第12話 甘神さんと交渉

 

 オトコの娘系インフルエンサー兼校内トップクラスの情報通、鈴木。

 校内ミスコン1年生代表で1年のトップカースト、神乃楓。

 そして、この高校で圧倒的な人気を誇る校内ミスコン優勝者、甘神知神。


 ……と、凡人の俺を含めた4人がこの8番ルームに集まった。

 甘神と俺が隣り合わせで座り、反対側に神乃さんと鈴木が座った。


「……えーっと、甘神さん。同じクラスだけど、話すの初めてだよね。あーし、神乃楓」

「ボクは鈴木。天野くんの親友だよ」


 甘神は相変わらず硬い面持ちで二人の方を見ていた。


「……甘神、お前も自己紹介しろ」

「……」

「悪りぃな二人とも。こいつ人見知りでさ」

「人見知りでは無いのだけど」


 神乃さんが驚いた顔でこちらを見ている。


「甘神さんが……喋った」

「はぁ……。神乃さん、私だって人間なのだから喋るに決まってるじゃない」

「私の名前、呼んでる。マジ?」


 初めて推しのアイドルに会った時の限界オタクみたいな感想。(小並感)


「ねぇ甘神さん。ボクたち今年のコミケでコスプレするんだ。それであと1人必要で、ちょうど甘神さんにピッタリのキャラなんだけどー」

「……どーせ、私がそんな簡単に快諾するとは踏んで無いのでしょ?」

「流石、天下の甘神知神は違うね。もちろん交渉材料は揃ってる。神乃ちゃんには見せられないから……」


 鈴木が机に置いたスマホを滑らせて俺たちの間へ届ける。


「ロックの番号は0510」


 スマホを手に取った甘神はすぐに0510と打ち、ロック画面を解除した。


「……これは」

「ね、この意味、分かるよね?」


 俺は甘神の手の中にあるスマホを覗き、そこに映っていたのは——

 俺と甘神が手を繋いで歩いている姿が背後から撮られた写真だった。


「おい鈴木、お前まさか!」

「ちょ、あまちん何が映ってたの?」

「神乃ちゃんダメだよ。これは甘神さんとの交渉だし。天野くん許して欲しい。完璧な甘神知神の弱点はこれしかなかった」

「だとしてもだな! やっていいことと悪いことが」


 こいつは、やることがとことん汚ねぇ。

 これが出回ることは甘神にとっての最悪を意味することになる。

 まさか、本当に鈴木が黒幕だったなんて。


「ふふっ」

「な、なにさ、甘神さん」

「鈴木さん……まさかこれが私への交渉材料になるとでも?」

「……な、ならない、と?」

「……お好きに公表すればいいかと」


 焦る俺とは対照的に甘神の余裕は半端じゃなかった。

 おいおい、いいのかよ甘神!


「残念だわ鈴木さん。もっと賢い交渉材料を持ってくると思ったら」

「そ、それは天下の甘神知神にとっては致命的なものになるはず」

「私を舐めてもらったら困るわ」


 甘神はスマホを机に置いて、さっき鈴木がやったのと同じようにスマホを滑らせた。


「甘神、いいのかよ。それが出回ったら最悪の事態に」

「鈴木さんがこれを公表できるわけがないのよ。これは一時的な揺さぶりに過ぎない」

「なんでそんなことわかるんだ?」

「あなたって親友に対しても鈍感なのかしら?」

「え?」

「鈴木さんはこの写真を見た私が焦り、直感で要求を飲むのを狙ってるの。この写真を見たら判断力が鈍るとでも思ったのね」

「いや、こいつのことだから絶対やるぞ」

「できないのよ。だってあなたが写っているのだから。あなたのことが大好きな鈴木さんがそんなことできるわけないの」

「でもモザイクとかされたらそれが俺って確証は」

「あのね、今どきモザイクなんてAIの技術でぼかしのない状態に再現するのは容易。かと言って別の方法で隠しすぎるとコラだと思われる。そうしたら逆に叩かれるのは自分ですものね。さ、これで詰みよ鈴木さん」

「……甘神さん、ボクの負け」


 流石の鈴木も甘神知神には勝てないってことか。


「その通り。ボクには天野くんを誰かの標的にさせることは死んでもできない。ハナからやるつもりはないけど、ワンチャン甘神さんが乗ってくれたら、くらいには思ってた」


 鈴木……そうだったのか。


「昨日、尾行してたのか?」

「今日ここに来て欲しいってのを天野くんに伝えようと思って、探してたらたまたまね。目が飛び出るかと思った。動揺を誘ったつもりなんだけど、やっぱり甘神知神には勝てないなぁ」


 甘神知神は何においても、負けない。無敗の女王。


「でも、本当の交渉はここから。甘神さん、耳貸して」


 甘神が腰を上げて、顔を鈴木に近づける。

 鈴木が何やら耳打ちを始める。


「……2日……まりで……行も……約束する」


 鈴木の耳打ちが終わり、甘神が腰を下ろす。

 なんで耳打ちなんてする必要があるんだよ。


 それに、あれだけ冷静な甘神がそんな簡単に受け入れるわけないだろ。

 鈴木、残念だが甘神は諦めるしか——。


「天野くん、この誘い、受けるわ」

「……は?」


 よくわからない理由で甘神知神は1瞬で負けたのだった。

 それになんだ甘神の清々しい顔は。

 ……嫌な予感がするのだが。


「甘神さんがあんな簡単に……鈴木ちん、何言ったの?」

「ん? なーいしょっ」


 その後、鈴木が今後の日程などをホワイトボードに書いて一通り説明した。


「とまぁ、こんな感じで。基本コス衣装は制服ベースのもので、露出は着崩してる神乃さんのキャラ以外少ないから安心してね」

「なんであーしだけ」

「まぁ原作でも胸強調してるキャラだし我慢してねー。あと諸々の費用とかはボクが出すから安心して。それに加えてお礼とかも出すし」


 さすがネットインフルエンサー。金は余るほどあるらしいからな。


「じゃあ会議はこれにて終了っ。ありがとね、みんなっ」


 鈴木はこの後も用があるということでその場で別れ、甘神と俺と神乃さんは教室に戻るため、エスカレーターで1階に上がって、図書室を出た。


「なぁ甘神、結局、なんで鈴木の誘いに乗ったんだ?」

「……内緒よ」


 絶対ロクなことじゃない。


「あ、あの、甘神さん!」

「……何かしら」

「良かったらあーしとlimeの連絡先交換して欲しいなって」

「……かまわないわ」


 意外だった。

 甘神のことだから無視するかと思ったのだが。

 甘神がこんなに他人と話してるのは初めて見た。


「……ありがと!」

「良かったな、神乃さん」

「うん! あまちんのおかげだよー」

「お、俺はなにも」

「ううん、あまちんのおかげだもん、ありがとー。嬉し過ぎて飛びそー」


 神乃さんは俺の手を取って上下にブンブン振った。


 その光景を横目で見る甘神がキレてることが見なくてもわかる。


「……天野くん、私、先に戻ってるから」

「あぁ。俺もそこら辺ぶらついてから戻る」

「あ、あーし甘神さんと一緒に戻るー」


 あの2人と一緒に教室へ戻るわけにもいかず、俺たちは図書室の前で別れた。

 これを機に、二人が仲良くなってくれたらいいんだが。


 ✳︎✳︎


『1泊2日。つまり泊まりで東京旅行付き。天野くんと2人の時間も約束する』


 鈴木さん、なかなかやるわね。

 あそこまで好条件だとは。

 天野くんとさらに距離を縮めるため、私が喉から手が出るほど欲しかった機会。


「ね、ちかみんっ」

「……ちかみん?」

「知神ちゃんだからちかみんっ。可愛いっしょ?」

「……あなたの距離の縮め方は異常だと思うのだけれど」

「いいじゃんっ、いつまでも甘神さんじゃなんか嫌だしっ」

「はぁ……で、何かしら」

「ちかみんって、天野くんのこと、好きなの?」

「……」


 そんなストレートな質問に答えるわけがないと言うのに。


「ねぇ、なんで黙るのー?」

「……あなたこそどうなのかしら? 天野くんのこと、どう思っているの?」

「あまちんのこと? うーん」


 この女、あれだけ天野くんの手を握ったり、近づいたり、スキンシップしていたのに、何の感情も無いのだとしたら、確実に尻軽。


「好きだよ、友達ダチとしてね。信頼してるし」


 尻軽確定。

 ちょっと私より胸が大きいからって、調子に乗って。

 これ以上天野くんを誘惑しないでもらいたい。


「ちかみんは?」

「……あなたにはわからない次元の話だからまた機会があれば話してあげるわ」

「どゆこと?」


 私の天野くんへの想いは、こんなところで語りきれないほど深淵なもの。


 あの日、彼がいてくれたから、今の私がいる。


 誰も近寄らない、誰も助けてくれない、そんな中で、天野くんだけは私を——。


 ✳︎✳︎

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