第8話 裸の付き合い
目が覚めて時計を見ると5前だった。窓の外を見るとまだ日は昇っていないようだ。僕は窓際の椅子に腰を下ろし、コーヒーを飲みながらぼんやりと外を眺めていた。
「 ん、ふあ」
ヒマリが起きたようだ。
「コーセーさん、おはようございます」
「うん、おはよう」
ヒマリは頭を搔きながらむっくりと起き上がり、ベッドから勢いよく飛び降りると、ブカブカのバスローブを脱ぎ捨てた。下には下着を履いていなかった。つまり、裸だった。
「ちょっ!?」
慌てる僕に、ヒマリは冷めた目で、
「どうせ昨日全部見られたんです。もう気にしませんよ」
ヒマリは何か大事なものを失ったような、諦めきったような目をしていた。昨夜、なぜ二人が裸でいたのかはよく分からないが、十中八九アカネのせいだということは分かる。うちのアカネが本当に申し訳ない。
ヒマリは裸のまま湯沸かし機の前に行ってお湯を沸かし、ココアパウダーを入れたコップに注いだ。そして、ココアを持って僕の隣に座った。もうすぐ朝日が昇る。
横目でヒマリを見ると、ココアを飲みながら窓の外を眺めていた。胸は申し訳程度しか膨らんでいないが、陰毛は気持ちよく生えている。少し股を開いて座っているのが危なっかしい。
「コーセーさんって何か夢とかないんですか?」
ヒマリが唐突に聞いた。夢かぁ。小学生の頃に書いた「将来の夢」という題の作文を思い出す。
「確か、小さい頃は世界中を旅したいって言ってたっけ」
言いながら、そんな頃もあったなぁと懐かしく思う。あの頃は何にも知らなくて、ただただ楽しかった。やりたいことでいつも頭がいっぱいだった。兄貴と自分を比べて卑屈になったりもしなかった。世界はカラフルで、楽しいことに満ち溢れていた。明日が楽しみで仕方がなかった。
「そう言えばコーセーさん、いつも旅の本ばかり読んでましたね」
よく考えればそうだった。別に意識して読んでいたわけではない。ただ面白そうなものをてきとうに選んでいただけなのだが、気づかぬうちに系統だっていたようだ。
「英語の成績もいいそうですし、外国語系の学科がある大学に行って、留学でもしてみたらいかがですか? 確か県内にも、外国語系の学科が有名な大学があったはずです」
留学かぁ。留学するならどこにしようか。アメリカか、ヨーロッパか、いやタイやインドも面白そうだ。あるいは思い切ってアフリカに行ってみるのも悪くないかもしれない。南米もいいなぁ。アンデス山脈の上を旅するのもきっと素敵だろう。
ヒマリがフフッと笑った。
「コーセーさん、何だか楽しそうですね」
楽しそう。そうか、これが僕にとっての楽しいなのか。大学で留学して、外資系の企業に就職して、海外で暮らしたりして、そんな人生もいいかもしれない。
「でも、僕が海外に行くと、アカネが嫌がりそうだしなぁ」
僕がそう言うと、ヒマリは微笑んで、
「大丈夫ですよ。好きなものを見つけて変わっていくコーセーさんも、ちゃんと好きでいたいって言ってましたから。きっと受け入れてくれますよ」
アカネがそんなこと言ってたのか。前のアカネは僕のドライなところが好きで、ずっとこのままでいてほしいと言っていたはずだが……アカネも変わったんだなぁ。
「それに、どうせ年中暇してるんだから、きっとついてきますよ」
僕は思わず笑った。確かにその通りだ。
「あっ、あと、包茎のコーセーさんもちゃんと愛せるので大丈夫だそうです」
うっ、気づかれてたか。これだけは隠しておきたかったんだが。大丈夫と言われると、なんだか複雑な気分だ……
「ありがとう。なんだか自分のことがよく分かった気がするよ」
僕がそう言うと、ヒマリは悪戯っぽく笑った。
「感謝してくださるなら、一つお願い聞いてもらってもいいですか?」
「いいよ」
「これからは、コーセー『さん』じゃなくて、コーセー『くん』って呼んでもいいですか? ……さすがに馴れ馴れしいですかね」
僕はニッコリと笑って、
「なんなら、敬語もやめていいよ。アカネだけタメ口だと面倒でしょ」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」
いつの間にか空が明るくなっていた。遠くの山から太陽が顔を出した。朝だ。
ヒマリはフフッと笑って、
「裸の付き合いも、案外悪くないかもね」
僕も笑って「そうだね」と言った。
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