妖精薬師セシア王太子妃におまかせを!

ちさここはる

第1話 きらきらと妖精

 あたしの目にいつから星がキラキラと見えていたのか。それが、星なんかではなくて、妖精だと、あたしは気づいた。


 セシア=ボルボには特別な力がある。


 なんて、あたし自身に面白半分に言い聞かせて笑っていたのはいい思い出ね。

 でも、まさか。本当に、特別な能力なんだって気づいたのは、かなりと経ってからのことなの。


 セシア=ボルボの家族構成は、ママと姉のボジ、妹のホゼ。あたしを含めた4人家族。パパの顔は知らない。ママは教えてもくれないから、きっと、聞いちゃいけないことなんだって、聞くこともしなかった。顔も髪の色も目の色も違う。肌色は褐色に近い家族なのにあたしは真っ白、真っ黒く硬い髪の家族と赤みがかった髪と猫毛のあたし、吊り上がった勝気な黒目の家族の中、垂れ目で大きくまつ毛の長い、水色の目のあたしは、明らかに血は繋がってなんかいないとすら思った。結局、どうだったのかは聞けないままだ。


 ママの仕事は、あまり公には出来ない、薬師という生業だった。

 薬師という生業は、魔女のみが許された資格が必要不可欠であって、当たり前なこと、魔力も必要不可欠。ママにはどちらも備わってなんかいない。ただ。他の人間だって、お金目的で薬師をやっているからという理由で、なんの知識もなく薬師を勝手に名乗ってお店を開いていたの。

 ママのママ、ママのパパ、パパのママからと代々と引き継がれて来た薬師の暖簾と稼業。評判はママの代で落ち目だ。薬の調合も、接客も、何もかもが適当だから仕方がないのだけど。

 あたしが妖精からママの薬の調合が違うと言われて伝えても、「子供のくせに!」

「親の作ったものに何も知らない子どもがいうな! 生意気なやつ!」

 なんて罵られて、体罰や食事も貰えない日々が続いたわ。

 何日もの絶食に、空腹なあたしも道端に倒れたときに出会ったのが、

「大丈夫? 俺の店に来なよ」

 ドルドゼだった。うす汚い服装のあたしなんかよりもきれいな服装で、きらきらと輝いていた。笑う顔も可愛かったのを覚えているわ。


「あはは! そんなにがっついたらお腹に大穴が開いちゃうよ」


 爆喰いするあたしの横で大笑いして「ごはん、食べさせてもらえてなかったんだね」眉間にしわを寄せて、低い口調であたしに言った。

 食べていたあたしの手が止まった。もごもごと口だけが動く格好だ。


「君。名前は? この辺に、住んではいるんだよね? 近くなのかい?」


 とても答えにくい質問だった。

 あたしはママにいないていで家の奥で育てられている。こうして街中を歩くこと、来ることも、帰ったら体罰の上で監禁される状況になるのを覚悟で、あまりの空腹であたしは出て来てしまった訳だから。


「話せないのかな?」


 空腹で話せなかったあたしは、この時点でも、一言も話していなかった。都合よくも、その設定で合わせることにした。

 あたしは縦に顔を振った。

「じゃあ。はい。手に名前を書いてよ」

 ドルドゼはあたしに掌を差し出した。どうしょう、とあたしも口をへの字にさせた。ここで偽名を使うか、どうするか。とても悩んだ。

 でも、もう街にも来られないかもしれないと、


《セシア》


 本名を書いた。


「セシア?」


 こくん。とあたしも頷く。


「セシア。いい名前じゃないか」


 どん! どん! どどん! とさらにテーブルに食事が置かれた。


「お嬢ちゃん! いい顔して食べるねぇ! じゃんじゃん、お食べ!」

「親父、ありがとうね」

「ははは! お前が友達を連れて来た記念日だかんなぁ! 盛大に歓迎ともてなしをして、次も来たいって思われないと寂しいかんなぁ!」

「それで釣ったら。俺に魅力がないみたいになるんですけど」

「ああ! はっはっはっ! なら。きちんと友達と友好関係を築くんだなっ、飯なんかよりもお前に逢いたくなるようになぁ!」

「もう! 早く厨房に戻って他の注文の飯を作れよ!」

「はいはい! じゃあな―お嬢ちゃん」


 こくこくこく! あたしは天国だと思った。


 「ふぁ~~」


 お腹がいっぱいになってお店から出ようとしたのだけど、足が前に一歩も出ない。


 その先は――生き地獄。


 帰りたくなんかなかったんだ。

 涙で視界が大きく歪んだ。大粒の涙が頬に伝う。


「なぁ。セシア」


 あたしの肩がビクついた。声がかけられるなんて思いもしなかったからだ。


「俺。帰ってほしくないんだけど、……なんていったら、帰らないでくれる?」


 どうして? あたしの口が戦慄く。声を出して、言葉の意味を聞きたかった。


「親父もいったように、君って、いい顔で、美味しそうに食べてくれるじゃん。普通の女の子って、感じでさ」


 普通の女の子、ではないの。あたしは異端児。妖精が視えるの。ママからも嫌われているのよ。


「可愛いなって。お世辞抜きで思ったんだよ」

 嘘! そんなの嘘だ! ドルドゼの方が可愛いじゃない! 可愛い服もそうだ! 同情なんかっ、憐みなんかっ、あたしには嫌がらせでしかないわ!」


 あたしはお店から駆け出した。


「セシアっ」


 お腹いっぱいだし。

 もう、帰らなければママに殺されかねない。

 やはりというか。

 あたしは帰ってから、ママに暴行とまではいかないけど殴られて、部屋に監禁をされた。ボジとホゼはにやにやと代わる代わると監視をしていた。


 また、毎日。この日常が始まるのかと。あたしも諦めていた。その最中、まさかの転機が訪れた。

 それはママのお出かけだった。


「ママはこれから薬草を取りに行くわ。みんなでね。でも、セシア。あなたはお留守番よ、どうしてかわかるわよね? あなたのような、よくわからないものを見るような、訳のわからない人間のような子を連れて出かけれるなんて、考えただけでも恐ろしいもの。ぞっとするわ。2、3日、空けるけど、その間のご飯はもちろん抜きよ。お水でも飲んで凌ぐのね。じゃあ、いい子でね。セシア」


 にまにまとボジとホゼが手でバイバイ、とあたしにした。

 それが3人との最期の会話になるなんて。

 あたしは思いもしなかった。誰が、想像を出来ただろうか。

 ママがいう、2、3日が経って、さらに2、3日以上が経った頃。

 妖精たちがあたしに、寝耳に水の訃報を報せた。


「え? ママが!? ぅ、うそ、でしょう!?」


 空腹で眩暈を起こすあたしの脳が真っ白になった。

 この先、どうしょうと。まずは監禁部屋ここから、どうやって出ようかと。

 水分も失せたあたしの目から涙が、大粒と溢れ出た。

 もしかしたら、このまま死ぬのかと。ママたちのいる場所に、行かされるのは嫌だっ! もう少し、あたしは外を見たいっ!

 地面に蹲るあたしの耳に、

「セシア! 大丈夫なの!? セシア!」

 ああ、この声は――……どうして? ドルドゼ……?

 もう身動きも出来ない。耳元で妖精が囁く。


「つれて、きた、……って。どぅして」


「あンたが。妖精に愛されている娘さんか。やれやれ、なんだって、こんな納屋みてぇな場所に監禁まがいなことを。おい、呼吸をしていろ。今、これに開けさせるからな。おい、ドルドゼ」


「わかってるよ! いや! あなたも手を貸して! ロロ!」


 ロロと呼ばれた髭のおじさんがげんなり、と表情を浮かべている。


「はぁ~~人使いが荒いったら。おじさん、使用人とかじゃないんですけど? やれやれ。子どもは怖いものなしってな」


 知らない髭のおじさんが、眉間にしわを寄せて、あたしに話しをしている。もしかして、ひょっとして。あたしの父親だったりするのかな?

 身長は三メートルはありそうなほどで、人間ではない長身だと思えた。

「鍵も工具もなしでだなんて。こんなの人間なんかじゃどうにも出来んさ。妖精たちよ」

 ロロと呼ばれたおじさんが妖精に命令を下した。


「我は《妖精王》――サンドロ・ゾロ=ダ・カポネ。けよ!」


 長く艶のある黒髪を手でたくし上げてほくそくむ。

 妖精たちが一斉に厳重に、何重と掛けられた鍵を開けていく。カチ、カチカチカチーー……ガチャガチャガチャ! その間。数秒の出来事。


 遠のく意識の中で、真っ暗闇だった部屋に、開けられた扉の外からの光りが差して、あまりの眩しさの中、あたしに駆けつけたのはドルドゼだ。


「どるど、ゼ」


「いい! 話すなっ! 大丈夫だからっ、もうっ、……君は、じゆうよ……自由っ」


 母や姉と妹の訃報は、あたしにとっての不謹慎ながらも吉報でもある。自由を手に入れたということだ。噛み締めるなんてことは、今のあたしには出来ない。当たり前だ。それどころなんかじゃないんだから。


「おい。ドルドゼ、感動的な再会と抱擁は後にしろ。こんな肥溜めから早く出ないと鼻が麻痺をしちまう。出て来い、出て来いよ」

 髭のロロさんが指で出てこいの合図を送る。

「なんなら。俺が彼女を抱きかかえるが?」

 腕を前に突き出す素振りをする様子が目に映る。

「妖精さんたちに持ってもらってくださいます?」

「おりょ。はいはい、ですってよ。妖精よ、彼女を宙に舞い浮かせ」

 髭のロロさんの一声で、あたしの身体が宙に浮かび上がるのが分かった。抱き着いていたドルドゼの体温が離れてしまったから。顔も、遠くに離れてしまったから。どうして手を離したの? あたし、臭うからかな。


「好きな子を抱きかかえるのが恥ずかしいとか。本当にお子様だね、次期国王様であらせられる王太子ドルドゼ様ともあろうお方が。情けないったらない。やれやれ」


 ドルドゼの身体が大きく跳ねて、小刻みに震えている。

 多分。髭のロロさんのいった言葉は幻聴ね。そうに決まっているわ。


 時期、国王? 何をいっているの? 彼女は食事処の娘さんよ。皇太子なんかじゃないわよ。あたしなんかよりも、数百倍以上も眩く美しい女性じゃない。キレイなドレスもよく似合う。イヤリングも、ネックレスも、化粧も、唇もキラキラと輝かせて、お日様のように笑う。


「いいからもう黙れよ!」


「恩人―俺はー恩人なんですけどージャミンの森から城までは遠かったなーそれでー? 今、何かいったかなー?」

「黙れっていったんだよ!」

「おわー逆ギレー怖ぁー~~」

 言い合いがヒートアップしていく様子を、あたしは見ていることしか出来ない。気を緩めれば落ちてしまいそうで怖い。目を覚ましたら、全部、嘘で。ママも、ボジもホゼも生きていて、あたしを監禁しているかもしれないから。今、この状況があたしの理想の夢で、自身を慰めているのだとしたら、目を閉じたくなんかない。閉じられないじゃない。


 また。目から大粒の涙が零れ出した。嗚咽が出てしまう。


「おい。なんで泣くんだ、お嬢ちゃん」


 髭のロロさんがあたしに声をかけてくれる。

 あたしは返事が叶わない。口が開けられないの。


「王太子ドルドゼは女装癖がたまに傷だが、芯は優しくも真っ直ぐで、あンたを一目惚れした。いつかは知らん! だが。間違いなく、あンたを今以上に幸せにしてくれる男に間違いはないっ、だから、こいつの求愛を受けてやって欲しい。彼、……王太子のために、国王様のために。自分自身が今を、そして、未来へと生きるために」


 女装癖? 彼? 求愛?? 


 何もかもが初めてあたしは知る。

 たった一度しか会っていないのよ? ボロ雑巾のようなあたしのどこを好きになるっていうの? 行き倒れていて、意地汚く食事を頬張っていた子どもでしかないのよ? 可愛くも取り柄もない、妖精が視える、異端な子どもでしかないのよ? 冗談はやめてよ! からかわないで!


「おや。脈がなかったのかな? ドルドゼぇ? ちー~~ん」

「っま、まだ! 求愛はしてなんかいない!」

「ふぅん?」と髭のロロさんが意地悪な顔を向けている。

「いつ求愛をされますか? 王太子様」


 頭がいっぱいなあたしは、うつらうつらと睡魔に見舞われた。ああ、寝落ちそう。


「セシア!」


 耳まで真っ赤なドルドゼが、あたしを真っ直ぐに見据えた。


「俺と結婚をしてくれ!」


 無理よ。絶対に無理。

 結婚なんか出来ない。

 あたしなんかではお荷物でしかないし、国民も納得なんかしない。祝福なんかしてくれないわっ! 隣国の王族、侯爵や伯爵令嬢、他に可愛い女の子は星の数ほどいるわよっ!


 あたしは顔を横に振る。

 はっきりと、お断りをしたの。

 あたしの人生にあなたは要らない。


 お荷物になんかなりたくなんかないから、あたしはあなたから離れたい。忘れてほしいの。もう顔も見たくもない。


「! いいのかい! よかった! よかったぁああ!」


 え? 違う。あたしは顔を横に振って……ドルドゼ?

 何を思い違いをしているの? どうして小躍りなんかをしているの?

 あたしは細くかろうじて動く腕をドルドゼへと動かした。


「ねぇ? あンたも、もう少し王太子様をみてくんない? 少なからず恩を感じるべきだな。ほら、あンたは王太子と、妖精王の俺によって命を救われた訳じゃねえか? だろう? しかも、あンたを心配したのは、他の誰でもない。妖精たちさ。わざわざ、遠い森の俺の場所まで来てさ、お願いです、だの、彼女を助けてだの、って。喚いて煩いから、森から出て、さらに、彼の居る場所に連れて行かれて、今に至っている訳ね。妖精の思し召しってやつさ。妖精はあンたを幸せにしてくれる相手にアレを選んだ。つまりはさ。


 妖精を裏切る真似は、この《妖精王》が赦さない。


 拒否する腕を引っ込めな、お嬢さん。あの浮かれたお馬鹿さんを支えてあげてよ」


 キラキラと妖精があたしの周りに浮かんで祝福をする。

 どう考えても、あたしに逃げ場も選択肢も残されていない。

 結婚をせざるを得ない状況だ。


 あたしは苦渋の表情で顔を縦に振った。


「よし」

 髭のロロさんの表情が笑顔に変わる。

「王太子様、祝宴がいつにすんだ? ああ。まずは国王さ――」

 話しが飛躍する。待ってよ、もう!


「今から教会に行くよっ!」

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