第32話 終わってるサークル名

 

 なんとなくそうだとは思っていたが、案の定グリーン車なのか……。

 新幹線の切符を見て俺は感動で震えた。

 初めて乗るグリーン車は自由席とはだいぶ雰囲気が違う。

 席の質感や、内観、どれを取っても俺が今まで常識と捉えていた自由席とは一味違う。

 高級品ばかりを身につけたご婦人に、シルクハットに髭を蓄えたダンディな男性。

 見るからにリッチな客ばっかじゃねーか。


 それに、この足置きは……フットリフトってやつか。


 初めてのフットリフトに興奮していた俺だが、鈴木が前の席を回転させて向かい合わせにしたことでその夢は潰えた。


「俺の、フットリフト……」


 俺は渋々手前にある2人掛けの席の窓際の席に腰を下ろす。


「前、失礼しまーっす」


 俺とほぼ同時のタイミングで、神乃さんが俺の目の前の席に座った。


「やっぱ窓際だよね、あまちんっ」


 拘りとか無しになんとなくで座ってしまったんだが。(フットリフト……欲しかったな)

 それはそうと、残りの2人が何やら睨み合っているのだが……。


「甘神さん、公平にじゃんけん、だよね?」

「……別に構わないのだけど、完璧な私が負けると思う?」

「運ゲーなんだから、分からないさ」


 何で急にバトってんだこいつらは。


「お前ら子どもみたいにはしゃいでないでさっさと座れ」


「「天野くんは黙ってて」」


 はぁ……何やってんだか。

 二人の戦いは一瞬で決着し、甘神が勝ち誇った顔で俺の隣に座った。


「私は、既に勝者。鈴木さん悪いわね」

「……何がインフルエンサーだ。ぼくは、弱いっ」

「どーでもいいからさっさと座れ」


 鈴木が神乃さんの隣に座った時、ちょうど新幹線が動き出した。


「甘神、さっき買った本読ませてくれよ」

「2巻ならいいわ」

「あぁ、構わん」


 俺は甘神からさっきアヌメイトで買った漫画の単行本を借りる。

 暇つぶし程度にはなるだろ。

 俺が適当に流し見する隣で甘神は超人的なスピードで1巻を読んでいる。

 そういえばいつも前の席で速読してるもんな。


「わざわざ原作読むなんて、甘神さんって勤勉なんだね」

「自分が仮装するのだから知っておかないといけないじゃない」

「じゃ、ちかみん次あーしにも1巻貸してー」

「構わないわ。あと3分待ってちょうだい」

「おいおい速すぎんだろ。漫画を速読とかするめシート噛まずに飲んでるのと同じだからな」

「中身が無さすぎる悪いと思うのだけれど。主人公にラッキースケべを堪能させれば読者が喜ぶだなんて、実に浅はかだわ」

「これ買った時に理解があるとかなんとか言ってたよな。思いっきりバッシングしてんじゃねーか」

「逆に聞くのだけれど、天野くんはこれを面白いと思うのかしら?」


 突然の問いに俺は戸惑う。

 2巻から読まされてる俺の気持ちにもなって欲しいのだが……。


「まぁ主人公がこれだけヒロインに詰め寄られてんのに、誰とも付き合わないってのは、確かにおかしいよな」


「「「え」」」


 なんだこのデジャヴ。

 つい最近、同じようなことがあったような。


「ほ、他には?」

「えーっと、2巻からだったからよく分かんねーけど、このメガネの清楚系女子はもう好きって言ってんじゃん。なんで主人公は普通にスルーしてんだ」


 隣から不穏なオーラを感じる……。


「あ、甘神さん落ち着いて! 怒りオーラ漏れてるよ!」

「あとこのギャルも遠回しに主人公を狙ってるっぽいけど負けヒロインムーブが過ぎるよな。普通もっと好きアピールしてもいいと思うんだが。だから主人公も振り向かないって言うか」


 目の前から殺気を感じる……。


「神乃ちゃん⁈ とりあえずその握り拳は解こうか」

「あと」


「おい天野黙れッ!」


 何故か鈴木がブチ切れました。


 ✳︎✳︎


 ちょうど富士山が見えた頃、俺は口にガムテームを貼られながら、窓の外を眺めていた。


「ぶぉい、ぼーはでゅじでいーが(おい、もう外していいか?)」

「ダメ」


 鈴木に貼られたこのガムテームは少し苦い。

 目の前に座る神乃さんは、さっきから楽しそうに漫画を読んでいる。


「結構面白いじゃんこの漫画。あまちんが酷評してたほどでもねーし」

「ぶぉれだげじゃないだど? あまがみもだど? (俺だけじゃないだろ? 甘神もだろ?)」

「天野くんの方がバッシングしていたと思うのだけれど」

「そうだよ天野くん、君は妹ちゃんの趣味も理解できないんだからこっちの業界のことを語らないでよ」


 鈴木はさっきからこんな感じで怒りっぱなしだ。(あいつの文化は理解したくねーよ)


「妹さんの、趣味?」


 甘神が首を傾げる。


「あれ? 天野くんから聞いてない?」


 鈴木は鞄から一冊の本を甘神に渡そうと…………って。


「おいッ!」


 俺は口のガムテを剥がして、その本を横から奪う。


「こんなもん甘神に見せるなよ」

「あら、私はどんな文化にも理解があるのだから大丈夫よ」

「だーめーだ。あと、もうそのセリフは信用できん」

「そんな頑なに拒むなんてあなたにしては珍しいわね。尚更気になってきたわ」


 甘神が珍しく好奇心を見せる。

 こればっかりは天下の甘神知神にとって間違いなく悪影響だ。


「ほら鈴木、仕舞っとけ」

「えー。甘神さんを腐らせたかったのに」

「なんてこと口にしてんだ」


 そんなことを話しているうちに神奈川を超えて東京の街並みに変わってきた。


「さてと、そろそろスケジュールについて話さないとね」


 そこから東京に着くまで鈴木がスケジュールについて話し始める。

 今日は前日入りということもありホテルに荷物を置いた後、19時までは基本自由行動。

 明日はホテルで色々と準備を整えた後、会場へ。


「一応、明日はボクのマネージャーもいるから安心して。諸々の管理は彼女に任せてるし、分からないことがあったら彼女に聞いて貰えばいいから」

「りょーかい」

「じゃあ明日はよろしくね、みんな」


 鈴木への恩返しという体でコミケに巻き込まれた俺と神乃さん。そして、鈴木の脅しには負けなかったのに謎の甘言に騙された(?)甘神。

 ついに、俺たち4人は東京駅に降り立った。


「そういえばサークル名とかあるのか?」

「一応、応募した時には"天鈴庵"って名前にしといた。もちろんボク達のカップリング名」

「おい今すぐ変えろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る