第7話 期末試験に向けて

 

 期末試験3日前。

 実は前回の中間試験で平均点を大きく下回ってしまった俺は、数学の成績を10段階中のせめて5にするため、努力しなければならない。

 相互心に留めながら必死になって家で勉強している時、決まって脳内に現れるのが甘神知神だ。


『天野くん、いつまで教科書を読んでいるのかしら。応用問題を解かなければ意味がないのよ』

『なんでまたこの問題を間違えるのかしら、同じ過ちを繰り返すなんて凡人以下なのだけど』


 俺の脳が勝手に作り出したエア甘神は多分リアル甘神より言葉がキツい。

 俺が理想とするSの強度が甘神の所為で上がりつつある。このままだと、リアル甘神の罵倒じゃ満足できない身体に!


「……なんか今の俺、普通にキモいな」


 一度気持ちをリフレッシュするため、俺は立ち上がって日課の筋トレを始めた。

 腹筋、腕立て、立ちコロを50回ずつやる……というのを目標にしているが、大体10回ずつやってやめちまう。

 日課だけどガチ勢じゃないのでそこはご容赦いただきたい。


 最近は何をする時も甘神のことが脳裏をよぎってしまう。

 実際のところ甘神は俺のことどう思ってんだろうか。

 ここ最近はほとんど一緒に下校してるわけだし、最低でも"友達"ではあるよな。

 でも異性なのだからいずれはそういうこともあるのか……?

 いや、最近は異性でもずっと友達ってケースも多いし、恋愛漫画とかのフラれ文句にも「友達でいたいから」ってのがあるし。


 甘神の「付き合って」はただの口癖なわけで、恋愛的な意味は無いし……。

 きっと甘神からしたら、俺は良き話し相手であって、恋愛対象では無いんだろう。

 ま、正直言って俺はそれで構わない。

 甘神の写真を撮ったあの雪の日以来、俺は甘神を同じステージに立つ人間として見ることができなくなっている。

 甘神のことだからそのうち芸能界入りして、人気モデルとかになって、イケメン俳優とかと熱愛して……俺はその結婚式に学生時代の友人として呼ばれるだけなんだろう。


「……はぁ。俺も早く彼女作んないとな」


 大の字で床に仰向けになりながら、天井を見上げる。

 もし俺に彼女できたら、甘神はどう思うのだろう。


 単純におめでとうと言ってくれるのだろうか。

 でもそうしたら今の関係は必然的に無くなるわけで。


「……やっぱ、どーでもいいか」


 甘神がどう思うかなんて俺には知ることも、変えることもできない。

 そんなことを勝手に想像して一喜一憂している暇があったら俺は今の目の前にある課題に取り組まなければならない。


 このまま数学で酷い点数を取ったら、あれだけ熱心に(罵倒しながら)勉強を教えてくれた甘神に悪い。


 好意には結果で答えないと。


 俺は再び勉強机に向かい、エア甘神にアドバイスを受けながら勉強を再開……しようと思ったら、スマホに着信が入る。


『あまちん、勉強やってるー?』


 神乃さんからだった。


「やってる。あと3日しかないし」

『あんさ、あーしも今勉強やってんだけど、古典でわかんないとこあって。教えてくんね?』


 神乃さんって勉強するんだ(失礼)。


「それで、わからないのはどこ?」

『えーっと』


 神乃さんと言ったら授業中に寝ていて怒られてるイメージがあるが、やる時はやるんだな。


「ここの語訳は、このページの3行目にある古語と同じ使い方だから、これを活用すれば」

『あまちんめっちゃ頭いいじゃん』

「現文と古典が得意なだけ。その代わり数学は壊滅的だが」

『あーしなんてどっちも終わってるからやべー』


 それでも俺のクラスって赤点一人もいないし、神乃さんも赤点はしっかり回避してるってことだよな。


『この前はありがとね、あまちん』

「この前?」

『一緒に雪だるま作ってくれたじゃん。あーいうの他の友達だと「子供っぽいー」とか、「ガキくさいー」って、馬鹿にされて流されちゃうんだけど、あまちんは無理して付き合ってくれたから』

「いや、正直俺も雪降ってテンション上がってた。たぶん県民ならみんなそうだと思うが」

『だよね! あーしもマジでテンション爆上がりで。あーでも、甘神さんみたいになるにはこういうの治さねーといけないんだよね』

「……無理に治しても意味ないじゃないか? 甘神みたいに無口でクールになっても損しか無いぞ」

『えーでも、なんかそっちの方がカッコいいってゆーか。あーしはやっぱ憧れちゃうなぁ』


 女子から見ると甘神ってそんなに憧れるものなのか?

 普段から滅多に他人と話さない、笑顔も見せないってのはかなり苦痛だと思うのだが。


『あまちんは優しいね。あーしが甘神さんのこと話すと、他の友達はテキトーにあしらうのに』

「あ、やっぱ他の友達とかは憧れてないんだ」

『みんな甘神さんのこと凄いーって思うけど、なりたいーってならないんだって』


 そりゃそうだよな。

 仮に俺が女だったとして、甘神みたいになれるとも思えないし、なりたいとも思わないな絶対。


『あまちん、勉強教えてくれてありがと。邪魔しちゃってごめんね』

「そんなことない。お互いがんばろうな」

『りょー。じゃーねー』


 電話を切ったら、さっきまで賑やかだった空気から一気に静寂が部屋に流れる。


「……勉強、しねーと」


 神乃さんは何でも流れに身を任せてるイメージがあったが、周りの事とか本当によく見て、考えて、自分の中で噛み締めている。

 視野の広さは圧倒的に神乃さんに負けてるな。


「甘神に憧れ、か……」


 そういやあの雪の日の帰り、lime交換したんだっけな。


 limeのアプリを開き直して、甘神知神とのチャットルームを開く。

 少し考えてから『甘神、今、電話してもいいか?』と送信した。


「ん?」


 送信した刹那、既読のマークが付く。

 ……は、速すぎるというか、送った瞬間に付いたってことは、甘神のやつも何か俺に連絡したいことがあったんじゃ。


 スマホが震度し、甘神からの着信を知らせる。


『ご機嫌よう天野くん。ちゃんと勉強してるかしら?』

「お前、既読付くの速すぎないか」

『たまたまlimeを開いていたから通知が来てすぐ反応しただけよ。それより何か用があったんじゃないのかしら?』

「あー。別に用があったわけじゃないんだけどさ」


 数学のわからないところとか聞きながら1時間ほど電話をした。

 やっぱエア甘神よりリアル甘神に罵倒される方が落ち着いてしまう俺だった。


 ✳︎✳︎

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