第41話 添い寝
いざとなると恥ずかしくなるな。
なんだかむず痒くなって、なかなか言葉が出てこない。
「なんつーか。俺とお前の……」
「大五郎?」
「それは豊田が出てたCMだっ……て、ちげーよ!」
「ごめんなさい、祖母の口癖で」
「雰囲気壊すのやめろって!」
「それで天野くんと私が、何?」
「勝手に空気乱しといて自分から軌道修正するのおかしいだろ」
俺は無駄に疲労感を覚えながらも話を続けた。
「俺とお前の距離感って、なんか、友達とは違うなって思って」
「……そうね。私は友達というものがイマイチ分からないから抽象的なイメージしか浮かばないのだけれど、言いたいことは大体分かるわ。それが問題なのかしら?」
「問題とかじゃないんだけど、その……甘神は、俺のことどう思ってるのかなって。これまで聞いてこなかったからさ」
「……」
「……な、なんか言えよ」
「……あなたこそ、私のことどう思ってるのかしら?」
「え?」
「あなたは今、そうやって私の顔色を伺って、最終的にノーリスクで物事を解決しようとしている。仮に私がここで、あなたのことを『好き』だと言ったらあなたはその時点で私を振ることもできるし、そのまま合意することもできる。つまり一種のマウントを取ったことになるわ。もちろんこの私がそのような純愛モノのテンプレのような展開で好きだなんて言うわけが無いけれど、それってあなたにとって有利すぎるとは思わない?」
「急に早口になりやがって。何を言っているのか理解できないのだが」
「とにかく、あなたから答えるのが筋だと私は言っているの」
「お、俺が甘神のことをどう思っているのか?」
「そうよ」
土俵際まで行ったのに反転して追い込まれた感が凄い。
「甘神は——」
鈴木が言うように、俺は甘神知神に付き合えば付き合うほど彼女の存在感に惹き込まれていった。
でもそれは、良くも悪くも"現実"を知ることになった。
俺に無くて甘神にあるもの。それが俺の心を邪魔する。
そんな複雑な心境でも言葉を必死に絞り出す。
「俺にとって特別な存在、というか」
「特別……」
「あと数ヶ月でクラスは変わっちまうけどさ、できるだけ……お前の隣にいたい、なんて」
はち切れそうな鼓動を胸筋でグッと抑えながら、俺はそれを口にした。
甘神の顔を見る余裕すらなく、俺はベッドに座りながら手元を見つめた。
風呂から出たばかりなのに、嫌な汗が頬を伝る。
「そう」
甘神はそれだけ呟いて、ベッドに寝転ぶ。
彼女の素気ない態度に俺は固まった。
も、もしかして嫌われた……のか。
一気に緊張が解けて、俺は肩を落とす。
「何をしているのかしら?」
寝転ぶ甘神は俺に背中を向けながら、さっき隣に座るのを促した時と同じように隣をポンポンと叩いた。
「私の隣にいたいのならもちろん、寝る時も……ね?」
……な、なっ!
「ば、ばか! んなのダメに決まってる!」
「学年1位の私に馬鹿とは。偉くなったものね」
「とにかく自分のベッドに戻れっ」
「嫌よ」
「なんでだよ!」
「……私だって、あなたの隣にいたいもの」
そ、それって……つまり。
「どうしても戻れと言うのなら、金輪際あなたとは口を聞かない」
「それは、ズルいだろ……」
「分かったら早く隣に寝なさい」
「……くっ」
甘神が手間で寝転んでいたので、仕方なく奥の壁際まで四つん這いで移動して、甘神の隣で身体を横にする。
甘神と向かい合わせにならないよう、壁に鼻がくっつくまで近づいた。
「電気、消すわね」
甘神がリモコンで消灯すると、一気に辺りが暗闇に染まった。
会話が途切れ、沈黙が流れる。
壁に鼻を擦り付けているので、隣の甘神が今どんな顔をしているのかすらわからない。
花畑で寝ているのかと錯覚するくらいフローラルな香りが俺の欲情を刺激するが、俺はその気持ちを振り切って無理矢理眠りにつこうとする……いやいや、こんな状況で寝れるわけねーだろ。
当の甘神も急に黙りやがって、さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ。
「……あなたのことだから、私を相方とか相棒とか言うと思っていたけれど……違ったわね」
俺の思考、完全に読まれてるんだが……。
「明日も早いし、もう寝るぞ」
「……そうね」
俺は無理矢理目を閉じて、静かに呼吸を繰り返す。
そこから1時間? いや、40分くらいか? それくらい経った時、再び甘神が口を開いた。
「天野くん、起きてる?」
「……」
俺はわざと無言を貫く。
まだ何かあるのか? と聞き返してもよかったが、敢えてそれをしなかった。
「寝てるなら……あなたに話しておきたいことがあるの」
"寝てるなら"ってどういうことだよ?
尚更話しかけても意味ないじゃないか。
よくわからないことを言う甘神に背を向け、俺は寝たふりをしながら彼女の話に耳を傾けた。
「……あなたは、覚えていないのかもしれないけど」
覚えて、いない? なんのことを?
「私は」
そこで急に甘神の声が途切れた。
……お、おい! 「私は」何だよ⁈
振り向いて問い詰めようとも思ったが、甘神の方から可愛らしい小さな吐息が漏れており、彼女が眠ったのだと悟った。
なんだ、寝ぼけてただけ、か。
俺は上半身を起こして甘神に布団を掛けてやった。
エアコンのおかげでかなり暖かくなっている部屋だが夜が深まるにつれてどんどん寒くなるだろうし。
「おやすみ、甘神」
俺は同じ布団の端っこを腹に巻いてそのまま目を瞑った。
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