第2話 甘神と俺の関係
甘神知神の後の席ってのは、他の男子から羨まれる事が多いのだが、俺はそれを特別に感じたことが無い。
少し席を外すと、甘神に群がる男子たちのせいで、突然座れなくなってるし、何より甘神の一挙手一投足が注目される中で、その背後にいるというのはかなりキツイものがある。
いい加減席替えをして欲しいのだが、クラス担任が鬼教師ということもあり、まさかの入学してからずっと出席番号順の席なのだ。
……はぁ、どうにかならないものか。
そんな俺の苦労を知る由も無く、甘神は今日も俺を放課後に連れ回す。
既に近所では絶滅しかけたタピオカショップ唯一の残党に立ち寄って、タピオカミルクティーを買う甘神知神。
た、タピオカって……おいおい。
「タピオカのブームはもう既に終わったと思うのだが……」
「いいのよ。美味しいものはいつ飲んでも美味しいのだから。ブームなんて周りが創り上げた偶像に過ぎないわ」
相変わらず放課後になると甘神は自由人へと変貌する。
違うな、変貌というよりこっちが本当の甘神なんだよな、きっと。
「今度はチーズタッカルビを食べに行きたいわね」
「またまた懐かしいものを。時代逆行すんのやめろ」
「私は時代に流されないのが好きなの。とにかく、付き合って貰うから」
いつの間にか俺に拒否権は無くなっていた。
断ってもいいが、断ればそのまま関係が終わってしまうような気がして、なんとなく断れないのもある。
その感情は別に甘神のことが好きとか、そういうものでは無い……はずだが。
「天野くん、そろそろ12月だけれど、期末テストの勉強は進んでいるの?」
「え? あ、あぁ一応……」
「ほんと?」
歩きながら甘神は距離を詰めてくる。
垂れる黒髪と甘神のフルーティな香水が鼻腔をくすぐる。
この前より距離が縮まり過ぎているような。
「もう一度聞くわ。勉強は進んでいるのかしら?」
「す……進んで、無いです、はい」
「やはり。天野くんって授業中、いつも上の空だもの」
「上の空って……それは確かに否めないが、どうして前の席の甘神がそんなこと知ってんだよ」
「…………まぁ、それはそれとして」
甘神のやつ、適当言いやがって。
お前だっていつも窓の外ばっか見てるだろ。
「あなたの勉強、"付き合って"あげてもいいわよ」
「は? 勉強に、付き合う?」
甘神はスポッとタピオカのでかいストローから口を離し、俺との距離をさらに詰めてくる。
「付き合ってあげてもいいわよ」
べ、勉強のこと……だよな。もちろん。
「じゃあ……頼むよ」
「ふふっ。正直でよろしい」
甘神は妖麗な笑みを浮かべる。
Sっ気のあるその笑みは、俺の心を揺さぶった。
この苛立ちと快感のマリアージュを心地良いと思ってしまう自分のS好きな趣向が憎い。
「天野くんは国語が得意だったわね」
「だからなんでそんなこと知って——」
「でも数学はクラスでもかなり下の方だから、明日からは数学をみっちりやりましょうか」
「え、えぇ……」
「できるまで、"付き合って"あげるわ」
甘神はタピオカを飲みながら言った。
ってか、なんで俺の苦手な教科まで知ってんだよ。
後ろの席なら覗き込んで俺の点数を知ることは容易いが、前の席の甘神に知る方法は無いと思うのだが。
「天野くんは、その得手不得手から鑑みるに、来年は文系に進むのかしら」
「一応な。数学やらなくていいし」
「……私は理系だから、クラスが離れてしまうわね」
「そうなるな」
そっか、来年になれば甘神とは距離を置けて、やっと俺の普通な日常が帰ってくるのか。
それはそれで嬉しいような。
「明日は、天野くんが数学が好きになるまで勉強教えてあげるわ」
「なに俺を理系に引きずり込もうとしてんだ」
「数学が嫌なら生物でもいいわ」
「そういう問題じゃねえ」
「……天野くん、最低ね」
「どうして俺が悪いことになってんだよ」
ったく、甘神の調子に合わせてたら俺の喉がイカれる。
「じゃあ明日の放課後は図書室よ。さようなら甘神くん」
別れ際、甘神は小さく手を振り小走りで駅へと向かった。
さ、俺も帰って勉強するか。
あまりにも数学が出来なさすぎて甘神に罵倒されるのは避けたいからな。(数ミリくらいは罵倒されるのを期待してしまう自分もいる)
「みーちゃったー、みーちゃったー」
「え?」
突然、背後から聞こえたその声。
振り向くと、そこには。
「まさか"あの"甘神さんが、天野くんとねぇ」
「じ、神乃さん」
電信柱の影から、クラスメイトの陽キャ筆頭格のギャル・神乃さんがスマホのレンズを向けながら現れたのだった。
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