第34話 甘神の水着姿

 

 ホテルデート……何かの隠語か?

 でもいつもみたいに揶揄ってる風ではない、よ、な?


「……ダメ、かしら」


 先程まで停止していた脳が動き出す。

 こんなところでヒヨってどうする。


 これまでの関係値、そしてホテルも同じ部屋。

 仮に甘神が誘ってきているとするならば、ここは男として、断ることはできないッ。


「……ダメじゃない。付き合うって約束だからな」

「じゃあ」

「付き合ってやるよ、そのホテルデートってやつに」


 ——数分後


 俺はレンタルで海パンを借り、屋内温水プールのプールサイドにポツンと座り込んでいた。

 誰もいないプールを見つめながら独りげに思う。


「なんでこんなことに……(本日2回目)」


 ホテルデートって、こう、なんていうかさ、部屋でイチャイチャして、最終的に色々するアレじゃないのか⁈(エッッッちな本の知識しかない)

 最近やけに甘神との距離が縮まったからそうなってもおかしくないと勝手に思った俺がバカだった。


 まぁ、いきなり下の階にある施設まで行こうとか言い出した時になんとなく察したが。


 その時、誰かがプールサイドに顔を出した。

 このオーラは……。


「あら、貸切状態なのね」


 絶対的美少女、甘神知神の競泳水着……。

 それを拝める日が来るとは。


「どうかしら」


 紺の横に白のラインが入った無難な競泳水着が、甘神の身体のラインをくっきり見せる。

 真っ白な肌と細くて長い手足。

 無駄な肉付きが全くないスレンダーなその身体は服を着ている時よりも細さが際立つ。

 さらに一つに縛った髪によって、いつもは見えない彼女のうなじが目を釘付けにする。


 誰もが見惚れてしまうくらい彼女の身体は芸術そのもので、彼女を被写体にして本を出したら間違いなく飛ぶように売れるだろう。


 いつも制服だったからイメージでしか無かったけど、こうやって間近で身体の線を見ると顔だけじゃなくて、身体も本当に恵まれてる。

 何食ったらこんなに細くて綺麗な身体になるんだ?


「そんなに凝視されると、恥ずかしいのだけど」


 知らない間に蠱惑されていた俺は、ハッと我に帰る。


「どーせあなたのことだから胸のことでイジるんでしょ?」

「い、いや、そんなこと忘れるくらい……甘神って綺麗だなって」

「き……急に正直にならないで貰えるかしら! わ、私が綺麗だなんて、分かりきってることじゃない」


 甘神は赤くなった顔を隠すように先にプールに入って行った。

 たまに褒めるとすぐ赤くなるんだよなこいつ。


「私の情報だと、天野くんはあり得ないくらい"カナヅチ"だそうね」

「それお前の情報じゃなくて鈴木から仕入れた情報だろ」

「そうとも言うわ」

「そうとしか言わんが」

「ほら、怖がってないで来なさい」

「……なぁ、その様子だと俺が水泳の授業全部サボってた過去も知ってんだろ?」

「知ってるわ」

「なら勘弁してくれよ」


 俺は両手を合わせて頼み込むが、甘神はそれを許さない。


「来年から男子は水泳の授業があるのだから、苦手を克服しないといけないわ。ほら、慣れるまで付き合ってあげる」


 うちの高校は1年の時に女子が、2年に男子が水泳の授業が組まれているので、中学は上手いことサボっても許されたが、甘神の言う通り、高校は卒業にも関わるので逃げることができない。

 甘神が右手をこちらに伸ばす。


「あなたが苦手なこと、全部私が無くしてあげる」


 俺はきっとこれからも甘神に何もかも管理されるのだろう。

 なんで数学も水泳もできない俺に、こんなにもお節介を焼いてくれるのか。

 自分は完璧で、普段は周りに興味ないくせに……なんで俺だけ。


 俺は差し出されたその手を掴む。


「ゆっくりでいいから」

「……俺さ、物心もついてない頃に湖で溺れたことがあってさ。それ以来、なんかどうしても深い水を見ると入る気にならないっていうか」

「大丈夫。ここは温水プールだし、湖みたいに氷は張ってないわ」

「そ、そうだが……」


 ……ん?


「ほら早くっ」


 甘神に促されて俺は足からゆっくり水に身体を入れていく。


 ……違う。


 今の俺は水への恐怖より、一つの疑問が上回っていた。

 さっきの会話、何かおかしいような。

 自分の意思に反して、生温い水に身体がどんどん浸っていく。

 そして……。


「ほらっ。入れたじゃない」


 気がついたら、俺の身体はプールの中にいた。

 足がちょうどつかないくらいの深さにあり、不安を覚えていた時、甘神と繋いだ手が段々と離れて行く。


「は、離さないでくれっ」


 俺は咄嗟に甘神の右手を握り直した。


「あ、天野くん?」

「このままで……居てくれ」


 甘神がキョトンとした顔でこちらを見つめているが、俺は真面目な顔を返した。


「恥ずかしい話なんだが」

「ん?」

「俺はこの後どうやって浮いていればいいのかも分からん」

「ま、まぁそうだろうとは思ったけれど」

「せめて軽く泳ぎ方も教えてくれ」


 そこから小1時間、俺は甘神と常に手を繋いで水に慣れていった。


 甘神は揶揄うこともせず、ずっとその手を繋いでいてくれた。

 Sっ気は強いけど、なんだかんだで凄い優しいのが甘神だ。

 そういう所は男の俺からしても普通にカッコいいと思うし、他人の苦手なことをバカにしないところにも本当の優しさがあるからだと思う。

 水に慣れて、やっと一人でも浮いていられるようになった感覚がある。

 俺はそっと甘神から手を離そうとしたが、それを止められた。


「離さないでと言ったのはあなたなのだけど?」


 俺は仕方なく繋ぎ直す。


 俺と甘神は漂流した木材のようにポカンと水に浮かびながら高すぎる天井を見上げた。


「このホテルのこと調べた時から、絶対あなたとここに入りたいと思ったの」

「えぇ。別に地元の温水プールとかに行けばいいだろ?」

「地元のプールだったら色んな人に肌を晒さないといけないでしょ? それに比べてこのホテルなら、居ても家族連れとか、カップルしか居ないと思ったから

「実際さっきから誰も入ってこないもんな」

「もし私の美貌に惹きつけられて、ナンパされたら天野くんじゃ頼りないもの」

「お、俺だってな、やる時はやるぞ。一応野球でも乱闘用員だったし」

「青少年の野球で乱闘とか、今日日聞かないのだけど?」

「とにかく甘神にとって俺は、頼りないのか?」

「……あなたを大切に思ってるから。あなたには何においても傷ついてほしくないの。分かる?」

「……そ、そうか」


 母の寵愛にも似た甘神の過保護さ。

 甘神は同級生というより、姉のように思える時がある。

 歳上にしか思えないくらいしっかりしてるからなぁ。


「だから苦手なこととか、短所とか、少しずつ克服しなければならないわ。私だって初めて話したあの日、失礼なあなたに胸をイジられてから毎日努力して段々と大きくなっているのだから」

「へ、へー」

「何よその目は」


 まぁ、それについてはあまり触れないでおこうか。

 俺は水の中で先に身体を起こして、顔を拭う。

 プールの大型ガラス窓から東京の景観が一望でき、所狭しとビルが建て並ぶ東京の街が広がっていた。


「そろそろ行くか?」

「そうね。私の水着姿にも見飽きたのでしょうし」

「別に目が満足したから言ったんじゃねーよ」

「なら……もっと見る?」

「そ、そういうことじゃねぇっ!」


 甘神の水着姿は一枚写真収めておきたいくらいだったが、俺はそれを目に焼き付けてプールを後にした。

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