第17話 覚悟のプレゼント
——クリスマス当日。
待ち合わせの時間は7時。場所は甘神のアパートの最寄り駅の前。
クリスマスということもあり、カップルの数が尋常じゃない。
コートに中に鼻まで突っ込んで、駅前の時計台の真下で佇む。
行き交う人の波をぼーっと眺めながら、俺は甘神を待った。
「お待たせ」
その声に誘われて、俺は振り向く。
純白のトレンチコートに身を包み、中は黒タートルネックの縦セーター、さらには黒タイツに黒ブーツという、俺が勝手に妄想していた甘神の私服姿と完全一致で震える。
髪もストレートじゃなくてフワッとしてて、よく見ると後ろも今流行りのハーフアップになってるし……。
見た目も雰囲気もいつもの甘神っぽくないけど、いつもより——
「綺麗だ」
「……え?」
「あ、えっと、ここの駅のライトアップも綺麗だなって」
「そうね。こんなことに金を使うならもっとこの街の景観に力を入れてもらいたいのだけれど。ほんと使えない市長ね」
甘神の毒舌を聞いて、やっといつもの甘神だと認識できた。
「ねぇ天野くん。今日の私、ちょっと違うと思うのだけど」
「……お、おう」
「髪は神乃さんに色々と教えてもらったの。どうかしら?」
「その、可愛いな。いつもより」
「……もっと褒め言葉は出るはずよ、溜めてないで言ったらどうかしら?」
「そう言われても、なんかもう全部が可愛すぎて俺の語彙じゃ形容できないというか、俺なんかが隣にいていいのかって気持ちにはなる」
「そう……正直でいいと思うわよ」
「なぁ顔赤いけど大丈夫か?」
「う、うるさいわね。さっきから可愛い可愛いって言えばこの私が喜ぶとでも思っているのかしら」
その割には嬉しそうなんだが。
てか、褒めろって言ったのはお前の方だろ。
いつもの甘神と違って今日の甘神はやけに浮かれてるような気がした。
クリスマスの高揚感に流石の甘神もやられたのか。
そんな感じていつもみたいに言い合いをしながらバスに乗り、目的地であるリゾートホテルのイルミネーション会場に到着した。
イルミネーション開始まで時間があるのでその間に予約しておいたホテルディナーへ。
イルミネーションが見える窓際の席に案内され、俺たちは向かい合って座り、互いの顔を見るのもなんか小っ恥ずかしいので窓の外に目を移した。
「こんな素敵なところを予約しているだなんて。天野くんのことだから二郎系か横浜家系の2択だと思っていたのだけれど」
「俺ってラーメンの選択肢しかねぇと思われてんのか。どこの小池さんだよ」
「天野くん、意外とロマンチストなのね。こういうの慣れているようだけれど、もしかして初めてではないのかしら?」
「は、初めてだよ、悪いか」
「ふふっ……いいえ、悪くないわ。私のためにエスコートしてくれているのね。ありがとう、天野くん」
今日の甘神は、ちょっと甘い。
いつも見せる鬼の姿はそこに無く、やけに甘やかしてくる。
これはこれで……いいな。
「甘神こそどうなんだ? こういうの慣れてるんじゃないのか? 地元の男子が黙ってないだろ」
「私は……そもそも誰かと一緒にクリスマスを過ごすのが初めてなの。親は物心ついた頃にいなくなっていたし、友達もいなかったから」
「そう、だったのか。不躾な質問をしてすまない」
「構わないわ」
甘神の昔のことはよく知らないが、誰も寄せ付けないほどの美貌は、自然と彼女を孤独にしていたのかもしれない。
その後、コース料理が順番に運ばれてきた。
正直言って、緊張で何食ってんのかよく分かんなかったが、甘神の食事をする時の一つ一つの作法の全てが丁寧で、何が正しくて何が間違っているのか分からない無知な俺が見てても、それは美しいと思えた。
「ふぅ……」
最後の茶菓子とコーヒーが出てきた時、俺はやっと緊張から解き放たれた。
「天野くんは妹さんがいるのよね」
「いるけど……なんでそれ知ってんだ」
「鈴木さんから聞いたわ。中学3年生なのよね?」
「そう。一応受験生なんだが、全然勉強してなくてな」
「志望校は?」
「俺たちの高校。奇跡でも起きて受かれば後輩になるな」
「そう、会えるのが楽しみだわ」
毎日同人誌しか書いてないあいつが受かるとは思えないのだが。
「私の従姉妹も受験生で、私たちの高校を受けるみたいなの」
「へぇ従兄弟さんがねぇ。男?」
「女子よ。ここの偏差値なら間違いなく受かると思うから、来年、見かけたら一瞬でわかると思うわ」
「お前に似てるのか?」
「まぁ……。イメージとしては愛嬌のある私ね」
愛嬌がある甘神……。
「それはもう甘神ではないな。甘神は愛嬌が無いからいいのに」
「失礼なことを言われてる気がするのだけど、悪い気はしないわね」
そんな感じで話をしながらちょうどコーヒーが無くなった頃、イルミネーションの時間になった。
「甘神、そろそろ行こうか」
「分かったわ」
俺は会計を済ませ、甘神と一緒に外へ出た。
イルミネーションを見て、その流れで渡すんだ……これを。
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