第18話 泣きそうで、嬉しくて

 

 眩いほどの光の世界が俺と甘神を包み込む。

 どこまでも続く光のアーチをくぐりながら何色もの輝きが俺たちを迎えてくれた。

 言葉にならないくらいに幻想的な空間で、光のアーチをくぐりながら、辺りの作品をに目を落とす。

 何百、何千個もの緑の光で作られた草原、一面が紫の光だけで作られた闇の空間、金の輝きを放つクリスマスツリーなど、趣向を凝らした職人たちの作品が立て続けに出現した。


「本格的なイルミネーションって初めて見たのだけれど……こんなにも凄いのね。一面の景色が夢の中みたい。それに今は夜なのに、昼の世界をそのまま見ているような」

「ここら辺じゃ有名なイベントだが、毎年違うから見てて飽きないんだよ」

「も、もう一周してもいいかしら!」

「あぁ。何周でも」


 こんなに興味津々で声に抑揚がある甘神は初めて見た。

 そうか、今日の甘神は何か違うと思っていたが、甘神は甘神なりにテンションが高かったのか。


「何をしているの、早く行くわよっ」


 甘神が俺の手を引っ張る。

 そして、何も言わないでずっとその手を離さない。

 ツッコミ待ちなのかとも思ったが、そのことを言うのが野暮にも思えてしまい、空気を読んだ方がいいと判断し、そのまま繋いでいた。

 甘神のひんやりとした左手が、俺の右手を何度も握り直す。

 互いに誰かの手を握り慣れていないことの弊害が出ているのだろうか。


「あ、天野くん」

「なんだよ」


 2人の間にちょっと恥じらいがある中で、甘神が口を開く。


「……な、なんでも、ないわ」


 赤い光に当てられたからなのか、それとも俺の目が光のせいでぼやけたからなのかはわからないが、甘神の顔はとても紅潮しており、いつもとは雰囲気が違った。

 甘神が満足するまでイルミネーションを見て、俺たちはその後ホテルの展望デッキにやって来た。

 少し遠くから見ると、さっきまで目の前にあった小さな光たちが集合して、一つの絵が完成していることに気がつく。


 色彩豊かな美しい薔薇が遠くから見ることでやっと分かるよう工夫されていた。


「……天野くん、圧巻だったわ。最初誘われた時は光を見ることに何の面白味があるのかと高をくくっていたのだけれど、やられたわね」

「そりゃ良かった」

「本来の私のプランは、天野くんの選んだプランに対し敢えて退屈そうにして、悲しい気持ちになる天野くんを見たかったのだけど」

「お前のSっ気が段々極まってるのが心配でならないのだが(ま、もうちょっと強めの方が理想なんだが)」

「冗談よ。最初から分かっていたわ。天野くんは真剣に私のことを楽しませてくれるって」

「……ほ、ほんとに思ってたのかどーか怪しいけどな」

「なーに? 拗ねちゃったのかしら」

「別に……」


 その時、甘神が突然ショルダーポーチから何かを取り出して俺の首に手を回した。

 これは……マフラー?


「あなたが初めて私に付き合ってくれた時選んでくれたものを参考にして、私が編んだの」

「あ、甘神が、これを」


 店に出てるマフラーとほぼ同じ、いや、それ以上に丁寧に編まれているようにも思える。


「これからはこのマフラーを毎日使うことを約束しなさい」

「お、おう。大切に……って、何してるんだ」


 甘神が自分のマフラーを取って、ショルダーポーチに仕舞った。


「そのマフラー長めに作ったの。だから」


 甘神の顔がどんどん近づいてくる。

 突然の急接近に心臓がはち切れそうなくらい鼓動が早まる。

 甘神が俺のマフラーの余ったのを自分の首に巻いていく。


「おい甘神、これって」


 もう俺と甘神の間に距離は無い。

 肩と肩が重なり、顔と顔もほぼ触れ合いそうなくらいだ。


「こうやって一緒に巻いてみると、案外私と天野くんって身長差無いのね」

「お、お前が高すぎるんだよ」

「もし私が逆転したら、毎日低身長と煽ってあげるわ」

「そ、それは……ちょっとして欲しいかも」

「心の声が漏れているのだけれど」

「お、俺も、もう少し伸びるから」

「そう? 私としては同じくらいの目線の方が嬉しいけど」


 甘神は妖麗に微笑みながら俺の耳元に自分の頭を傾けた。


「あったかいわね、天野くん」

「……あ、あぁ」


 俺は懐に仕舞っていたある四角い箱を取り出す。


「甘神、これ……」


 俺は甘神の目の前にそれを差し出した。


「……こ、これを私に?」


 恥ずかしくて、甘神の顔を見れなかったけど、一瞬目を移した時、甘神は今までに無いくらい目を丸くしていた。

 そんなに意外だったのだろうか。でもまぁ、妹に聞くまで用意してなかった俺なのだからそう思われていても仕方ないのだろう。


「クリスマス、プレゼント」


 甘神はゆっくりとその箱を開ける。


「これって……ネックレス。それもこの大粒の宝石」

「鈴木にお前の誕生日、明後日だって聞いて12月の誕生石調べて選んだ。ってか誕生日近いなら言えよな」

「タンザナイト……」

「タンザナイトの石言葉の知性、高貴、冷静って、お前にぴったりだよな」

「本当に貰っていいのかしら。こんなに高そうな」

「一つ言っておくが、変な意味とかないからな。期末試験とかこれまでのお礼というか。何より……これが俺の、気持ちだから」

「……天野くん」

「メリークリスマス。あと明後日だけど、誕生日おめでとう、甘神」


 甘神のことだから余裕の笑みで「ありがとう」と返ってくるのを想像していた俺にとって、意外な光景がそこにあった。


「……っ」


 宝石のように輝く甘神知神の涙。

 今まで一度も見たことのなかったその表情。

 呆然として、どこか悲しそうで。


「あま、がみ?」

「なんでそんなに天野くんは」

「え?」


「私を幸せに導いてくれるの?」


 ✳︎✳︎

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