第50話 過去に立ち向かう勇気

 

「あぁ、付き合ってやる。一気に他人事じゃなくなったしな」

「……ありがとう」


 タクシーに乗って一度ホテルに戻る甘神を見送ってから俺は鈴木のブースに戻った。

 すっかり人集りもなくなっており、残ったファンの子数名と鈴木が雑談していた。

 しかし、鈴木は俺が来るなり話を切り上げて、ファンの子がいなくなってから手招きしてきた。


「あれ、天野くんだけ? 甘神さんは?」

「ちょっと急用ができて」

「あまちんただいまー。はいこれっ」

「……神乃さん、ありがとう」


 ちょうど俺と同じタイミングで帰ってきた神乃さんから紙袋を受け取る。

 中には見るに堪えない腐り切った本が詰め込まれていた。


「す、鈴木、妹への土産はお前に頼んでいいか?」

「え、なんで」

「俺は今日、帰れないかもしれないんだ」

「も、もしかして二人で年越しデート⁈ ……って、顔つきを見るに茶化すような空気じゃないみたいだね」

「ん? あまちん、何かあったの?」

「察するに、甘神さん関連の問題かな?」


 俺は小さく頷く。


「今は、甘神のそばに居たい、それだけだ」

「あまちん……」


 鈴木は色々と察し、神妙な面持ちでこちらを見ていたが、神乃さんは心配そうに眉間に皺を寄せた。


「大丈夫、命に関わる問題とかじゃないし。鈴木、一応新幹線の切符は返しておく。夕方の新幹線には乗れないかもしれねぇから。色々とすまないな」

「ううん。気にしないで」


 顔を見るに鈴木は長年俺の隣にいてくれただけあって、全て悟っているようだった。

 情報通の鈴木のことだから甘神の過去もある程度知っていてもおかしくはないが……流石にそれは無いか。


「……俺も荷物取りに帰る。今日は大晦日だし、2人も気をつけて帰ってな」


 俺は最後にそう言い残して、会場を出た。


 ✳︎✳︎


 甘神がコスプレから普段の姿に戻っていたことに謎の安心感を覚えながらも、自分の荷物をショルダーバッグに詰め込んだ。


「で、小豆から連絡は?」

「まだ来てないわ」

「そっか」


 色々と聞きたいことがありすぎて、どこから聞くべきなのか分からなくなっていた。

 そんな中でも一つだけ確認したいことがあった。


「前に俺と会ってたこと、自分が結月だってことを、なんでずっと話さなかったんだ。この1年間、俺は後ろの席にいて、いつでも打ち明けるチャンスは」

「あったわ。でも、それをしたら……」


 甘神は自分の荷物を整理する手を止める。


「それをしたら……間違いなくあなたは、私以上に小豆のことを知りたがる。そしたらまた私は、小豆とあなたを繋ぐ架け橋でしか無くなってしまうから」


 甘神は険しい顔つきで話を続ける。


「あなたがあそこの高校に来ることはなんとなく分かってた。あの地域だと、うちの高校か隣町の不良高校の2択だったから」

「ま、まぁ、絞りやすいよな」

「……私は、もう一度あなたに会いたいと思った。偶然にもあの高校に通える範囲に母の実家である甘神家があって、それで祖母に懇願したら、高校生になったらうちに来てもいいと言ってくれた」

「じゃあ、中学までは一人で実家の方に?」

「そう。親に捨てられた私を誰も助けてはくれなかった。以前からとある事情で私たち家族は村八分にされていたから。3人が私を置いて夜逃げしても、児相すら動かない世間から隔離された村。私の居場所なんて、どこにも」


 甘神がやけに他人に無関心だったり、冷たくなったりするのはそういった境遇が産んだものだったのか。


「辛かった……よな」

「今となっては怒りや憎しみも無いわ。それ以上に、私には目指す場所があったのが救いだった。あなたの存在がなかったら、自決する他無かったから」


 そうやって自嘲する甘神を俺は見てられなかった。

 幼い頃から孤独を知って、人生を諦めるという選択肢があった中で、それでも俺がその選択をさせなかったのなら、あの日あの夜に俺が結月に声をかけた自分の勇気を誉めたい。


「これから……俺は、絶対にお前を死なせたりしない。そんな思いもお前にして欲しくない」

「天野、くん」

「他人から見たらこの1ヶ月は短い時間なのかもしれない。でもこの1ヶ月がなかったら、俺は甘神知神がどれほど暖かい人間なのか知らなかったんだ」

「でも、結果的に私のエゴであなたを振り回してしまった。それに今回の問題だって、私の過去の問題で」

「それは違う」


 俺は甘神の両肩を掴み、目を逸らさない。


「どれくらい時間がかかったとしても、俺がお前の冷え切った過去を溶かしてやる。絶対に。だから、俺と——」


 その時、重厚感のあるクラシック音楽が甘神のスマホから鳴り出した。

 着信、それも非通知からだった。


 甘神はスマホを手に取ると、表情を曇らせた。


「はい……わかりました」


 通話が終わると甘神がスーツケースを手に取った。


「笹波さんから電話が来たわ」

「あ、小豆は、どこに」

「……場所は両国。直ちに向かうわ」


 ついに小豆と会うのか。

 甘神は覚悟を決めたような顔つきだった。

 それに対して俺は……どんな顔して会えばいいんだよ。

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