第8話 オトコノコ系インフルエンサー登場

 

 期末試験当日。

 午前中、余裕な現文と古典とは対照的に、地獄のような数学と生物の問題を全て答え切った俺は、安堵の息をこぼしながら学食にやってきた。

 学食の日替わりランチ(350円)を食べながら午後唯一の試験である日本史の教科書を開いていると、目の前の席に小さなシルエットが座る。


「天野くーん」

「おう、鈴木じゃねーか」


 彼は俺の親友、鈴木李樹すずきりき

 かなりの可愛い系男子で、SNSを中心に女装でオタクたちを沸かせるオトコの娘系インフルエンサー。

 身長はさほど高くなく、髪はちょうど肩にかかるくらいの茶色ミディアムショートにピンクのインナーカラーと、校則を破りまくりだが、仕事の関係ということで許されている。


「にへへー、久しぶりだね」


 鈴木とは幼稚園の頃からの仲で、その頃から全く変わらない童顔と高い声が女子と見間違えるくらい彼の"可愛いさ"を象徴している。

 しかし、その可愛らしいマスクとは裏腹に、柔道の名手でもあり県大会優勝の経験がある男。

 強さと可愛さを兼ね備えたある意味で甘神並みの高スペックの持ち主。


「1週間ぶりくらいか? クラスは違うとはいえ、最近見かけなかったが」

「いやぁ、インフルエンサーってのも大変でさ、最近はお仕事たくさん貰えるから学校サボっちゃってた」

「へぇ……」

「天野くんはどう? ボクがいなくて寂しかったんじゃないのー?」

「……まぁ、な」


 俺が目を逸らすと、鈴木はこちらを凝視してくる。


「つかぬことをお聞きしますが天野氏」

「な、なんだよ」

「彼女できたんでしょ?」


 俺は誤って手に取ったばかりのいちごミルクのパックを握りつぶしてしまい、その瞬間、ストローの先から鈴木の顔めがけていちごミルクが飛んだ。


「うわぁー。天野くんのミルクでボクの顔ベトベト」

「す、すまん鈴木! つい驚いてエロいラブコメのサービスシーンみたいなことにっ」

「もー、早く拭いてー」


 俺は尻ポケットからハンカチを取り出して鈴木の顔を拭う。

 昔からこいつといるといつもこんな感じのトラブルに遭遇するのだが……何かの呪いにでもかかってんのか。


「ったく、いくらボクにかけたいからって公衆の面前では良くないんだよ」

「違う! お前が急に変なこと言い出すから」

「あぁ、天野くんが彼女できたって話でしょ? 噂になってるよー。なんだっけ、雪の日に? 一緒に雪だるま作ってたって」


 校舎裏で雪だるま作った時のことが、なんで噂になってんだ。

 待てよ、鈴木が言ってることが本当なら、甘神と俺が付き合っているって言う誤情報が既に出回ってるのか⁈


 甘神はこの高校全男子の憧れの的であり、崇拝すらされている存在。

 彼氏になったなんて間違った噂が流れたら——死。


「で、実際どうなの?」

「付き合ってねーよ」

「えー、そんなこと言っちゃってー。かなり可愛いもんね、彼女」

「そりゃ、可愛いってレベルじゃ」

「ほらほらー、やっぱり付き合ってんじゃないのー」


 くそッ、こいつ昔から俺のことをこうやって揶揄ってきたんだよな。

 小学生の頃、俺が好きな子の名前を知ったらすぐに周りに言いふらすし、俺が中学生の時だって、初めて受け取ったラブレターを俺より先に読んでるし。


「幼馴染のボクに隠し事は無しだよ、ほら、早く言いなって」

「……っ、ま、まぁ? いい感じな雰囲気ではあるかもな」

「ひゅー。いやぁついに天野くんにも春が来たんだねぇ。"神乃ちゃん"とってもいい子だからねぇ」

「……え、神乃さん?」

「よし、言質も取れたことだし、ボク恋バナサークルにこの話提供するからー。アデュー」

「おい鈴木!」


 ……や、ヤバいことになったぞおい!


 さっきまでの会話、俺と甘神の話じゃ無かったのかよ。

 神乃さん……って、確かに、そもそも最初に一緒に雪だるまを作ったのは神乃さんだし、前に甘神が、昇降口で俺と神乃さんの噂されてたって言っていたが、まさかあの噂がどんどん膨らんで——。


「ど、どうする⁈」


 って言ってる暇があったら鈴木を追わねーと。

 俺は食器を返却口に置いて、教科書片手に食堂を飛び出した。


「おい鈴木! 待てって!」


 鈴木に追いつき、彼の肩を掴んだ瞬間だった。


「へっ」


 鈴木が急にバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。肩を掴んでいた俺は、鈴木が倒れた流れで、鈴木の真上に倒れそうになるが、なんとか両腕が反応し、床に手をついて鈴木の上に倒れるのを未然に防いだ。


「ゆ、床ドンなんて……やめてよ、天野くん」


 通りすがりの女子生徒たちが黄色い声を上げる。


 なんでこいつと居るといつもこんなことに。


 その時だった——。


 ハンカチで手を拭いながら廊下を歩いていた甘神が、俺たちの目の前で足を止める。


 無言で、汚物を見るようなその目でコチラを見下した。


「………………」

「……あの、これは違くて」


 そして何も言わず、甘神はその場から立ち去った。

 俺はこの後何が待っているのかを想像するだけで全身が震える。


「……も、もう煮るなり焼くなり勝手にしてくれっ!」


「天野くんそろそろ退いてくれない?」


 ✳︎✳︎

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