王道展開よりも逆に現実は厳しいのです!
彗星桜
プロローグ
王道なんかにさせない
「初めまして、月道小夜莉と申します。」
畳の上に姿勢良く正座し、にこりと微笑みながら、月道小夜莉と名乗る女は目の前に佇んでいる男に瑠璃色の瞳を向けた。
「月道家と氷月華家、両家の契りを果たすためこの家に嫁がせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」
定型文のような台詞を言い終えた後、小夜莉はゆっくりと頭を下げる。
夫となる人物──『氷月華隼人』は小夜莉の言葉など、はなから聞く気がないのか、それともなんと言葉を返すか悩んでいるのか、返事の声は聞こえてこない。
「…頭を上げろ」
数秒後、どこか呆れたようにため息をつきながら、隼人は今日会ってから初めて小夜莉に言葉を投げつけた。
小夜莉は指示通りに顔を上げ、また可愛らしい顔でにこりと微笑んだ。
「いつまでそのにこにことした笑顔を張りつけているんだ」
先程よりも更に気だるそうな態度と声色でそう言い放った後、隼人は整った顔を歪ませる。
「あら、こちらの表情の方がお好きかと思ったのですが見当違いかしら?」
「俺は今のお前のどの顔も好きでは無い」
ばちばちと両者火花を散らしそうなほどお互いを睨みながら会話をしているが、そんな姿ですら絵になるふたりだ。
艶りとした美しい黒髪に瑠璃に縁どられた瞳、触れただけで壊れてしまいそうな陶器のような白い肌を持つ小夜莉。
その色に反発するかのように隼人は色を失ったような白髪、燃えるような赤い瞳が印象的だ。
対象的な容姿を持つふたりだが、どちらも絶世の美男美女と言っても遜色ないだろう。
「わたくし警戒心を持つことって大事だと思いますの。だってそうでしょう?隼人さん」
のんびりとした口調で窘めるように小夜莉が話し始める。
隼人に挨拶をした時よりも目が鋭くなっている気がするのはきっと気のせいではないのだろう。
「わたくし達は今日初めて会って結婚させられる宿命を背負った可哀想な子供たちなのよ?」
「それはあくまで皆が思っていることであって、実際は────」
隼人が出そうとした続きの言葉は、小夜莉が隼人の唇に当てた人差し指で止められてしまった。
「ねえ、気づいていますか?」
ふたりだけしか居ない部屋のはずなのに、小夜莉は隼人の耳元で言葉を発した。
「わたくし達がこの部屋にふたりきりになった瞬間から監視されていますわ。きっとこの襖の裏に何人かいますわね」
「…気づいているに決まっているだろう」
隼人も小夜莉にしか聞こえない程の小さな声でそう返した。
小夜莉はその返事を聞いて、先程のにこりとした笑顔とは違う、少しおぞましく、だが惹かれてしまうような笑顔を見せた。
「そう、ならいいの」
「やっといつもの月道小夜莉になったな」
隼人は好戦的なような笑顔を浮かべながら月道小夜莉に話しかけるが、小夜莉は隼人のことなど微塵も興味が無いのか退屈そうに欠伸をした。
「今日だけ特別にサービスしてあげたの。だってあなたが可哀想でしょう?わたくしに熱烈に恋焦がれているのに十二年振り向いてすら貰えてないなんて知られたら」
「惜しい。十三年だ」
「どうでもいいわそんなこと。だって興味無いもの」
隼人は胸を押えながらなんとか小夜莉の言葉から発せられたダメージに耐える。
ふぅ、と1度深呼吸をしてから勢いよく立ち上がった。
「なんとでも言っていればいい。俺たちは今日この瞬間から夫婦になったのだからな!もうお前は俺から逃げることなんてできないんだ!」
ふん、と誇らしげな顔をしながら隼人は少し顔を赤らめながら小夜莉に挑戦状を突きつけるように指を指す。
そんな隼人の様子が気に入ったのか小夜莉は笑みを浮かべた。
「あら、受けてたちましょう」
この物語は、虐げられた少女が家の運命で結婚した美男子と少しずつ愛を育む物語───ではなく、一枚上手な少女に十三年間片思いしている可哀想な男が、頑張って少女を振り向かせようとする物語である。
王道展開よりも逆に現実は厳しいのです! 彗星桜 @sakura4456
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