第44話 ヒンヌー
自分の弱さ、それを彼の責任にしていたことも事実。
告白したのに、とって付けたように別の意味にすり替えて「付き合いたい」意思から逃げたのも事情。
いつまでも、こんなあやふやな時間が過ぎ去って行くのも……事情。
何年も、この気持ちを閉じ込めていたのも……事情。
「……もし! ちかみんが困ってるならあーしが直接っ」
「神乃さん、ありがとう」
「ちかみん……」
「私には私の計画があるから、心配ご無用」
「……そ、そーだよね。ごめん、でしゃばって」
「そんな事ないわ。心配してくれたのはあなたが初めてだもの」
鈴木さんは既に私の協力者(下僕)のようなものだし、他も私に近寄ってくるのなんてその他の俗物だけだった。
「私は天野くんが好きよ。ずっと好きだった。……もう、誰にも渡したくない」
「……いつもはクールなちかみんでも、そんなに感情的に言えるんだね……あまちんすげー」
初めて他人にこの事を口にしたかもしれない。
意外と、スッキリするものね。
「まぁ? 神乃さんの身体の方が天野くんは好みなのかもしれないけど?」
「そ、そんなこと無いって! あーしなんてちかみんの足下にも」
「とりあえず胸を大きくするコツをご教授していただきたいのだけど?」
「こんなのただの脂肪だし、付いても得しないって言うか」
「無き者の前でその発言をするのはあなたが優越感に浸っているようにしか見えないからやめた方がいいわよ」
「ご、ごめん。……そんなに怒らなくても」
「謝られると余計にムカつくから早く教えて貰えるかしら?」
私はいつもの日記のメモページを開いてペンを手に取った。
「教えてと言われても……。えっとね、あーしは普段からよく食べて、よく寝てー、でも放課後とか休みの日は買い物でずっと街を歩いてるからあんま太んないんだけど、なぜか胸ばっかり……」
「……それだけ?」
「うん」
私もちゃんと毎日3食自炊して食べてるし、8時間は寝るようにしてるし、毎日ランニングしてる。
つまり……。
「……格差社会はこうして生まれているのね」
「そんな悟った顔しなくても」
「私は大きくなりたいの」
「えぇ……。でも綺麗な人って胸無いから余計にスタイル良く見えるしいいじゃん。ちかみんはそれでどれだけ得してるか分かってないだけだよ」
「私は天野くん意外に興味が無いの。だから他人がどう評価するかはどうでもいいわ」
「ちかみん重いなぁ。でもさ、それならめっちゃ簡単な方法あるよ」
「え?」
「あまちんを——」
✳︎✳︎
俺が風呂から出ると、既に神乃さんは部屋に戻ったらしく、甘神が一人で椅子に座っていた。
「あら、天野くん」
「なんだよ清々しい顔しやがって。さっき足踏んだの忘れてねーからな」
「……平っていいわよね」
「は?」
「平の大地から芽が生える。全ては平坦から始まるの。初めから凹凸があるものなんて居ないわ。あなたもそう思うでしょ?」
「宗教の勧誘か何かか?」
「平って素晴らしいと思わない?」
なんか知らないけど、甘神が馬鹿になってしまった。
「……誰かに俺をヒンヌー教に勧誘しろって仕込まれたのか?」
「……」
「おい、なんか言え」
甘神がジロっとこちらを睨みつける。
「なんだその目は?」
「……」
「あのな、お前は気にしすぎなんだって。俺はそのままが一番お前らしくていいと思うぞ」
「え? ほんと?」
急に頬が緩む甘神。
「そ、そうよね! そうそう、あなたは元からヒンヌー教だったものね」
「まぁ、巨乳の方が好きだが」
この後俺がどうなったか、言わなくても分かってくれ。
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