第45話 鈴木のプロ意識
コミケ最終日。(俺たちにとっては初日)
ほろほろと雪が舞う中、俺たちは関係者入口を目指して歩いた。
3人は防寒とコスプレ服が湿らないよう、しっかりコートを着込んでいる。
特に神乃さんは隙間風でも風邪ひきそうな格好だからコート羽織ってても少し寒そうだ。
俺もスタッフジャージの首元に鼻先を突っ込んで息を籠らせていた。
すると、目の前からスーツの女性が歩み寄ってきた。
「あ、マネちゃんおはー」
「おはようございます」
鈴木のマネージャーである佐藤さんがメガネを拭きながら歩いてきたのだ。
「みんな、こちらはボクのマネージャーで」
「佐藤と申します。仕事の事情で遅れたことお詫び申し上げます」
「大丈夫っ。いつもお疲れ様」
「……それと、神乃様、甘神様。この度はうちの鈴木がわがままを言ってしまったようで、申し訳ございません」
「……気にしてないです」
「あーしもっ。東京タダで来れたし」
「天野様も、申し訳ございません」
「あ、俺は慣れてるし大丈夫っすから」
そもそもこの旅行は神乃さんとの噂を揉み消した代わりに参加したが、俺にも得しかない旅行だったし、いいかな。
「ね、そんな社交辞令みたいなのいいからさっさと入ろー」
会場は軽く野球でもやれそうなくらい広大な空間で、今にも大声を出したくなるくらい天井が高い。
久しぶりに来たが、まだ入場前なのに凄い人数だ。
周りに多種多様なサークルが忙しそうに手を動かしている。
祭りというより闇市にいる気分になるのは俺だけなのだろうか。
ちなみに腐向けは……あぁ、しっかりありそうだな。
「天野くん、スーツケース開けてー」
「お、おう」
朝に鈴木から渡され、ずっと手で引いていたスーツケースをその場で開けた。
「ボクの写真集だよっ。沖縄で撮ったんだー」
コスプレに気を取られてて忘れてたが、今日はこいつの写真集を売るのがメインだったな。
鈴木はネットの動画配信サイトで既に数十万の登録者がおり、SNSのフォロワーはそれ以上にいる。
アイドルという立ち位置じゃなく、あくまでもネットに自分の可愛い格好を載せているだけらしい。
男女問わずファンがいて、女性ファンは妹が鈴木に提供している同人本のファンが大多数を占めている。
ちなみにスーツケースの中にももちろん妹の既刊も入っていた。
とりあえずスーツケースの中の本を長机に並べていく。
「妹ちゃんの本は神乃ちゃんが担当で、甘神さんはボクの写真集よろしくー」
神乃さんと甘神の仕事が鈴木からそれぞれ割り振られた。
甘神にこっそり読まれる危険性が無くなったし、素晴らしい割り振りだ。
「ボクは本を売る隣で買ってくれたお客様にファンサするね」
「で、俺もそれに付き合えと」
「うん! 同人本を買ってくれた人にはボク達のツーショットを撮れるって言っちゃったしね」
「はぁ……勝手な奴」
男2人が寄り添いあって手でハートを作るのを撮りたがる変人が今から来ると言うのか。
……考えただけで寒気が。
そして数十分後ついに開場。
甘神も神乃さんも鈴木も上着を脱いでスタンバイした。
「凄い人数ね」
流石の甘神でも困惑しているようだ。
最終日のとてつもない熱気と興奮が一気に会場を温める。
「客足が伸びてきたね」
「マジか?」
開場と同時に鈴木の人気は凄さを実感した。
天鈴庵の前に人が次々と集まってきており、いかにもファンという格好の客も多い。
コスプレで神乃さんと甘神が本を売ってる効果もあったのか、腐女子以外のオタクたちも次々と並び始める。
どうやらコスプレ姿だと甘神より神乃さんの方が視線を集めるらしく、アニメファンらしき客たちが神乃さんを凝視している。
あぁやはり時代はオタクとギャルってことね。
「鈴木くんのコスプレめっちゃ可愛いー!」
「ありがとー」
忙しなく甘神と神乃さんが本を売る中、購入を済ませた鈴木のファンが握手や写真を求めてこちらに流れてくる。
鈴木と握手しただけで感涙するファンも多く、他にも俺たち2人にポージングさせて写真を撮る腐女子も多かった。
……地獄かここは。
「あの、天野さんですよね⁈ 握手して貰えますか⁈」
食い気味でオタク女子が手を差し出してくる。
え、俺?
「これもお仕事だよっ。ほら、はやくっ」
「え、えぇ」
俺はぎこちない動きでその手を取った。
「私、天野さんの、ファンで」
「は? お、俺の⁈」
「鈴木さんを性別とか関係なく愛してる天野さんに、ひ、一目惚れで」
え、えぇ……2次元での話だろ。
「リアルで会えるなんてもの凄い貴重だからこの日のために生きてきました! これからも応援してますっ!」
「あ、ありがとう」
……変わった子もいたもんだ。
絵の中の俺の顔に似たキャラに惚れただけなのに会いにくるか普通?
「へー、天野くんにもファンがいるんだー。ボクとカップルチャンネルとか作る?」
「作るわけねーだろ」
「ええー、天野くんもボクにあやかってネットインフルエンサーになればいいのにー」
「俺は何万何千人の前に顔を出すなんて大層なことできねーって」
「あの同人本出してる時点でもうやってるようなものだけどなぁ」
妹が無駄に絵が上手いせいで俺が同人本のキャラクターのモデルということもバレてしまうレベルなのが無性に腹立つ。
……まぁ、鈴木の誘いは将来的に色々と困ったら最後の選択肢として残しておこう。
そこからファン対応に忙殺されながら時間が勝手に進んで行った。
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