第49話 甘神知神の本名


 不思議な少女だったので急にいなくなってる、なんてことも想像したが、案外言われた通り大人しく待っていた。

 雰囲気は大人だが、身体は子供だもんな。


「お待たせ」


 俺はレジ袋から棒アイスを取り出すと、彼女の手の中のハンカチを借りて、腫れているところにそれが当たるように縛った。


「これでよし」

「なんでアイスなの? 私が言える立場じゃないけれど、普通に氷とか」

「ただの氷なんてもったいないだろ? アイスなら溶けた後も冷やせば食えるしな」

「……意外と、賢いのね」

「ま、食う用にも買っておいたから安心しろ。ほら」


 俺は2つ目のアイスを彼女に手渡す。


「い、いいの?」

「あ、あと天然水も。スポドリか迷ったんだけど、見たところ脱水症状は無いみたいだったから」

「でも……私、お金は」

「別にそんなのいい。んなことよりアイス食おーぜ」


 俺は彼女の隣に座ってアイスを頬張る。

 夏の夜、見知らぬ女子と出会い、月を見上げてアイス。


「お名前、聞いてもいいかしら」

「俺? 俺は天野陽太」

「天野くんね」

「お前は?」


「……私は、神原結月かんばら ゆずき


「……ゆ、結月は、見たところここ出身じゃないよな?」

「えぇ。こっちには親戚の家があって、夏休みだから母と妹と一緒にここに来ていて。天野くんはここの学校に通っているの?」

「違う違う。俺も結月と似たようなもんさ。夏休み限定でこっちの畑仕事手伝わされてんの」

「……偉いのね」

「そうか? 俺はいいように使われてるだけにも思えるけどな」


 その後も俺と結月は、アイスが棒を伝ってくるくらい色んな話をした。

 お互いの住んでる地域は真逆なのに、中間地点にあるこのど田舎で出逢えたのは奇跡にも近い。


「袋の中にあるそれは何?」

「これ? これはトレカだよ」

「トレカ。先ほども言っていたけれどトレカって何?」

「え、トレカ知らないのか」


 俺は1パック取り出して彼女の目の前で開けて見せた。


「何これ、メンコ?」

「何が面白くてメンコをコンビニで買うんだよ。本当に知らないのか?」

「えぇ。全く」

「流石にそれは……同じクラスの男子とかやってるだろ?」

「学校に男子がいないものだから」


 男子がいないとかあり得ないだろ。

 お嬢様学校か何かなのか?


「この光ってるカード」

「あぁ、そのカードはもう3枚持ってるからいらないんだ。よかったらやるよ」

「いいの?」

「おう」


 物珍しそうにそのカードを見つめる彼女。


「ありがとう。大切にする」


 そんな大層なものではないのだが……まぁ、気に入ったならいいか。

 俺はカードをレジ袋に入れると、立ち上がった。


「さてと、結月の親戚? の家はどこにあるんだ? 俺が運んでってやる」

「運ぶって、そんなの悪いわよ」

「足怪我してんのに呑気なこと言ってんなよ。ほら、おぶってやるから」


 俺がしゃがんで背中に乗るよう促すと結月はゆっくり立ち上がり、身体を俺の背中に預けた。

 背負ってみると、同じくらいの身長なのにやけに軽くて、肌はすべすべしてて、同じ小学校には絶対いないような女の子だった。


「天野くん、本当にごめんなさい」

「なんだよ素直になりやがって。さっきまではツンケンしてたくせに」

「……だって」


 その後、結月は自分の家まで俺を案内しながらいつの間にか眠っていた。


「ここ、か」


 村神と書かれた表札を横目に俺は玄関まで結月を背負って歩いた。


 ✳︎✳︎


「そうだあの日……結月を背負っていった先の家で俺は」

「妹の小豆に出会った。そしてあなたは……恋に落ちた」


 雪から一転、雨が強く降り出した。


「……なぁ甘神。お前は、甘神知神という名前ではなく、神原結月だったのか?」


「そうよ。あの日、あなたが助けてくれたから、今の私がある」


 甘神は俺の方を強く見つめる。

 あの日、俺が助けた彼女も、同じような目をしていた。

 名前が違うから、まさか同一人物だとは思っても見なかった。


 俺と甘神は昔、会っていたんだ……。


「天野くん、この後にもし小豆と会うことになったら……付き合ってくれるかしら?」


 俺は小さく息を吸って、彼女の強い眼差しに応えた。

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