第16話 果たされなかった約束

 それから私とマシロは毎日のようにあの公園に集まった。平日の雨が降っていない日は、学校が終わると必ずあの公園に向かった。そして二人で日が暮れるまで一緒に歌を歌った。雨の日も時々会ってカラオケに行った。幸せな時間だった。

 彼女が山口雄也にフラレた日はマシロと一緒に泣いてあげた。彼女がいじめられていることを知った日には、彼女を優しく抱きしめた。マシロの目は日に日に濁っていった。ただ、好きな歌を一緒に歌うときだけは目に光が戻った。

 私は懸命に勉強した。勉強はあまり得意ではないが、彼女が受験する県内の私立大学なら、頑張ればなんとか合格できる。マシロと会わない日は家に帰ると夜遅くまで勉強した。私が熱心に勉強していると知ったマシロは、勉強の意欲を取り戻し、いつの間にか公園での集まりが勉強会に変わった。


 春休みになると、父親の転勤が決まった。私たち家族は大阪に引っ越すことになった。決して裕福ではない私の家庭では、娘を県外の私立大学に送り出すことは出来なかった。私たちに、決定的な別れが訪れた。

 私は公園で泣きじゃくった。泣き続ける私背中をマシロはそっとさすった。優しい手つきだったが、彼女の目はほとんど生気がなかった。

「ごめんね、マシロ。約束したのに、一緒にいられなくて」

「仕方ないよ。ミドリのせいじゃない。心配しなくても私は大丈夫。一人には慣れてるから」

 私は泣きながら、マシロに抱きついた。

「マシロ、諦めちゃだめだよ。きっとアンタのことを好きになってくれる人がいるから。大学に入れば、友達がきっとできる。バンドも絶対できる。だから、諦めちゃだめだよ」

 マシロは小さく頷いた。


 大阪に行くまでの数日間、私たちは毎日公園で会った。ある日、マシロは嬉しそうな顔をしながらこう言った。

「聞いてミドリ。久しぶりにライブハウスに行ったらね、私にボーカルをしてくれないかってある人が頼んできたの。ミドリの言う通りね。諦めちゃいけないんだわ。ライブするのはミドリが行っちゃった後だけど、どんなふうだったか、また連絡するわね」

 マシロは幸せそうに微笑んだ。

 4月の中頃、マシロから着信があった。私は電話が繋がると明るく言った。

「マシロ、久しぶり!ねえ、ライブどうだった?」

 少し間があった後、マシロは静かに言った。

「私、レイプされるところだった」

 私は言葉を失った。

「みんなすごく私に優しくしてくれてね。私、嬉しかったの。でもね、ある日練習に行こうとしたら、扉の向こうから声が聞こえて、『なあ、誰が最初にアイツとヤる?」って。それで私、走って逃げたの。怖かった。ねえミドリ、私、どうやって生きていけばいいの?」

 彼女の声はか細く、今にも消えそうだった。

「マシロ、ゴールデンウィークになったら私、そっちに行くわ。行けるか分かんないけど、でも必ず行くわ。だから待ってて」

 マシロは小さく、「うん」と言った。

 ゴールデンウィークは塾で全て予定が埋まっていた。私はマシロに、「ゴールデンウィークに行くのは難しいかもしれない。でもいつか絶対に行く。だから待ってて」と連絡した。

 私はダメ元で、5月8日の模試を5月7日の授業の後に出来ないか先生と交渉した。私の願いは簡単に断られたが、当日、他校の先生が偶然やって来て、私の試験監督をしてくれることになった。私は模試が終わると、マシロにすぐに連絡した。明日行く、と。マシロからの返信はなかった。

 私は5月8日に新幹線に乗り、私が集合場所に指定した公園に行ったが、マシロは来なかった。ライブハウスに行ってみると、若菜がいた。若菜にマシロを知らないかと聞くと、彼女は震える声で言った。

「マシロは、昨日、自殺した」

 私は膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る