第19話 甘神さんは悲し嬉しい
さっきまで意気揚々としていた甘神の表情はなく、彼女は顔を曇らせて俯いた。
「私を幸せにして、何の得があるの?」
「と、得? そんなの考えたことも」
「普通なら、誰も私に幸せになって欲しいなんて思わない! 全員自分自身のエゴで、私が他人より優れた容姿を持っているから、自分の近くに置いておきたいだけ! 私を自分のステータスにしようとする! なのに、なのに! ……なんで、なんであなたは私に付き合ってくれたり、こんなに……幸せにしてくれるの?」
甘神がめちゃくちゃになったその感情をこちらに向けてくる。
怒号にも似た叫びと、今にも消えそうな弱々しい嘆きが混ざり合う。
クラスではいつも甘神はクールだった。
周りもそれは彼女の個性と決め込んでいた。
でも本当はこれまでの苦労に疲れてしまったから誰にも感情を表そうとしてなかったのか。
俺の前ではあんなにも楽しそうに罵って、怒って、時には甘やかして。本当の甘神知神はあれだけ豊かな感情を持っているんだ。
「私なんかを幸せにして、あなたに何が残るの」
幸せ……か。
「……そっか、甘神はこれまでの時間を"幸せ"って思ってくれてたのか」
俺は甘神のマフラーを少し緩め、彼女の手の中にあるネックレスの箱からタンザナイトのネックレスを取り出す。
慣れない手つきでそのネックレスを甘神の首に通して留めた。
「やっぱ甘神は何つけてても似合うな」
甘神は、おそらく俺が生きてきた人生で出会ったどの人間よりも恵まれた容姿を持っている。
なろうと思えば今すぐにでもモデルになれるだろうし、芸能事務所からいくらでもオファーを貰える。
でも彼女はその道を行かない。
その理由を紐解く上で、彼女が自分の容姿に嫌悪感を抱いていたことを前提に置いていたら、全てが腑に落ちる。
彼女は美しすぎる自分の容姿が嫌いだから、それに惹かれる人間たちを嫌っている。
なんとも贅沢な悩みだ。
「甘神は、自分が嫌いか?」
「……大嫌い。でももし自分が自分じゃなくて、あなたと出会えなかったのなら……嫌いにはなれないわ」
「……それでいい。俺は甘神に甘神自身を嫌って欲しくない」
俺はネックレスを付けるためにさっき緩めた甘神のマフラーを軽く巻き直して、輝きが止まないイルミネーションの方を見る。
「お前が過去に何があったのかは知らないが、ご存じの通り、俺は簡単な計算すらできない文系バカだし、お前の言う損得勘定なんかで動けねぇよ」
「……知ってるわ……あなたがそんなことで動いてないことくらい。だって、あなたは計算もできなくて、鈍感で、ドMの変態で」
「おい、いらないこと言うな」
「でも…………誰より優しいの」
そういえば前にも、言われた。
確か、神乃さんと話した時にも。
『あまちんは、優しすぎるよ』
……優しい、というよりあまり強く言えない性格なだけだと思うのだが。
「先程はごめんなさい、取り乱してしまって」
「ったく、甘神は溜め込みすぎなんだよ。俺といる時くらい、自然体でいろよ」
「でも、自然体になったら私のこと嫌いにならない?」
「どーせお前から見て俺は、なんでも許容できるドMなんだろ? なら大丈夫だろ」
「そうよね。天野くんは罵られて気持ち良くなるどうしようもない変態だものね」
「くっ……」
……や、やっぱ甘神はこうでないとな。
「天野くん……」
甘神は、さっき首にかけてあげたネックレスをそっと撫でる。
「このネックレス、一生大切にするわ」
甘神は再び俺の右手を強く握る。
「お、俺もこのマフラー、一生大切にする」
もうこの距離感は、友達のそれじゃなくて。
「最高のクリスマスをありがとう、天野くん」
——恋人、みたいな。
「ど、どういたしまして……」
この3日間、真剣にプランを考えて良かった。
「ところで天野くん」
「なんだ?」
「……ホテルの方は、予約してないのかしら?」
「……………は?」
俺は意味を察した瞬間、顔が熱くなる。
ほ、ほほ、ホテッ。
「ふふっ冗談よ。あら? そんなに顔を赤くして何を想像していたのかしら」
「な、なんも想像してねぇし」
「嘘は良くないわ。今、私のこの豊満な胸元を見て、いやらしい想像をしていたくせに」
豊満……。
俺が呆れた顔をしたからか、ほっぺたをツネられた。
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