


あっ、そういえば……

確かに、さっきしずくが何か言いかけてたけど……


「確かに。何言おうとしてたんだ?」


「だからね……」


どうやら電話していたのは両親だったようだ。要件は現状報告に仕送りなど、落ち着いてから報告すべき事を話したそう。


「ハルくんもさ、成長しなきゃいけない所あるんじゃない?」


「はい、重たい言葉です……」


昔から落ち着きのない性格で、よく「話を聞け」と叱られた。

でも最近人の話聞けるようになってきたはずなんだけど、どうやら成長が足りなかったらしい。


「あれだけ私に成長、成長言ってたのに君も子供なんだね〜」


「面目無いです」


僕は少し肩を落として言った。

すると、しずくは近寄ると上目遣いで。


「まあ、のんびり成長してこうよ〜」


まあ今回はしずくの、のんびりした、面倒臭さがりの性格に助けられた形になった。


「はい、頑張ります……」


僕はしずくの慰めを聞くと、さらに悲しくなっていく様な感じがした。

まあでも、こんな所で肩を落としてもいられない。

これからのことを考えないと。


僕はそう思うと、話を本題の方向に戻した。


「とりあえず、どうすんだこれから」


聞くと、今までの仕送りは続けて僕の助けになれ、との事。

しかも金額もそこそこな額で、僕の仕送りとバイト代を足した額よりも多い事が判明した。

だから僕がバイトをする意味が無くなった訳だ。


てか、しずくの両親てそんな金持ちだったんだな。

いや、女子だからお金かかるだろ的なやつかもしれない。


ちょっと羨ましい気もするな。


「ん〜、まず服買いに行かななきゃだな〜」


「なら、友達誘って行ったら?」


僕はそう言ったが、一つ問題があった。


「ハルくん、女子をこんな時間に呼ぶのはダメじゃ無いかな〜」


「えっ、嘘!? もうそんな時間?」


「そうだよ〜、だからハルくん付いてきてよ」


はぁ!? 何で女子の服の知識のない僕が行かなきゃいけないんだよ! 後日でよくないか?


なんて言おうとしたけど、現状を考えると今行くのが適切な判断だったのは明白だった。


「分かった。でも、女子の服装なんて分からないよ?」


「あ、うん、大丈夫。ハルくんには付き添いをお願いしたいんだ〜。服については電話で何とかするよ」


なるほどね、その選択肢は考え付かなかったわ。


「あっ、それとハルくんにも服選んでほしいな」


「だから、服のこと分かんないって……」


するとしずくは少し口角を上げて。


「ハルくんの好みの服を着よっかな〜ってね」


そうしずくは、いじめっ子のように笑って見せた。


コイツ、僕で遊んでやがる! 

僕が恋愛経験皆無な事をいいように、男心を弄んでいる!


「ほら、そんな冗談いいから早く支度しろ!」


僕は照れ隠しで少し声を張り上げながら言った。


「は〜い」


まったく、こういう時だけは楽しそうにするんだからな。


……本当、変わんないなお前。


僕は苦笑いした。










「じゃあ、僕はここで待ってるから買ってきてよ」


「えっ、一緒に来ないの?」


何で一緒に買いに行く前提なんだよ。別に友達とテレビ電話でもすればいいじゃん。


「ハルくんの感想も聞こうと思ってたんだけどな〜」


僕の感想聞いてどうするつもりなんだよ……


「まあ、それならいいけど……」


「じゃあ、行こう〜」


こっちの気も知らないで軽く言ってくれるよ、まったく。


僕は頭を抱えながらしずくの後に続いて服屋に入った。


思った通り、見たことのない服ばかりが並んでおり、すぐさま路頭に迷う結果になってしまった。

視線の先には楽しそうに友達と通話しながら服選びをするしずくの姿があった。

それを見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってくる反面、やっぱ僕要らないんじゃないと思ってしまった。


「ハルくん、この服どう思う?」


「いいんじゃないか? 似合ってると思うぞ」


「本当に反応薄いな〜、もっとまともな反応してくれないと困るんだけど」


そう言われてもな……


思ったこと言っただけだからちゃんと反応してるはずなんだけど。


てか、言っただろうが! 服の良し悪しは分からないって。そんな無茶言わないでくれよ。


「しずく、何着買うんだよ」


「ん〜、好きなやつ全部かな」


「おまっ……! そんなお金ないぞ!」


「ああ、それは大丈夫。親と話し合った結果だから」


「なら、いいけど……」


なんかそういうとこだけやる事早いの何なんだろ。

もうちょっと家のことにも興味持ってくれよ。


そんな事を考えつつ、しずくの試着をぼんやりと眺めていた。


通話で「いいね〜」とか「もっと色合い考えないと」とか楽しそうに考えているのが聞こえてくる。

僕にはこうやって知り合いと服屋で買い物がない。

というかワイワイ買い物に来る事なんてゲーム以外考えられない。


僕にもこんな友達が欲しいな。


そして僕は自分の身近にいる人を思い浮かべる。それから心の底から残念極まりなく思ってしまう。

あんなふざけた奴しか身近にいないからだ。


もっとまともな人がいればな……


「ハルくん、なんかいい服あった?」


「だから、服わかんないって言って……」


「そんなお洒落なもの求めないよ」


「じゃあ何が欲しいの?」


「室内着かな〜」


室内着で僕が着て欲しいものか……


それで僕が変なの選んだらどうするつもりだよ。

ずっと部屋でそれ着てなきゃいけなくなるし、万が一、一線を超えるようなことにも繋がりかねない。


「ど、どんな服がいいんだよ」


「だからそれを決めてって」


「んじゃー、こういうの?」


僕は無難にセットアップのパジャマを渡してみた。


「ハルくん……なんかつまらないんだけど」


「お前、だからなに求めてんだよ、だから!」


コイツやっぱり、僕が困る様子を楽しんでるだけだ。しかも持ってるスマホは通話中。

下手な物を選べば、公開処刑状態に陥ってしまう。


「じゃあ、こういうやつ?」


今度は少し洒落たパジャマを渡してみた。


「ハルくん、こういう趣味なの〜?」


「べ、別に、変な物じゃないでしょ!」


「まあね〜」


しずくは何かを画策するように笑った。

そしてパジャマ売り場の奥にある品物を手に取った。


「これなんて、男の子好きなんじゃないの?」


「お、お前、そ、それ、い、家で着るつもりかよ!?」


「ハルくんが希望するなら良いかなって、どう?」


しずくが持っているのは、ピンクの透けた服。よく結婚式で新婦の顔に掛かっているあれくらい透けている。


女子ってああいうの好きなのか? 気心の知れた仲だとああも大胆になるのか? 


女心というものがよく分からない……


「しずちゃん、流石にそれはやめなよ!」


電話からそんな声が聞こえた。やはりしずくはやりすぎていたようだ。どこか安堵した。


「別にハルくんなら良いかなって思ったけど、じゃあやめとくね〜」


何でお前はそんな平然としていられるんだよ! こっちは心臓ドクドクいってて大変なんだから!


「当たり前だー!」


「な、なに、そんな嫌だったの?」


「ち、違くて……」


「じゃあなに?」


「その、露出が多くて目のやり場に困りそう、と言いますか……」


僕が恥ずかしがりながらも、理由を述べると。


「ハルくん、やっぱエッチだね〜!」


「違うよ、僕そんなんじゃないからー!」


なんかずっとコイツの手のひらの上で転がされているような気がしてならないんだけど。


なんか悔しい……


そして室内着を二着ほど決めた後、購入を済ませると服屋を後にした。


「ハルくん、もう一件行きたいとこあるんだけど」


「うん、付き合うよ」


それからしずくと向かった先は……


「……僕、帰る」


女性の下着専門店だった。


「えっ、なんで? 別に入っても良いんじゃないの?」


「色々アウトだよ!」


下着を買いに来た他の女性客からの視線が痛い。

そりゃ見ず知らずの男が下着売り場に来たら良い気はしない。

だから少し離れたベンチで待っていようという算段だったのに……


「一人で買ってきてくれよ、頼むから」


「う、うん。何で駄目なのか分からないけど、ハルくんがそう言うなら行ってくるね〜」


コイツは緩いのか、ただの馬鹿なのか、隙がある人なのか、もうよくわからないな。

隙がある人とか警戒心が薄い人の事を世間ではこう呼ぶんだ。


無防備な人とね。


こういう所が勘違いされる所以なんだ。アイツの事を学校で見たことはないが、恐らくだが男からの視線は下心しか無いように見える。

この無防備さが僕の生活を脅かしそうな気がするし、確信もしている。


どうやら波瀾万丈な高校生活が待っているような気がするよ……


僕が先を見据えてため息をついていると、買い物袋を持ったしずくが帰ってきた。


「お待たせ。じゃあ帰ろ」


「ああ」


僕は全ての買い物袋をしずくから受け取って、彼女の隣を歩いた。

この光景が翌日の奏真の茶番に繋がるとは思いもよらなかったが、楽しそうに買い物しているしずくを見れた事だけで来た甲斐があったと思っている。


これから本格的に共同生活が始まっていくけど、不安しかないな……


分担しても面倒臭いで片付けられそうだし、無防備な彼女を見て理性を保たなきゃいけないし。

でも、他の家に行く気は無いようだし。

まあ、あの性格だ。変な男の家に行くことも考えられる。それは何としても避けたい。


「しずく、これからよろしく」


僕は改まってそう言った。


「うん、よろしくね〜」


だそうだ。


まあ、この生活で僕のメンタルがどれくらい保つのかそれだけが心配だな……


僕は心配な面持ちのまま帰路を歩くのだった。



















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