第36話 ホテルにて


 甘神が何をしたいんだか全く理解できないまま、苦手な水泳と空きっ腹に甘味を堪能(?)

 甘神の水着姿が見れたり、間接キスしたりともう何でもありのフィーバータイムだった。

 日が暮れてきた時分、俺たちは上の階にある屋外テラススペースに出る。


 風で靡く甘神の髪。

 甘神がその髪を押さえる姿は、映画のワンシーンのようで、ただ髪を押さえているだけなのに艶かしさが伝わってくる。


「真冬の東京は寒いわね」


 東京の夕焼けをバックに東京湾を見つめながらその場に佇む甘神。

 俺の方を振り向いた時、甘神はダッフルコートの懐から何かを取り出した。


「なんでそれ持ってんだ」


 甘神が取り出したのは、俺がクリスマスプレゼントで彼女本人から貰ったあのマフラーだった。

 甘神の前で巻くのを少し恥じらっていた俺は、とりあえずバッグの中に入れていた。


「あなたのバッグの中から垣間見えたから、ここに来る前に持ってきてあげたの」

「はぁ……お前には敵わねぇよ」


 甘神は何も言わずにマフラーを俺の首元に巻いて、余りを自分の首にも巻いた。


「これでもう逃げられないわね」

「俺が逃げたことないだろ。ヤンデレみたいなこと言うな」

「ヤンデレ……。天野くんって監禁されたらどんな感じの顔をするのかしら」

「おい、言われた側から変なこと言いだすな」

「ちゃんとお世話してあげるから、2日間だけ付き合ってくれない?」

「嫌に決まってんだろ! お前から出された紅茶だけは飲まないようにしないとな」


 テラススペースにも人が増えてきた。

 あまり甘神が視線を集めないように、隅の方へ移動する。


「鈴木さんと神乃さん、そろそろ帰ってくるかしら?」

「どうだろうな、パレードとか見てからじゃないか」

「そう……」

「実はお前も行きたかったんじゃないのか? どれだけ大人びててもまだ16歳な訳だし」

「それは無いわね。ああいうキラキラしたところはあまり好きじゃないの」


 甘神は白い吐息をマフラーに籠らせながら、話し続ける。


「そういう女子、嫌い?」

「……俺もお前と似たようなもんだし、なんとも言えないんだが、別に甘神は今の甘神でいいんじゃねーの?」

「そう、ありがとう天野くん。あなたらしい回答ね」


 甘神が急に歩き出すので同じマフラーを巻いている俺は引っ張られる形になる。


「お、おいどこに」

「ホテルデートの最後はもちろん、分かるわね?」


 俺は喉仏を鳴らして甘神の目を見つめる。


 甘く、とろんとしたその眼差しがこちらに向けられていた。


 ホテルデートの最後……。

 そしてこの表情、まさか。


「わ、分からないんだが」

「なら、みっちり教えてあげる。さっそく部屋に戻っ——」

「おっ二人さーん、仲良く同じマフラー巻いちゃって〜、見せつけてますなぁー」


 背後から聞こえたその声の方を振り向くと、そこにはネズ耳を付けた鈴木がいた。


「す、鈴木ッ!」


 俺は咄嗟に首元のマフラーを解き、甘神の手元に預ける。


「誤解だ鈴木!」

「何が誤解なのさー」

「え、えーっと、そのだな。そ、それより神乃さんは?」

「先に部屋で着替えしてくるって。同じ部屋にいたら悪いから君たちを探しにきたんだけど〜、お邪魔だった?」

「そんなことないわよ鈴木さん。でも後で少しお話があるわ」

「あ、怒ってる〜。ごめんごめん」


 鈴木がテキトーに手を合わせて謝罪する。

 こいつのことだからワザとなんだろうな。

 甘神、一体部屋に戻って何をしたかったのだろう。


 俺はずっとそれが気になっていたが、雰囲気的に不純な行為であった可能性も考えられた。

 ……もしも、鈴木が来なかったら俺はどうなっていたのか。


 あの時の甘神はいつもの凛とした顔ではなかった。

 あの妖麗な笑みは、間違いなく女子高生のそれでは無かった。

 俺は甘神と如何わしい汗を流す姿を勝手に妄想して、頬が熱くなる。

 恋人でもないのにそんなこと、ダメに決まってんだろ!

 と、心中でツッコミを入れる。

 俺はピンク色の妄想が止まらないまま、部屋に戻るためにエレベーターに乗った。

 隣では鈴木と甘神が何やら言い争いをしているようだったが、俺の耳には届かなかった。

 エレベーターが部屋の階に到着し、それと同時に鈴木がスマホで神乃さんに電話をかけた。


「神乃ちゃんもう戻っていい? うん、じゃ、今から行くねー」


 鈴木は「明日のこと話すから後で部屋来てね〜」と付け足して自分の部屋に戻っていった。

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