第6話 雪のように積もる
放課後、神乃さんとあの雪だるまがどうなったのか見た後、俺はすぐに高校に戻り、走って校舎裏へ向かった。
「はぁ、はぁ」
「やっと来たのね、天野くん」
放課後校舎裏に来て欲しいと甘神に頼んでいた。
「ま、待たせて悪い」
「放課後に付き合って欲しいと言ったのは天野くんの方だったと思うのだけれど?」
「すまん」
「……まぁ、定刻通りだから許すわ。それで付き合って欲しいことって何なのかしら」
俺は呼吸を整えて顔を上げる。
「今から童心に帰って、雪だるまを作る」
俺が突拍子もない事を言ったからか、甘神は唖然とした顔で首を傾げた。
「……天野くん、まさか私のことを揶揄ってるのかしら」
「作りたいって言ったのはお前の方だろ? 雪なんて明日には溶けちまうんだから、今日作っとかないと」
俺は開いた傘の柄を雪の上に置き、その中に収まるように身体を縮めてしゃがみ込みながら、足元の雪を集める。
「校舎裏なら誰も見てないし、仮に見られても、こうやって傘に隠れながらやれば誰か分かんないだろ?」
甘神は口を噤みながら自分の傘を足下に置き、しゃがみ込んだ。
そこから互いに黙々と作業を進める。
俺たちの間にこんなにも長い無言の時間が流れたのは初めてだった。
どう話しかけようと模索していたら、甘神が俺の肩を人差し指で突いた。
「天野くん」
「なんだ?」
「もしかして、怒ってる?」
甘神は珍しく心配そうに眉間を寄せ、俺の顔を覗き込む。
「それはこっちのセリフなんだが……お前の方こそ、怒ってるのか?」
「私は別に……。20%くらいだけれど」
「いや怒ってんのかい」
「天野くんは、本当に怒ってないのかしら」
「怒ってない」
「ほんと?」
「……あーじゃあ、俺も20%ぐらい」
「そう……それなら同じ20%で相殺できるわね」
「勝手に人の怒りを債権みたいに相殺すんな。人の感情をなんだと思ってるんだ」
「……ふふっ」
「なんだよ」
「……やっぱり、あなたじゃないとだめね」
「ど、どういうことだ?」
「なんでもないわ。それより、もう私は出来たのだけど」
「速っ」
甘神は、両手に収まるサイズの雪玉を作り終わると、俺の隣に置いた。
「天野くんの雪玉、やけに小さいわね」
「う、うるせー」
「ちょうどいいわ、それを頭にするから早く形を整えてくれるかしら」
俺は、ずっと作っていた雪玉を甘神の雪玉の上にそっと置いた。
「天野くんって不器用なのね。こんなに丸みを帯びてない不細工な雪だるまは初めて見たわ」
「し、仕方ねーだろ、こんなに沢山の雪初めて触ったし」
「初めて?」
「そりゃ雪とか滅多に降らないし、降っても積もらねーだろ? だから雪を掴むのも今日が初めてで」
「そう、ここは恵まれてるのね」
「ん? 甘神って生まれは違う県だっけ?」
「……生まれは雪山の集落。高校からこっちに来たの」
「へぇ……」
甘神がこっちの生まれじゃないことを初めて知った。
「あぁ、だからあの時マフラーしてなくても寒くなかったのか」
初めて甘神と話したあの日のことを回顧する。
「待てよ、ならなんでマフラーを買おうと思ったんだ?」
「マフラーはファッションとして欲しかったの。ただ、それだけ」
甘神はそのマフラーに顔を埋めながら、傘を持って立ち上がる。
「せっかくだから雪だるまを写真に収めたいのだけど、天野くん、そのままこっち向いてくれるかしら」
「え、雪だるまの写真を撮るなら俺は要らないんじゃ」
「いいから」
甘神に促され、甘神がスマホを構えている方を見る。
「もう、撮れたか?」
甘神は頷いてスマホをこっちに向けて俺に撮れた写真を見せた。
雪だるまより俺の方にピントが合っているような。
「……ありがとう天野くん。お礼に私を撮ってもいいわよ」
「別にいい」
「ふふっ、そんな意地を張る必要はないわ。ほら」
甘神は傘を刺しながら右足を軸にくるりと回る。
なんでそんな撮らせたがる。
「ほら、早く」
俺は渋々ポケットからスマホを取り出して、カメラのアプリを起動する。
「あら天野くん、私を被写体にしたいだなんて。贅沢なのね」
「お前が撮れって言ったんだろ!」
降り頻る純白の雪が、甘神の真っ黒な髪に溶けていく。
白と黒のコントラストが彼女の素の美しさを最大限に引き出す。
全てを悟ったような大きな瞳、挑発的で控えめなその笑み。
悔しいが、これほどまでに全てが整った人間を、俺は見たことが無い。
「……撮れたかしら?」
気がついたら何枚も彼女の写真を撮っていた。
感情ではなく、本能がそうさせたのだ。
甘神知神が神の寵愛を受けて生まれたのだと改めて思い知らされた。
✳︎✳︎
教室に置きっぱなしだった鞄を取りに行き、高校から少し離れた場所にあるいつも不景気そうなコンビニの前で再び待ち合わせる。
「今日はありがとな、付き合ってくれて」
「いつも私に付き合わせてしまってるから、構わないわ」
「……機嫌は直してくれたか?」
「元から怒ってなどいないのだけれど?」
嘘つけ。あんなにキレておいてそれは無いだろ。
「さて、今日の帰りは角煮まんの気分なのだけど、天野くんはどうするのかしら?」
「俺はピザまん」
「この前もピザまんだったじゃない。偏食は良くないわ」
「肉まんくらい好きなもの食わせろ」
それにしても、2人でいる時はこんなに柔らかい表情を見せる彼女が、何故俺なんかに固執するのか。逆に何故他の人には冷たいのか。
彼女の謎は、ひた降り頻るこの雪のように積もるばかりだった。
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