第39話 甘神への気持ち


 会議が終わり、俺と甘神は部屋に戻ってきた。


「先にお風呂を貰ってもいいかしら?」

「ど、どうぞ」


 俺は甘神に風呂を譲るとテレビをつけた。


「……」


 そしてすぐにテレビを消し、シャワールーム側の壁に耳を当てる。


 ダメだって分かってる。

 でも漢の性分なんだ、許してくれっ。


 甘神が今この壁の奥で、シャワーを浴びている。

 ゴクリ、と喉仏を鳴らす。


 シャワーの激しい水の音と、薄らと聞こえる鼻歌。

 甘神って意外と一人の時はテンション高かったりするのか?


 俺は悶々としながら壁に頬を擦る。


「この誰かに見られたらヤバいというリスクがさらに高揚感を掻き立てるな……」

「へぇー」

「こんなところ甘神には見せられ……」


 俺は真顔になって辺りを見渡す。


「……おい鈴木、なんでここにいる」

「情けない顔で壁に耳を当てる天野くん、写真に収めちゃったー」


 俺は逃げ出そうとする鈴木を全力で追いかける。


「天野くんの炎上写真ゲット〜」

「この盗撮野郎、ぜってぇに許さねぇッッ!」


 俺は部屋を出ようとした鈴木の首根っこをガッツリ掴み鈴木を捕まえた。


「ひゃー、さすが元野球部、瞬発力も反射神経すごっ」

「写真を消せ」

「はいはーい。天野くんも男の子だもんねー」


 俺は鈴木から差し出されたスマホを取り上げると、速攻で完全消去した。


「どうやって部屋に入った?」

「甘神さんが君たちの部屋のカードキーを落として行ったから、届けにきたんだけど」

「……それは、ありがとな」

「天野くんも男の子だもんね」

「この事は黙っておけ」

「そんなにガチギレしなくてもいいのに〜」

「黙っておけよ」


 俺は念を押しておく。

 こいつの口は100均のガマ口並みに緩いからな。


「もー。なんだかんだ言って甘神さんのこと好きなんじゃーん」


 鈴木は俺のベッドに飛び込んで大の字になって寝転んだ。


「俺にもわかんねぇんだよ」

「なにがさ?」

「最近、甘神はいつも俺の隣にいて、近いと思う反面余計に遠い存在に思えちまう」

「……それって、好きかどうかと関係なくない?」

「え?」

「どれだけ自分とかけ離れていてもさ、好きなら好きだし、嫌いなら嫌いでしょ?」

「そりゃそうなんだが、違くてさ、俺は甘神に相応しくねぇし」

「だーかーらー! 関係ないじゃんっ。相応しくなくても、好きなら好きでしょ?」

「そ、そうかもしれないが」

「好きなの嫌いなのどっちなのー!」


 鈴木は起き上がって、座る俺の背中に頭突きしてくる。


「ってーな。分かった分かった」


 俺はため息をついて、一呼吸入れる。


「俺にとって甘神は友達以上の……相棒って言うか、相方って言うか」

「漫才師になりたいの? それとも特命係?」

「どっちもなりたかねーよ」

「もー! はっきりしないなぁ」

「……甘神にいじられるのは悪くないし、甘神と居る時間は楽しいんだが、その時間が過ぎるたびに、あぁ、いつか終わりがあるんだなって」

「終わり?」

「甘神は手の届かない場所に行くんだ。きっと。それはもう遠くに……」


 どれだけ手を伸ばしても、その手を取らずに雪の中へと消える甘神を想像する。


「それが怖いから、今より深い関係になりたくないの?」

「……まぁ」

「やっぱ好きなんじゃん」

「は?」

「とにかくハッキリしなよ!」


 鈴木は声を荒げながら背中から抱きついてくる。


「なんでお前、そんなに俺の背中押すんだよ」

「どーせボクの事を好きになってくれないなら、天野くんが幸せになってくれないと嫌なだけっ」


 鈴木は抱きつく際に回したその手をグッと握りしめた。


「ボクはどれだけ可愛くなっても物理的に女の子にはなれない。だからどれだけ天野くんに好きって告白しても、天野くんは付き合ってくれないから」

「鈴木……」

「甘神さんにちゃんと気持ちをぶつけなよ。相棒とか相方ならボクがなってあげるから」

「お前は漫才でもやりたいのか?」

「そーだなー、じゃあ夫婦漫才でっ」

「やっぱ諦めきれてないんじゃねーか」

「あははっ」


 鈴木は、ずっと俺の隣にいてくれた。

 ちょっと可愛すぎる親友だが、昔からこの関係自体は変わってない。

 たまに憎たらしいところもあるが、それも含めて俺は鈴木を1番の親友だと思ってる。


「好きかどうかは置いといて……とにかく今の気持ちを甘神に伝えてみるよ」

「よろしいっ」

「それとさ、一ついいか?」

「なーに?」

「お前に聞いておきたいことがあって——」


 そこから30分、鈴木と俺はある事について話した。


「それがどうしたの?」

「いや……なんでもない」


 今日感じた違和感の謎がさらに深まっただけだった。

 鈴木が関与していないとなると、情報源は別の場所……?

 鈴木と話していたら、シャワールームのドアが開く音がした。


「あら鈴木さん、何か用かしら?」


 紺色のスウェットパジャマ姿の甘神がバスタオルで髪を拭いながら出てきた。

 あれ、甘神って寝る前は眼鏡なのか……め、眼鏡……ッ⁈


「天野くんといちゃつきに来ただけー」

「……カードキーを渡しに来てくれたのね」


 鈴木のボケをスルーして瞬時に状況を把握する甘神。

 まさかこいつ、わざとカードキー忘れたとかないよな……?

 俺が甘神の方を見つめていたら、鈴木は何かを察したらしく、即座にベッドから飛び降りると、「じゃ、ごゆっくり〜」と言い残して部屋を出て行った。


「……あっ甘神」

「?」


 そして、会話が無くなる。

 おいおい、鈴木との会話聞かれていたわけでもあるまいし、なんで気まずくなるんだよ!

 俺は一度咳払いしつつ、平静を保つ。


「俺も風呂、入ってくる」

「分かったわ」


 俺は着替えなど一式持ってシャワールームに向かった。

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