第13話 スポットライト

 マシロはバンド内でも人気で、話の中心にいることが多かった。

「ところでマシロって、軽音部とか入ってないの?」

 萌恵が質問した。

「入ろうかとも思ったんだけど、見学してみたらほとんどお遊びバンドみたいなものでね、つまんなくてやめちゃった。でも、何か一つは部活入らなきゃだめらしくてね、それで一番楽そうな文芸部に入ったの」

「文芸部?」

「そう。まあ、私は幽霊部員みたいなもんだけどね。そういえば、文芸部の新入部員に私に性格そっくりな子がいたなぁ。アカネちゃん……だったっけ」

「アンタにそっくりって……ヤバくない? それ」

 会ったことないけど、きっとアカネちゃんは、友達の家に来たら真っ先に押入れの中を覗いちゃったりするようなタイプなんだろうな。続いて萌恵が尋ねる。

「そういえばマシロって何高なの?」

「彩雅」

「彩雅!?超頭いいとこじゃん!」

 ライブハウスに来る高校生のほとんどは、不良でこそないがとても優等生とはいえないようなやつばかりだ。私もあまり勉強は出来ないし、大学進学も考えてなかった。

「でも私アレよ。赤点常習犯。うちの妹は超優秀なんだけどね」

 妹がいることは前聞いた。名前は確か向葵だったか。

「ヒマリは品行方正、成績優秀な超優等生なんだけどね、その代わりすごくシャイなの。私と同じでロック大好きなのに、人前だと全然そんな素振りみせないの。文化祭なんかでライブやればいいのにって私が言うと、『いや私なんかがやったら…』ってゴニョゴニョ言うのよ」

「かわいいじゃない。でも優秀な妹がいると大変じゃない?」

 若菜が聞くと、

「そうねぇ。確かに妹がいたことで勉強嫌いになっちゃったけど、今はけっこう楽しくやってるし、全然気にしてないわ。ほら、ファンの人や貴女たちがいるし、それに私、好きな曲いっぱい歌えて、いまとっても幸せなの。ライブって素敵ね」

 マシロは嬉しそうに笑った。

「スポットライトは、私にとって太陽よ」


 ある日の夕方、私は買い物のついでにスーパーのすぐ近くにある彩雅高校に寄った。マシロがどんな高校に通っているのか、何となく見たいと思ったのだ。あわよくばマシロに会えればと思っていた。

 すると、ちょうどマシロが校門から出てきた。なんと運がいいんだろう。私はマシロに声をかけようとした。しかしすぐにやめた。彼女はライブハウスのときとは違う、あまりにも暗い顔をしていた。目はどんよりと曇り、まるで生気がなかった。彼女が立ち尽くす私に気づくと、バツが悪そうな顔をして苦笑いした。


 マシロに連れられて公園に行くと、二人で小さなベンチに腰掛けた。公園には誰もいなかった。

「びっくりしたでしょ。私があんな顔してて」

 私は小さく頷くことしかできなかった。

「今日の朝ね、野球場に行ってきたの。家が近くの幼馴染が野球部でね、『そういえばあの子最近どうしてるのかな』って、ちょっと覗きに行こうと思ったのよ」

 マシロは茜色の空を眺めながら話していた。

「そしたら、野球部の山口くんって人と目があっちゃってね。素敵な人だったわ。私は人見知りしちゃって、いまにも逃げ出しそうな感じだったんだけど、山口くんはにっこり笑って『せっかく見に来てくれたんだ。出来るだけいい試合してくるよ』って言って、マウンドに向かったの。優しい人だったわ」

 マシロの頬は赤く染まっていた。彼女は、恋をしていた。

「でもね、お昼ごろにクラスの子に詰め寄られてね、『アンタみたいなやつが山口くんに近づかないで』って言うの。私が何をしたっていうのよ」

 マシロは地面から小石を拾って投げ捨てた。小石が転がる乾いた音がした。

「小さかった頃、『お前って空気読めないよな』って散々言われたから、高校じゃ大人しくしてたっていうのに。私、学校だと全然喋らないのよ。ただ窓の外をぼおっと眺めてるだけ。それなのに、ただ、誰かを好きになっただけでそんなこと言われるなんて、あんまりだわ」

 気づいたら、マシロは泣いていた。彼女は私の肩にもたれかかった。

「私、ずっと居場所がないの。安心して自分らしくいられる場所は、あのライブハウスだけなの。貴女たちの側だけなの。ねえミドリ、居場所がないって、辛いわ」

 電灯にとまっていたカラスが静かに羽ばたいた。

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