第5話 冬の寒さに惑わされ

 

 ——12月1日


 今日の寒さは異常で、雪舞う通学路を傘を片手に歩く。

 だんだんと積もってきた雪を踏み締める靴にも限界が来ており、足裏が湿ってきている。

 この地域は例年なら雪など降らない本州では比較的温暖な地域なのだが、まさかここまで降るとは……これも環境問題の弊害か?


「あーまちんっ。おはよっ」


 朝から元気いっぱいの神乃さんが声をかけて来た。


「おはよう神乃さん」


 神乃さんは手袋・マフラー・耳当てと、完全装備をしているのに、何故か傘を挿さずに登校している。


「神乃さん、傘は?」

「傘ならさっき通行人のおばあちゃんにあげちゃったけど」

「あげちゃったって、それじゃ自分の傘が」

「いいのいいの。あーし手袋付けてるし」


 そういう問題じゃないと思うのだが。


「あーしはほらっ、めっちゃ元気なんだし大丈夫だって。あーでもちょっと頭が冷たいから、あまちんの傘にお邪魔しまーす」

「ちょっ」


 ……こ、これは。

 左から俺の傘の中に入って体を寄せてくる神乃さん。

 か、完全に誤解されるやつじゃねーか。


「あまちんの傘って広いねー、もしかして甘神さんとワンチャン狙ってんのー?」

「違っ、これはたまたま広いやつだっただけで」

「あははっ、あまちん顔真っ赤じゃん、おもろっ」


 まさか甘神だけじゃなく、神乃さんにまで揶揄われてるのか、俺。


「あーしは面白いことが好きなの。だからさ、憧れの甘神さんと友達になれたらもっと面白くなるなって。だからさ、あまちん。甘神さんと友達になる件、よろしくね」

「……お、おう」


 神乃さんから溢れ出る陽キャエネルギーは、省エネ体質の俺にとって毒だ。

 甘神の件だってあいつはなんかキレ気味だったし、上手くいくとは思えないんだが。


「そうだ!」

「きゅ、急にどうした」

「あまちん、せっかくだから雪だるま作ってから行こー」

「雪だるま⁈」

「ミニ雪だるまでいいからさ、ね。帰りまで残ってるか検証したいのー」

「えぇ……」

「まだチャイムまで30分もあるんだし、いいじゃーん」


 彼女のノリについていけないのだが。

 こんな寒い中で雪だるま作りとか……さっさと終わらせて高校行くか。

 神乃さんに言われるがまま、2人でしゃがんで雪だるまを作ることになった。


「あまちんは頭だから少し小さめにしてね」

「はいはい」


 握り飯を作る要領で適当に手の中で転がして形を整える。

 周りの視線が痛い、俺はなんでこんな事を。


「目もないといけないなぁ」


 神乃さんはどこからかボタンを2つ取り出して雪だるまの上部に埋めた。


「あーし、これでも手芸部だから」

「へぇ、意外だ」

「頭はちょこっと弱いけど、手先は器用だからね」


 神乃さん作った雪だるまを慎重に両手で包み込み、道路脇に設置した。


「あまちん、また帰りに確認しに来よーよっ」

「いいけど……」

「じゃあ決まりねっ」


 やっべ、適当に返事してたら約束しちまった。

 多分今日も甘神に付き合わされるよな……どうしたもんか。


 高校に着くと、ちょうど同じタイミングで甘神がファンを引き連れ(勝手に着いて来てる)て登校した。


「あまちん、あれ甘神さんだよね。やっぱ今日もオーラが違うわ」

「俺、早く席に座っておかないと甘神のファンたちに席占領されちまうから、先行くわ。神乃さん、また後で」

「うぃー、また後でー」


 甘神の集団よりも先に昇降口に入り、下駄箱で瞬時に上履きに履き替えて俺は教室へ急いだ。

 あぶねー、ただでさえ甘神のやつは神乃さんのこと嫌ってるっぽいのに、俺と神乃さんがいるところ見られたらどう思われてたか。

 それより早く、席に座っておかねーと。


 今日も甘神の席は甘神以外の奴らで騒がしかった。

 相変わらず甘神は無視をしていたが、それでも折れない取り巻きはかなりのメンタルだとは思う。

 とてもじゃないが、俺には真似できんしな。


 HR5分前のチャイムが鳴って、生徒たちが自分たちの席に戻っていく。

 この5分が甘神と俺の連絡用の時間となっている。

 甘神はいつも通り黒板の方を見ながら俺に向けて話し始める。


「天野くん、今日はやけに上機嫌なのね」

「なんで俺の方を見てすらいないお前にそれがわかるんだよ」


「"雪だるま"」


 ゾクっと動悸と同時に、心臓の鼓動が一瞬止まりかけたのではないかと思うくらいの衝撃。


「こんな雪の日は、童心に帰って雪だるまでも作りたいわね」

「……そ、そうか」

「もし仮に私が作りたいと言ったら、付き合ってくれる? 天野くん」

「……は、はい」

「なんで敬語なのかしら」


 甘神は黒板の方を向いているので顔を確認できないが、間違いなく怒りモードに入ってる。

 顔が見えない分、怖さが増して……。


「神乃さんと、楽しそうだったみたいね」


 ってかなんで甘神がこのこと知ってるんだよ。


「えーっと、甘神。これは誤解というか。なんでそれを」

「昇降口で話題になっていたわ。あなたと神乃さんが同じ傘の下でイチャコラしていた、と」


 う、噂って怖ー。神乃さんも校内ではミスコンに出るくらいには有名人だし、そりゃこうなるか。


「別に構わないわ。あなたの交友関係に口出しできるほど私はあなたにとって何者でもないわけですし」

「もしかして、怒ってんのか」

「怒ってないですけど何か」


 完全に怒ってる時の語気なんだが。

 不味いな、HRまであと2分くらいしかない。

 この微妙な空気感のままは嫌だし、なんとかしないと。

 なんとか……って言っても……。


「なぁ甘神。放課後、俺に"付き合って"くれないか」


 ✳︎✳︎

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