第15話 交わされた約束
私はマシロを自分の家に連れていった。彼女には、友達の家に泊まることになったと親に電話させた。
マシロを風呂場に連れていき、体を温めさせた。彼女の肌は長い間雨に打たれて体温を失っていたのだ。マシロがどうしてもというので、私も一緒にお風呂に入った。
「で、どうしたの? 急に家出なんて。親と喧嘩したの?」
私は髪を洗いながら尋ねた。
「するわけないでしょ。反抗なんて、くだらない」
マシロはバスタブに浸かりながら答えた。マシロの目は諦観に満ちていた。
「じゃあ、どうして?」
マシロは右脚を上げ、足の先を眺めながら言った。
「居場所がなくなちゃったのよ」
マシロは今度は左手の爪を見始めた。
「うちの親、シングルマザーなのよ。私が小さい頃にお父さん亡くなっちゃってね。マ……お母さんが女手一つで私たち姉妹を育てくれてるの。妹のヒマリは親思いでね、頑張って勉強して特待生になって学費免除してもらおうとしてたりしてね。素直で真面目で本当にいい子だわ」
私が体を洗い終えると、今度はマシロがバスタブから出て体を洗いに来た。私は入れ違いでバスタブに入る。マシロは長い髪をシャンプーで洗い始めた。
「それに比べ、私は勉強はてんでダメだし、音楽に取り憑かれて遊んでばっかなんだから、最低よね。私ももっとまともな人間にならなくちゃって思ってるんだけど、どうしても音楽から離れられなくて。マ……お母さんは私に優しくしてくれるけどさ、私は本当に申し訳なくって、自分が情けなくって、もういっそのこと私が死ねばママも楽になるだろうなって思ってね。顔を合わせるのもしんどくて家出してきちゃった」
彼女はボディソープで体を洗い始める。すごく細くて、いまにも壊れそうだった。そう思ってると、
「私の薄っぺらい胸を見るぐらいなら、自分の胸を見たら? C……いやDカップ?」
「胸なんか見とらんわ! そして見てくんな!」
私はバスタブの水をマシロに思いっきりかける。彼女は楽しそうに笑った。少し元気が出てきたみたいでホッとする。
「そういわけで家にはあんまりいたくないの。かと言って、他に行くあてもなくてね……」
彼女は鏡で自分の顔を眺めながら言った。
「バンドが解散したうえに、私をもらってくれるバンドもないから、ライブハウスに行くこともできないし」
私は思わず下を向いた。水面に私の暗い顔が映る。
「それに学校も私にとって最悪の場所なのよ。私は人付き合い苦手で友達いないし、最近じゃあ、クラスの女子たちが私が山口くんに近づけないように目を光らせてるし。実を言うと、こんなにベラベラ喋れる相手ってミドリだけなのよ。私は大人しくしてないと、無意識に人を怒らせたり、イライラさせたりしちゃうみたいだから」
確かにマシロは皮肉っぽい性格で会話の半分は冗談だから、人によってはマシロと関わるのはストレスになるかもしれない。私も彼女の歌を聞いてなかったら、彼女を邪険に扱っていたかもしれない。
「家にいたくない。ライブハウスには行けない。学校は大嫌い。もうどこにも行きたくなくって、どうしようかなって思ったら、急に貴女の顔が浮かんで、気づいたらあの公園にいたの」
鏡に映る彼女の顔は濡れていた。私はバスタブから出て、彼女の体を抱きしめた。
「大丈夫。私がずっとアンタの側にいる。決めた。私も大学行く。マシロと同じ大学行って、そこでバンドメンバー探そう。そして一緒にバンドをしよう。アンタは一人じゃない。私にはアンタが必要なの」
マシロの頬から一滴の雫がこぼれ落ちた。
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