第10話 手を繋ぐ、付き合ってないのに。


 今日は甘神から俺を誘うことはなかった。

 前みたいに俺から誘うという手もあったが、下手に声をかけるのは火に油を注ぐことになりそうなので辞めておいた。


 まずは神乃さんのことをなんとかしないと。

 下校前に隣のクラスへ顔を出し、女子に囲まれる鈴木を見つけ、彼と目が合うとすぐに手招きした。


「どしたの天野くん?」

「鈴木、お前に頼みたいことがある」


 神乃さんと俺のことや誤解を解くために協力してほしいことを話すと、鈴木はすぐに快諾してくれた。


「あ、でもその代わり〜」


 やっぱそう来るか……。

 鈴木は現金なオトコの娘なので、昔から頼み事をするたびに見返りを求めてくる。


「年末のコミケ、今年こそ来てもらうからっ」

「うわぁ……」

「神乃ちゃんにもコスプレしてもらおーかなぁ」


 可愛い顔して容赦ないなこいつ。


「まっ、それはまた後で決めるとして。神乃ちゃんとのことが誤解だったのは分かったけどさ、天野くんが食堂で『いい感じな雰囲気』って言ってた子は、別に居ることになるよね?」

「っ!」


 鈴木のやつ、こんな時だけ無駄に鋭くなりやがって。


「誰なのかなぁ? 可愛いってレベルじゃないとかも言ってたようなぁ——」

「鈴木。その件についてはまた今度話すから、今は神乃さんのことを頼む」

「……分かった。でも仮に天野くんがその子と付き合い始めて、彼女のことばっかでボクのこと蔑ろにしたら……許さないから」


 鈴木は耳元でそう呟いてから、満面の笑みを浮かべた。

 お、重いよ鈴木……。


「じゃあ後は任せてね、天野くんっ」

「あぁ、頼んだぞ鈴木」


 まぁ鈴木の発信力には信頼できるし、この問題は対処してくれるだろう。


 あとは甘神か。


 久しぶりに一人で歩く帰り道。

 違和感を覚えるも、本当だったらいつもこうだったんだと、思い知らされる。


 これまでの人生が、どれだけ平穏で面白味のない人生だったのか、この道を一歩、また一歩と歩くたびに痛感する。


 甘神のやつは謎に嫉妬深いし、鈴木はひたすら重いし、神乃さんは逆に軽すぎるし。


「はぁ……」


 マフラーから漏れた白い息が空へと消えていく。

 今日はいつも以上に寒いし、何か暖かいものでも……。


 いつもの不景気なコンビニの前に、見覚えのあるマフラーを巻いた女子生徒が立ってコーヒーを飲んでいる。

 このボロっちいコンビニの景観には似つかわしくないその美少女はこちらを一度見ると、すぐに背を向けた。


「……」

「……」


 俺は店内に入りピザまんを2つ買って出る。


「その、間違えて2つ買っちまったからさ、良かったら」


 俺が言い切る前に甘神は俺の手の中にあったピザまんを一つ掴み、自分のその小さな口に運んだ。

 俺は機嫌悪そうな彼女の隣で自分のピザまんを口にする。


「昼の時、俺が押し倒してるみたいに見えたか?」

「……事故だったんでしょ? 別に怒ってないわ」


 甘神は一口、また一口と矢継ぎ早にピザまんを食していく。


「勘違いしてると思うけど、あいつ男なんだよ。幼馴染でさ」

「……そう、だったの」


 甘神は今までにない感じの反応を見せる。

 安堵? に近いような、声色がだいぶ落ち着きを持っていたようにも思えた。


「あいつ隣のクラスの鈴木って言ってさ、可愛いから結構女子と間違られるんだよ。あはは」

「……あなたの周りには可愛い子ばかり」

「え?」

「その鈴木くんも、神乃さんだってそう。あなたの周りには可愛い子ばっかり」

「そ、それに関しては俺がどうこうってわけじゃないと思うんだが」

「天野くんが……可愛い子の方が好みだから、集まってくるんじゃないのかしら」


 甘神が、今日初めてこちらを向いた。

 夕日に逆らうように向けられた真っ直ぐなその瞳が俺の全てを見通すかのように見つめてくる。


「あなたは前に、私は全てを持っていると言った。でも本当の私は、他の女子のような可愛げな表情も、媚びるようなあざとさも……持ってない」


 甘神は白い息と同時に心の靄も吐露した。


「私はあなたが求めるようなものを、持ってないの」


 甘神は飲み干したコーヒー缶を缶のゴミ箱に捨てて、鞄を持ち直す。


「私、今日はもう帰」


 そのまま立ち去ろうとする甘神の右手を、俺は咄嗟に掴んだ。

 これ以上、こいつに好き勝手喋らせて逃すわけにはいかない。


「なに勝手に俺の周りのこととか、俺が求めてるものとか決めつけてんだ。まだ1週間しか俺と話してねーのに俺の全部を分かったみたいな口きくな」

「……ごめんなさい」

「はぁ……甘神が何で急にナーバスになってんのか俺には全然わかんねぇけど、俺と居てお前がそんな気持ちなるなら、俺は金輪際、お前に付き合うのを」

「……それは!」


 甘神が俺の手を強く握り返す。


「それは……嫌だから! 私は、天野くんに付き合って、欲しいから……」

「……ならさ、あんま重く考えるなよ。周りがどうとか関係ないし、俺はお前と放課後こうやって駄弁ってる時間が楽しいからさ。正直、俺も辞めたくない」


 俺は咄嗟に掴んでしまった甘神の手から自分の手を離したが、すぐに甘神が俺の手を握り直した。


「天野くん」

「な、なんだ?」

「今日は……誰かに見られるまで、こうして繋いでいたいのだけれど」

「……は?」


「付き合って、くれるかしら」


 無性に恥ずかしい気持ちでいっぱいになったが、断ることができなかった。


「わ、わかった」


 手を繋いで歩く。それも異性と。


 いつ以来だ? 幼稚園児の頃以来か?


 手汗とかやばくねーかな。


 そんなことばっか考えて、大通りに出るまでの10分間、俺たちの間に会話はなく、お互いの体温を感じながら手を繋いで歩いた。


 ——この行為が甘神に最悪の事態を及ぼすとは、この時の俺たちは知る由もなかった。

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