第26話 卒アル


「卒アルじゃんっ」

「天野くんは〜、あ、いたいた」

「あんま見るなって。黒歴史なんだよ」


 鈴木は中学の卒業アルバムにある俺のクラスのページを開く。


「え、あまちんめっちゃ坊主じゃん!」

「天野くん中学までは野球やってたからね」


 中学時代は野球人だったので、当然坊主頭だった。

 高校の友達には知られたくなかったのだが。


「初めて知ったー。これ、ちかみんに送っとこ」

「やめろって」

「大丈夫だよ神乃ちゃん。甘神さんには既に提供してあるから」

「はぁ……ふざけんなよ本当」


 俺のプライベートが完全に甘神に筒抜けなのどうにかしないとな。


「別に隠す事でもないじゃんっ、野球やってた天野くんカッコよかったよ」

「なんで高校でもやらなかったん?」

「そ、それはだな……」


 神乃さんに聞かれて言葉に詰まる。


「おにぃはストレートなら99%打てたんですが」

「え、すごっ」

「中部の大砲って言われてたもんねっ」

「その代わり変化球は100%打てなかったんです」

「おい、俺の恥ずかしい過去を大っぴらにするんじゃあない」

「鈍感な性格と比例してストレートしか打てないところが天野くんらしいよねー」

「誰が鈍感だ」


「「「え?」」」


 3人が声を揃える。

 なんだこの空気。


「そうやって無自覚だからいつまで経っても彼女できないんだよ天野くん」

「そーよ、いい加減、鈴木さんの気持ちにもなってよ」

「あーしあまちんのそういうところ、嫌いっ」


 なんか一方的に俺が殴られてるんだが。


「す、すみません」


 とりあえず謝っておいた。


「ねー鈴木ちんの写真は?」

「ボクの見るの? 恥ずかしいなぁ」

「鈴木は隣のクラスだから次のページにあるぞ」


 神乃さんがページを捲る。

 懐かしい鈴木の姿がそこにあった。


「黒髪じゃん!」

「もー、やっぱり恥ずかしいよ」

「この頃はまだ柔道部だったもんな」

「黒髪でもこんな可愛いとか鈴木ちん反則じゃね。柔道部でヤバいことされてない?」

「ハッ! 閃いた」

「妹よ、その閃いた内容を絶対に口にするなよ」

「県最強の力を持つ鈴木さんに嫉妬した柔道部員。鈴木さんの親友であるおにぃを捕まえて解放するには鈴木さんの身体を差し出すよう要求し……本当は強いのにおにぃのために逆らえず、柔道部に好きなようにされる鈴木さん。それを目の前で見ることしかできないおにぃ。いい! ちょっと書いてきます!」


 妹が光の速さで部屋を飛び出し自室に篭った。


「妹ちんは変わり者だね」

「あいつはもうダメだ」

「鈴木ちんはもう柔道やらないの? 強かったんしょ?」

「元々柔道は天野くんを守護るために始めたし、もう県最強になっちゃったから辞めちゃった」

「鈴木ちんかっけー。あまちんも少しは気持ちに応えてあげなよっ」

「どう応えろと」

「天野くんはもう応えてくれてるよ。だって、野球辞めたのボクのためでしょ?」

「え、そうなん⁈」


 鈴木のやつ、余計なことを。


「ボクが『放課後寂しいなー』って言ったら天野くんも帰宅部になってくれたんだー」

「ちげー。野球に飽きただけだ」

「あまちん素直じゃないなー。鈴木ちん、大切にされてるんだね」

「うんっ」


 これ以上拗らせると面倒だし、そういうことにしといてやるか。


 ✳︎✳︎


 すっかり日も暮れお開きとなったが、鈴木は妹と話があるとのことで妹の部屋に向かった。


「暗くなってきたし、送るよ」

「ほんと? あんがとあまちん」


 俺は神乃さんと家を出る。

 神乃さんの家は案外近くにあるらしく、もう少し近かったら同じ中学だったかもな。


「今日はめっちゃ楽しかった。買い物したり、昔話したり……ちょっとえっちなゲームやったり」

「あの才能があれば全部のサービスシーン見れるのに」

「まだ言ってんの? あまちんのえっち」


 神乃さんが俺の脇腹をつつく。


「でもさ、今日一日であまちんも男の子なんだなぁー、って思った」

「そりゃそうだろ。鈴木はまだしも俺はどこからどう見ても男だ」

「……そう言う意味じゃねーしっ」

「へ?」

「ま、鈍感なあまちんにはわかんねーと思っけど」


 神乃さんが小走りで先を行く。

 そして、くるりと髪を靡かせながら振り向いた。


「あまちんはさっ、ちかみんのこと、好き?」


 突然の質問に俺は動揺する。

 なんで今、こんなことを。


「……つ、付き合ってねーんだから、察してくれ。俺と甘神は確かに仲良いし、それなりに進展もしたと思ってる。でも」

「でも?」

「俺には……わからない。甘神がなんで俺なんかに近づいてきたのか」

「……ったく、あまちんは考えすぎー」


 神乃さんは近づいてきて、俺にデコピンした。


「いてっ」

「そんなこと考えてたら、いつの間にか他の子のこと気になっちゃうかもよ?」

「あの甘神がか?」

「違うっ、あまちんの方だよっ」


 スーパーの前に来て、神乃さんが俺に手を振った。


「ここまででいいからっ。今日はほんとありがとう、あまちんっ」

「お、おう」

「おやすみっ」


 今日一の笑顔がこちらに向けられ、俺は少しニヤけてしまう。

 なににやけてんだ俺、マジでキモいな。


 白い息が夜空に溶けていく。


 他の誰か……か。


 今の気持ちすら形になってないのに、それが溶け、また違う形になることもある……のか?


 そんなことを考えながら俺は家へと歩き出した。

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