高嶺の花は俺に"付き合って"欲しいらしい。
星野星野@電撃文庫より2月7日新作発売!
第1話 『付き合って』が口癖の高嶺の花
高校の放課後。
真冬の寒空の下、俺は白い吐息を漏らしながら、彼女を見下ろす。
「——付き合って」
校舎裏に呼び出された俺、
付き、合う……? 俺と"あの" 甘神が?
そう、目の前にいる女子生徒は、どこにでもいる普通の女子生徒では無い——。
艶やかなセミロングの黒髪に、常に周りを睨み散らかす細い目と長いまつ毛。
整った鼻梁とプルッと潤いのある唇は、まるで美容系のCMに出てる女優のよう。
そう、彼女は正真正銘、美少女なのだ。
俺は軽く呼吸を整え、緊張感で生まれた握り拳をゆっくりと解く。
ちょっと待て。これって夢か何かだよな?
だって相手は、あの甘神だし。
容姿端麗、清廉潔白、才色兼備の3拍子が揃った、誰もが認めるクール美少女——
その存在自体が奇跡みたいな美少女を前にして、俺みたいな凡人の濁った眼球は今にもぶっ潰れそうだ。
と、とにかくここは、はっきり言わないと。
「その……」
俺はさっき解いた拳を再び握り直す。
とてもじゃないけど、甘神と一般人の俺では釣り合うわけがない。
「悪いけど! 付き合うことは、できない」
「え……?」
「だって俺と甘神じゃ——」
「こッ!!」
こ……こ?
甘神は唇を尖らせながら、急に腹パンでも喰らったかのような喉を潰した声を上げる。
「こっ、この後! 天野くんと……行きたいところがあるのよ」
ちょい待て。
甘神が言ってた付き合うって—— "恋人として付き合う"的な意味じゃなく、"用事に付き合う"感じの意味?
そ、そっちの意味かーい。
「だから……付き合って」
甘神はそう言いながら俺の右手を取ると、そのご尊顔を俺に近づけてくる。
目と鼻の先まで顔を迫られた俺は、断ることが出来ず、結局彼女の用事に付き合うことになった。
ここで補足しておきたいのが甘神の存在だ。
同じクラスの彼女は、いつも俺の前の席で朧げな表情を浮かべながら、窓の奥を見つめている。
そのセミロングの黒髪を少し弄るだけでも他人の視線を集める。
ただミスコンを優勝しただけでなく、普段から高一とは思えないくらいに大人びた甘神は、多くの生徒から人気を博し、常に注目の的になっていた。
休み時間になれば男子生徒が急な告白大会を始めたり、昼休みになれば謎のサイン会が始まったりと、もはや意味がわからない。
別に彼女は芸能人というわけではない。
だが、芸能人に匹敵するくらいの圧倒的な存在感と美貌を持っていることは間違いないだろう。
モデルのようにスラっとした背筋と、普通の高校には絶対いないくらいの端正な顔立ち。まさに天に愛された美少女で、その顔立ちを形容するならば、"可愛い" というより、"美しい" という方が似合う。
そんな、学校では神格化すらされつつある彼女が、普通の女子みたいに俺の隣で白い息を「ふぁっ」と吐きながら歩いているのだ。
鼻も赤くして、頬も赤く染めて……こいつ、小学生か?
いつもは無愛想な印象だが、放課後になると案外キャラが変わるもんだ。
「見て。わんこよ」
河川敷を歩いている途中で、横を通りかかる散歩中の柴犬を呼び止め、4部のラスボスが惚れ込みそうなその美しい手を差し出す。
慈愛に満ちた顔で、犬に手を差し出したのだが……。
「ガルルルッ! ガムッ」
その手は容赦なく犬に噛まれた——って!
「おい甘神大丈夫か!」
「す、すみません! うちの子が!」
俺と飼い主が心配する中で、甘神は犬に噛まれても反対の手で犬を宥める。
おいおい、痛覚とかないのかよ……。
「天野くん。生き物は誰でも拒絶から入るの。例えば赤子もそう……産声に込められるのは衝撃と拒絶。でもね、触れ合うことで愛情は生まれるわ」
「はぁ?」
「ほら——このわんこもだんだん私に懐いて」
柴犬は、噛んでいた甘神の手を解放する。
懐いたのかと思ったその刹那——犬は身を翻すと、容赦なく甘神の反対の手にも噛み付いた。
「ダメじゃねーか」
何が衝撃と拒絶だよ。適当言ってるな。
飼い主は犬を制して抱き上げると、懐から千円札を取り出し、謝罪と共に甘神にそれを手渡して行ってしまった。
「お、おいおいもし大事になったらどう責任を……」
野口1枚じゃ足りねーぞ。
「あの犬……変わった子ね」
「変わってるのはお前だろ」
「もう行きましょう。あなたには"付き合って"もらうから」
またそれ……紛らわしいから辞めてほしんだよな。
「ってか、ちょっと思ったんだけどさ」
「何かしら」
「そもそも今からどこへいくのか、聞いてないんだけど?」
甘神はさっき犬に噛まれた手をパンパンと払って、立ち上がる。
「天野くんは今の私を見て、足りない所があるのが分からない?」
「足りない……?」
顔も良くて、鼻も高くて、周りからの人望も人気もあって……その上、172cmの俺より少し小さいくらいだから、身長も高い。
「お前に足りないモノなんて無いだろ」
「…………さっきからあんなに私のことチラチラ見てたのに、洞察力が皆無なのかしら?」
「そ、そんなに見てねーよ」
「そう?」
にしても甘神に足りないモノ……か。
唯一、彼女に足りないと思ったことが一応無いわけではないが……言っていいのか……?
「あのさ」
「分かったのね」
「あ、あぁ」
「なら早く言いなさい」
い、言うんだ。今、ここで。
「——もしかして、胸、なのか?」
「はあ?」
甘神は拍子抜けしたような声を出す。
「た、確かにやけに平坦だとは思っていたが、そこまで気にしなくても!」
——グヘッ。
殴られた、冬の寒空の下、それもアッパーで。
✳︎✳︎
アッパーの痛みでジンジンする下顎を撫でながら、俺は彼女の後ろを歩く。
俺が失礼極まりなかった事を言ったのも悪いと思っているが……甘神のやつ、急に暴力的になりやがって。さっきの犬とそう大差ないな。
「私の首元を見れば分かるでしょ? 私はマフラーが欲しかったの」
「どうしてこんなクソ寒いのにマフラーの一つも持ってねーんだよ」
「それは……。と、とにかく、あなたには私に合うマフラーを選んでもらうわ」
初めて会話したとは思えないくらい、命令口調で言い放つ甘神。
よく分からないけど、マフラーをさっさと選べばこの【付き合い】とやらも終わるなら、さっさと向かうとしよう。
俺たちは、歩いて十数分先にあるファッションビルに着く。
甘神のせいで、俺は周りの目が気になって仕方なかった。
人の注目を集める人間というものは、どこにいても同じように他人の視線を奪う。
周りから見られ、俺が変にソワソワしていたからか、甘神が俺の顔を覗き込むようにして見てくる。
「どうしたの、天野くん?」
「今更だけど……なんで俺なんだ? 買い物なら女友達とかと行けよ」
「……それは、あなたに"付き合って"欲しかったから」
甘神は何の躊躇いもなくそう呟く。
だから何なんだよその付き合うって……。
「ところで天野くんは、いないのかしら?」
「な、何が?」
「こうやって隣を歩くような彼女さんの存在よ」
「彼女? ……い、いねーけど」
「そう、それなら、"付き合って"もらっても問題ないわよね」
彼女の思考回路がわからない。
俺を小馬鹿にしたいのか、それとも自分のことを女帝か何かだと思っているのか。
常時、命令口調のなのも意味分からないし、ちょっとムカつく。
そりゃカースト最上位のこいつと、最低限の人間関係しか必要としない俺とじゃ、生きてる世界も見えてる景色も違うし、立場に上下が出来るのも必然かもしれないが……。
「天野くん、このタータンチェックもいいと思わない?」
「え? お、おう」
こいつは一体、何が目的なんだ?
人気者の甘神が、俺に『付き合って』と言った理由も謎に包まれている。
その後も甘神のマフラー選びに適当な返事をしていたら、いつの間にか買い物が終わっており、甘神は買ったばかりのマフラーをご機嫌そうに首に巻きながら、肩と肩が触れるくらいの距離感で俺の隣を歩き出した。
こいつの意図が全くわからず、俺は困惑したまま彼女の方を極力観ないようにして歩いた。
「俺……甘神のこともっと堅苦しい人間だと思ってた」
「……なんで?」
「学校だと、やけに物静かじゃないか。授業中だって窓の外ばっか見てるし、男子から公開告白とかされても『ごめんなさい』の一言で簡単に振っちまうし」
「天野くん」
「なんだよ」
「あなた——そんなに私のこと見てたの?」
やべっ、確かに見てたけど……。
これって、勘違いされるんじゃ。
その時、甘神の足が止まった。
「ど、どうしたんだ?」
「焼き芋……食べたい」
「は?」
なんでよりによって今そんなことを。
「はぁ……目的のマフラーは買えたんだし、俺はもう帰——」
「ねえ、付き合って、天野くん」
「……え?」
や、やっぱ、付き合うって——そう言う意味なんじゃっ。
「焼き芋、付き合って」
あ、焼き芋ね、はいはい。
✳︎✳︎
結局、甘神が焼き芋を食い終わるまであのクッソ寒い中待たされたし、その間に会話とか無くて地獄だったし……。
一体全体、今日の放課後は何だったんだ?
俺がやっと帰れると思った時には、既に夕日は落ちていた。
しかし、放課後の甘神は、やけに楽しそうだったな。
いつもあれぐらい愛嬌振り撒いとけばいいのに。
なーんて、俺みたいな凡人には関係ないよな。
——そして翌日。
俺が高校に登校すると、いつもの光景がそこにあった。
鼻の下伸ばした男子たちが、甘神の机に群がっている。
当の甘神は無視して窓の外を見つめていた。
チャイムが鳴り、全員が席に戻り出したタイミングで俺は、彼女の後ろにある自分の席に腰を下ろす。
昨日あれだけ話したのに、挨拶もしないのはおかしい……よな。
「あ、甘神」
俺は後ろから小声でそっと呼び「おはよう」と挨拶をする。
「あら……天野くん、おはよう」
甘神知神が誰かと挨拶を返すのは、初めて見たかもしれない。
さっきまで陽キャ男子たちを無視していた甘神にしてはあまりにもスムーズで、無難な返事だった。
「天野くん」
甘神は黒板の方を向きながらも、俺に何か話してくる。
「今日も、付き合って貰えるかしら?」
また付き合って、か。
甘神は背中を向けながら俺に頼み込んでくる。
甘神が何を考えているかわからないが……とりあえず答えておこう。
「りょーかい」
彼女の「付き合って」には逆らえない何かがある。
そう勝手に感じながら、俺は甘神知神のことをもっと知りたいと思ってしまうのだった。
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