第2話〈消える〉
噂のバスターミナルで〈消えた〉アヅマを探している、と俺が始めに協力を仰いだのはアヅマと俺の共通の友人であるウサギ先輩だった。
俺の高校時代にバイト先で大変お世話になった先輩で、オペラから演劇、漫才まで、幅広く扱う劇場の音響を担う男はその名に反して、背丈が高く顔が怖い。あの頃はよく、訳あって、アヅマと二人で飯をごちそうになっていた。
「ウサギっていうのはな、大抵白くない」
という自己紹介での売り文句は、皆が遠慮して笑わないが、ウサギ先輩は、実は愉快で面倒見の良い人なのだ。
久しぶりにお会いしたい、相談があるのだというと、すぐに場を設けてくれた。
バスターミナルに隣接する駅の、構内のカフェで、俺はウサギ先輩と二年ぶりに会うことになっていた。
「おひさ。タケくんが高校卒業して以来になるなあ」
舞台稽古の合間を縫ってきたのだそうだ。黒いスウェットにチノパンを合わせたいつもの仕事着で、切りに行くのが面倒らしい伸びた黒髪を軽く結っていた。
「お忙しいところすみません。お先にコーヒー、頂いてます」
「気ぃつかわないで。大学行かないで働いてるんだって? 悪いけど、今日は俺、奢らないよ」
なぜならば、資産運用に失敗して、いまは金がない。
そこからが長かった。
「ひとを信用してはいけないんだよ。貸した金が返って来るなんて思っちゃいけない。たとえ増やして返す約束だとしても、必ず返ってくるなら投資信託がビジネスとして成り立つはずがないんだよなあ。皆やってるっての…………」
ウサギ先輩はつい先日、資産運用の手始めにと、投資信託を請け負う会社に勤めているらしい友人に相談したのだという。
「個人でファンドをやっているやつがいるから、とか言ってさ。300万、俺たちに任せてくれないかとか言われちゃったらさ、任せるよな。でも結局二人グルだったわけ。俺の金、盗られちゃったわけ」
話を聞いている限り、自分は任せようとは思わないが。先輩の友人はよほど爽やかな微笑みを浮かべたのだろう。
人心を掌握する微笑みというのは確かに存在する。
「警察に相談されたんですか」
「したけど、電話も繋がらないし、会社にはそんな名前の社員はいないとか言われるし」
「詐欺じゃないですか」
「だからそうだったんだよ!!」
というわけで、今後一切金は貸さない。
先輩は断固として言った。
「お金以外の相談なら、きけるけど」
「お金はいりませんけど。あの、アヅマって覚えてますか? 高校の時、俺と一緒に住んでて、よく飯をご馳走になってた……」
「ああ、キムチ鍋を一緒に食べた、アヅマ オミくんか。覚えてるよ」
「キムチ鍋、食べましたっけ」
「食べたじゃんかタケくんの家で。確か、オミくんがタケくんの家に転がりこんで、ホームシックで泣き出した時か。俺が材料買ってきてあげてさ、三人で鍋パした」
懐古するウサギ先輩に、
そんなことも、ありましたね。
と言いながら、俺の頭にはアヅマとウサギ先輩と三人でキムチ鍋をつついた記憶は残っていなかった。
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