第30話 ショッピング
新幹線が停まる4つ先の駅まで、20分くらい電車に揺られた。
一番前の車両に乗ったが、年末ということもあり、車両には俺と甘神の2人しかいなかった。
俺は上の網棚にショルダーバッグを乗せて、一番端に座った。
甘神もスーツケースの取っ手を右手で持ちながら、何も言わずに俺の隣に座った。
「こうして静閑な車両に乗れるのも、田舎の唯一の特権だと思うわ」
「ほんと、寂しい特権だ」
「私は好きよ。だって人の目を気にしなくて良いもの」
「……人気者ってのは大変だな」
甘神が隣を歩いていると嫌でも人の目を集めてしまう。
東京に行くとそれがどうなるのか。
東京は人目どころか、歩いてると芸能事務所のスカウトされるらしいし……。
「駅に着いたらマスクとサングラス買いに行かないか?」
「心配してくれるのは有り難いのだけど、絶対に嫌よ」
「おい、人より整った容姿って自覚あるならわかるだろ? 変な人に声かけられるかもしれねーんだから、少しは隠した方が」
「そんなことしたら、あなたが私の顔を見れないじゃない」
「は、はい?」
そりゃ、そういうことにはなるが。
「時折外せばいいだろ?」
「あなたって、呆れるくらい女子の気持ちが分からないのね」
「お、俺は甘神のことを心配して」
「はぁ……」
甘神は呆れ顔で天を仰いだ。
「そんな溜息までつかなくてもいいだろ」
「心配には及ばないわ天野くん。あなたは私のことだけ見ていればいいの」
「何の解決にもなってないだろそれ」
「いざとなったら守ってくれればいいわ」
「見てるだけでいいんじゃなかったのかよ」
「頑張って守りなさい、天野くん」
甘神は悪戯っ子みたいな笑顔をこちらに向けてくる。
「情けない話だが、多分サンドバッグになってお終いだぞ」
「サンドバッグを期待してるわ、天野くん」
このドSが。
「力の無い男子の方が好きよ。だって男子の唯一のマウントである力ですら私に負けたら、何においても私に勝てないし、反論できないもの」
「あ、甘神は……相変わらずだな」
さっきまでテンション高めで少し可愛いとか思った俺が馬鹿だった。
将来甘神と結婚する奴は大変そうだな。
その後も何かと甘神に罵倒されながら、1つ、2つと駅を通り過ぎる。
「もうすぐね」
「果たして、鈴木と神乃さんは時間通りに来るのだろうか」
「少し早いし、駅ビルでぶらぶらしましょうか」
「……俺はそこのカフェで」
「もちろん、付き合ってくれるわよね」
甘神の圧に勝てるはずもなく、俺はウィンドウショッピングに付き合うことになった。
甘神は率先してエスカレーターを上がって行く。
「ここにはよく来るのか?」
「そうね。服とかは
「へぇ……」
「あなたこそ無関心なフリをしているけど、案外服装には気を遣っていると思うのだけど?」
「俺、というより妹がお節介でさ、俺に合う服とかしょっちゅう買ってきて、着させられるんだよ。だから俺はその恩恵を授かってるだけっていうか」
新作のモデル(着せ替え人形)として。
「とても兄想いの妹さんなのね。是非いつかお会いしたいものだわ」
今すぐにでも妹に頼まれた買い物リストを甘神に見せてやりてぇ。
俺は妹の名誉のためにもその気持ちをグッと抑えた。
「……これもいいわね」
甘神は次から次へと店を転々としながら、気に入った物の値段を見て、吟味していた。
俺が退屈そうにそれを眺めていると、甘神が自分の身体に服を当てて、こちらを向いた。
「このクロスニットどうかしら? あと、隣にかなり好みのマーメイドスカートもあるのだけど、これと合わせたらかなり大人カジュアルになると思わない?」
「……おう」
なるほど……日本語で教えてくれ。
服を選んでいる時の甘神は、おもちゃ売り場の子供みたいに目を輝かせていた。
服選びだけでこんなにも楽しめるとか、女子って平和な世界を生きているんだな。
何一つ分からないが、とりあえず俺は、甘神に聞かれるたびに相槌を打って同意しておいた。
なんか、前にもこんなことあったような……。
「さて、天野くんの語彙も無くなってきたことですし、行きましょうか」
「悪かったな反応のレパートリー少なくて」
「頑張って違う反応しようとする天野くん、可愛かったわよ」
「弄ばれてる……」
甘神が服屋を後にするのについて行き、店から出た。
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