第7話

 港町ラクリュスは、交易によって栄えている町だ。

 立ち並ぶ建物は区画によって分けられていて、人々が暮らす家が建つ居住区、街の治安などを守る衛兵達の駐屯地に街の方針などを決めている貴族連中の居る行政区、そして実際に交易が行われている商業区の三つがある。

 それぞれ分かりやすく特徴を持っているが、中でも商業区は一番人が多く、そして見た目華やかなエリアだ。

 公益の品々が並べられた出店があちこちに出されており、そこら中を歩き回っているだけでワクワクが止まらない。

 様々な大陸の各国からの品々が並んだ異国風漂う空間は、まるで違う世界に入り込んだかのような錯覚を見せてくる。


 そんな商業区だが、別に交易品を取り扱った店だけなわけではない。

 普通に日用品なんかを取り扱った店もあるし、それ以外には飯屋だって普通に多い。

 各国からくる人々向けに色んな国の特色が見える料理を提供する店が多く、どの店も大体旨い料理を出してくれる。

 だから長旅で多少なりとも疲れている俺達が旨そうな匂いを漂わせている店の前を通り過ぎる事ができず吸い込まれてしまったのはしょうがないことだと思う。

 だって最近全然旨いもん食ってないんだもん。


「旨っ、旨っ。あ、これも旨い」

「この料理美味しそう。って熱っ」

「ふむ、このような料理は初めて食べるな。存外見た目に反していけるものだ」


 ガツガツと料理をかき込む俺に対して、この二人はわりかしと上品に食べていく。

 生まれの違いがモロに出ている。がアンテに関しては割と野性的な食べ方もするタイプなので、今は猫被っているのだろう。

 こいつは意外と外面は良い子ちゃんで通している。

 しかし今この場においては個室席を取っており、はっきり言って俺達三人以外いないので無駄な努力だろう。

 

「ところでこれから先どうするのだ? ユーラテスに向かうのはいいとしてその後はどうする」

「ああ、それに関しては簡単。北の山脈の麓にある集落に行けばいい」


 ネアンの言ったユーラテスというのはこれから俺達が向かう大陸の名前だ。

 この世界には五つの大陸が存在しており、今いる場所がクレイス、その北側にあるのがユーラテス、あとはミーフィシス、オルカス、そしてレイシスという名がそれぞれある。


「え〜。あそこ行くの? ヤダな〜」

「む? なにかまずい場所なのか?」

「いや、あそこは別に特に何かあるわけじゃないぞ。まあ山頂は別だけどそれ以外だとへギン大渓谷の方がよっぽど危険だ」

「それはそうだけどあそこメチャクチャ寒いじゃない」


 ものすごく嫌そうな顔をするアンテの言う通り、ユーラテス大陸北部山脈一帯の気温は恐ろしく低い。

 ただ立っているだけで五分もあれば氷像が一つ完成するだろう寒さであり、今まで多くの人々が氷漬けにされてきた場所だ。

 一方で吹き付ける吹雪が晴れたときには息を呑む美しさの山峰が拝めることもある。

 吹き付ける凍気と凍風による冷酷な夜、美しき銀世界の輝きによる感動の蒼天。美しさと残酷さの表裏を持ち合わせた寒冷の山を超えた先に、目的地の村落は建っている。


「山の向こう一帯は北の大地テオールって言われている場所なんだが、あそこらへんには元から定住している住民達以外誰も居ないんだ。山を超えていくのがキツすぎる上に超えたって何にも得がないからな」

「なるほど、つまりその場所でしばらく吾が死んだという情報の鎮静を待つわけか」

「ま、そんな感じ。あの村の人達は俺が誰だかって知らねえからな。昔から何度か滞在させてもらってるんだよ」


 魔王の喪失と俺の行方不明という二つの一大事による混乱がある内はしばらく姿を見せることができない。

 俺だけが見つかるならいいもののネアンまで見つかってしまえば最悪だ。 

 一見すれば人と全く変わらない見た目のネアンだが、俺と一緒に居るということで注目を集めてしまえば否応なくその正体は露呈するだろう。

 なんせ魔王の顔は人には全く知られていないが魔族達には俺以上に有名なのだから。街中に潜伏している魔族が見れば一発でアウトだ。

 顔を隠すなり変装するなりしてしまえばいい話ではあるが、念の為にしばらく世間から隠れておいたほうが得策だろう。


「まあとりあえずはそんな感じでいく」

「オッケー」

「了解した」


 そういう訳で、この料理を片付ける。

 その後は宿を取って大陸移動の船を待つだけなので、しばらく暇になる。

 かといって世間の目を忍んでいる現状外をうろちょろとしているわけにも行かないのが大変だ。

 まあ少しぐらいならいいだろうか。

 

「ラウナ食べるの遅いわよ」

「ん? いやもう食い終わったのかよ!」


 考えながら食べていたら前の二人が食事を終えていた。

 君たちは早食い選手権にでも出ているんですか?

 食べ始めてから十分ほどで食べ終わっている二人を見て、ため息を付きながら俺は残りの料理を片付けた。 



           *



「おい」

「……」

「そんなところで何をしている」


 夜。

 月明かりが静かに波の揺らめきに乱反射する中、その反射光が僅かに照らす暗い港で一人の人影があった。

 波打ち際をじっと見つめ続ける男か女かもわからないその影は酷く怪しく、見回り中の駐屯兵達の隊長に声をかけられる。

 しかし影は黙って立ち尽くし続けていた。


「答えぬならば不審人物として捕える」

「…………」

「……そうか。それでは今から貴様を連行する」


 最後通牒。

 兵隊長が告げた最後の猶予に、やはりなんの反応もせず影は揺らぎ続ける。

 黙り込むその存在に数秒待ち続けるも想像通り反応なしの為、話しかけた男が部下に人影の連行を指示して怪しさ満点の影に向き直った。

 その次の瞬間、離した目をもとに戻した兵士の顔が驚愕に歪む。

 一瞬だけ月光に明るみになった誰かはこちらを向いていた。


「あ、貴方は……」

「しーーーー」


 人影は叫ぶ兵士にお静かにと唇に指を当てる。

 それで黙ることになった兵士が次の言葉を口から放つ前、その寸前だった。

 

「――――――――――――!!」

「なっ!?」


 爆音が夜の港に爆ぜた。

 爆炎が雲のように噴き上がり、大火が辺りの建物にその手を伸ばす。

 燃え広がり、多くの建造物を焼いていく火は船にまで広がっている。

 たちまち多くの人々が火炎の恐怖で悲鳴を上げた。


「貴様!!」


 一瞬にして巻き起こった惨状に呆然と立ち尽くしていた兵隊長がはっとその光景から立ち直り推定事件を起こしたであろう犯人に視線を戻す。

 理由付けは後でいいだろう。

 怒りのままに即座にひっ捕らえようとした時、しかし違和感に気づいた。

 後ろで待機していた筈の部下たちの声が聞こえない。気配すらなくなっている。

 どうして。

 そう考えた彼が最後に見たのは目の前の人影の静かな微笑だった。

 

 その直後、現場に駆けつけた衛兵達が見たものは夜の暗闇を煌々と紅く染める猛火の猛りだけだった。


 その日、駐屯地から見回りに出ていた衛兵十五名の行方が不明となった。

 捜索の手は出されたものの、結局見つかることはなく、彼らは今回の事件に巻き込まれ抹殺されたものと見られている。

 彼等の行方は事件の手がかりになると推測され今なお捜索は続けられているものの進捗は著しくない。

 また今回の事件で現場付近だけでなく港湾全体が危険との判断により、一時港全域の封鎖が決定されることになる。

 封鎖が解かれるまで、すなわち事件が解決されるまであらゆる船舶の出港は禁止された。



           *



「渡航できない!?」

「ああ。非常に迷惑なことに街の行政が今港に止まってる全部の船を使用禁止にしちまったんだよ」

「うっそだろ」


 昨夜港の方で火事が起きたらしい。

 原因は何者かによる爆弾。巨大な爆発を産んだそれはいきなり夜作動したらしく、港から遠い宿で寝ていた俺達は気づかなかったものの付近に住んでいた人は皆飛び起きたそうだ。

 事件性しかない今回の件により犯人の特定が終わるまで港は安全確保の為使用禁止となったそうで、交易や荷送り、人の渡航等で金を得ていた者たちからすれば大打撃だと渡航船の乗船券チケットを販売していた男性がぼやいてきた。


「どうする? ラウナ」

「いやどうするって言われても」


 船が止められている以上俺達にはどうしようもない。

 犯人が分かるまで待つより他に船が動くことはないのだから。


「というか今更だが隠していたのにあの男に顔を見られてよかったのか?」

「ん? ああ、それに関しては問題ないぞ」


 街に入ってからずっと俺とアンテは顔を隠し続けていたのに、チケット販売の男には顔を見せたのでネアンがそのことについて尋ねてくる。

 確かに顔を見せると面倒なことになるので今まで隠してきたわけだが、今回に関しては相手が一人なので問題ない。

 ちょこっとズルしてしまえば済む話だ。


「顔を変えてしまえばいいんだよ」

「は?」


 俺の言ったことが理解できないネアンに、少し簡単な説明をする。

 顔を変えるとはどういうことか。

 その答えは簡単で光の屈折を利用して俺の顔の形とパーツをいじって見せているのだ。

 要は偽の映像の投影。

 光の精霊であるアンテと契約していることにより、俺は光の魔法をそれなりに扱えるようになっている。

 その結果自分の顔や周りの小さな範囲においては偽りの光景を作り出すことができるのだ。


「ちなみに魔王城でお前を殺す詐欺をした時もこれでお前の部下騙してたぞ」

「ああ、そういえばあの時吾を連れて貴様が後ろに移動したのにあ奴ら何やら意味不明なことを叫んでいたな」

「いや気づいてなかったのかよ」


 あの時のように相手が複数人の場合でも動揺している場合は映像に粗があっても騙すことができる。

 ただ一人に対してのときより当然精度は落ちるし気づかれやすくなるのでなるべく人は少ないほうがいい。

 今回は相手が一人かつ、渡航するということで顔を隠していると犯罪者かなんかと怪しまれる危険があったため魔法の使用に踏み切った訳だ。


「ま、それでも魔力感知してくるやつとか観察力が優れてるやつとかは一人でも騙せねえんだけどな」


 他にも大きなものを映したりはできない。

 そうそう簡単に使用できる使い勝手のいい魔法ではないのだ。

 

「まあそれはともかくとしてだ。……面倒くさいことになった」


 せっかく急いでここに来たのに大陸を渡れないならこの街にも魔王討伐が達成されたという情報が来てしまう。

 同時に俺の行方不明も伝わるだろうからこの街も探し始められるだろう。

 そうなると昨日懸念していたネアンの正体バレが起きる可能性がありまんま危惧していた通りの現実が起きかねない。

 流石に黙って待ち続ける訳にもいかない。


「俺たちが今採れる択は主に三つだ」

「一つはあんま宛にならない治安維持の衛兵たちが犯人見つけるまで待ってることよね」

「そ。で二つ目が町の外出て誰かに船を借りるなり最悪作るなりして船を手に入れ自力で渡航」

「それ普通に密航じゃないの」

「まあ許可ないからそうなるだろうな」


 別の大陸に移動するには許可をもらった業者の船に乗船させてもらうしかない。

 それ以外だと密航という扱いになり普通に捕まる。

 今までも何度かそういう話を聞いたことがあるがだいたいぜんぶ捕まっている。

 隠れていこうっていう話なのにそんな危険な策は取りたくない。


「というわけで結局実質三つ目しかないんだけどな」

「でしょうね。……はぁ、めんどくさ」


 結局は三つに一つしか選択肢がないと告げると、そのことを理解していたアンテが心底嫌そうに肩を落としてため息をついた。

 俺だって本当は嫌なのだが他に方法がない。

 仕方なくその妥協案を二人に告げた。


「三つ目、俺達で犯人を捕まえる。想像しただけでも嫌な面倒事だ」


 魔王討伐情報がこの街まで回ってくる前に、三人でクソッタレな犯人を捕まえる。

 その為に俺達は動くことになった。

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勇者、ムカついたので魔王さらってみます Taimanman @Taimanman

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