第9話 神乃さんと勘違い
午後唯一の試験が始まった。
しかし、試験中の俺の頭の中は日本史のことなど完全に抜けていた。
甘神のあの蔑んだ目は、今まででダントツの興奮を覚えたが、それは今置いておこう。
問題は神乃さんの件だ。
同じ傘の下で一つの雪だるまを作るとか、確かに側から見たら恋愛関係を想像されても仕方ない。(カラオケの背景映像とかでありそうなシチュエーション)
噂がでかくなってるのが困るなぁ、神乃さんに悪いし……。
「試験終了まであと30分だ」
試験官である男性教師の野太い声が静かな教室に響いた。
そうだ、今は試験中なんだ。集中しろよ俺。
選択式は後に回して、まずは記述に取り掛かろう。
幸い、記憶教科ということもあり、猛スピードで手を動かしたらなんとか間に合った。
「終了っ」
回ってきた解答用紙に俺のものを加えて前の席の甘神に渡す時いつもなら横目で俺のことを見てくるが、今日は全くその気配が無かった。
どうやら甘神はまだご立腹のようだ。
甘神のやつ、さっきの床ドンの相手が男だって知らないだろ絶対。
期末試験が終わり帰りのHRの前にある清掃の時間、俺は階段の掃除に取り掛かるために教室を出たが、それを神乃さんが待ち伏せしていた。
「あまちん」
「神乃さん?」
「ちょっちきて」
神乃さんに手を引かれるがまま、俺は同じ階の全く人気のない空き教室に連れてこられた。
神乃さん、"あの"ことで話があるのか?
「あまちん、噂の件なんだけど」
あぁー、やっぱそうだよな……。
「ごめん!! ほんっとーに、ごめんね、あまちん」
神乃さんが目の前で深々と頭を下げた。
俺は咄嗟に「頭を上げて」と言ったが、神乃さんはその体勢のまま続けた。
「なんかあーしのアンチとかが、さらに誇張して噂流してるらしくて。あまちんには迷惑かけて」
「別に大丈夫だ、噂はあくまで噂だし。それに否定して回ればいずれこんな噂も無くなる。それに俺は神乃さんと違って一般人の凡人だし、被害も少ないっていうか。俺のことなんかより、有名人の神乃さんの方が俺は心配で」
「なんで、なんでっ」
「え?」
「なんで怒らないの⁈ 全部あーしが悪くて、迷惑だってかけちゃってるのに!」
神乃さんが俯きながら、涙声で言い放つ。
そして、顔を上げた時、彼女の瞳には大粒の涙が浮かべていた。
なんで泣いているんだ、神乃さんは……。
「普通、怒るじゃん! あの日あーしが自分勝手なことしてなければ、あまちんが後ろ指刺されることもないわけだし、あまちんは完全に被害者なのに!」
「じ、神乃さん落ち着いて。俺は迷惑という迷惑もかけられてないのだから、怒る筋合いもないというか」
「そーじゃないじゃん! 単純にあーしが悪いのに、なんであまちんは怒らないの! きっと、本当は怒ってるのに、表情とか言動とかに出さないで。あまちんずるいよ!」
「いやいや、本当に怒ってないから! むしろ俺の方が怒られると思っていたくらいだ」
「……あまちんはさ、優しすぎるんだよ」
感情的になっていた神乃さんは、多少落ち着いたのかわからないが、涙を拭って、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。
「ほんとに怒ってない?」
「怒ってない怒ってない。1000円賭けてもいい」
「ダメ、10000円にして」
「額を釣り上げる必要性ないだろ」
「あははっ」
神乃さんはまだ少し残った涙を指先で擦りながら笑った。
「雪だるまを一緒に作ったのは、神乃さんにとって面白いことを見つけるために必要なことだったんだろ? それならそれでいいじゃないか」
「……うん」
「噂の件は知り合いの恋愛バカに頼んでなんとかしてもらうから」
「恋愛バカ?」
「鈴木っているだろ、ネットインフルエンサーの」
「え、あまちんって、鈴木ちんと知り合いなの⁈」
「一応幼馴染だから。そいつにかかればいくらでも情報操作できそうだし、後で頼んでおく。とにかく神乃さんは悪くないし、俺もこのことはあまり気にしないから」
「……ありがと、あまちん」
「俺も不注意だったし、お互い様だ」
「あ、あまちんさ」
「ん?」
「ゆーて? あーしはその、この噂がそのまま、でも……その」
神乃さんは顔を赤らめて、何か呟く。
「や、やっぱなんでもない! じゃあ色々とよろしくね、あまちん」
「お、おう」
「じゃああーし、そのまま清掃場所に行くから」
そう言って神乃さんは小走りでこの教室を後にした。
空き教室に一人、閑散とした空間で、俺は天井を見つめる。
甘神、怒ってんだろうな。
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