第4話

「まあまあ落ち着けって」

「落ち着いていられるか!」


 目と鼻の先と言える程の至近距離でアンテが叫んでくる。

 まあいきなり知らない女子を連れて帰ってきたのだからそうなる事は当たり前といえば当たり前だろう。

 だがしかし如何いかんせん距離が近い。

 近いどころかもうほぼ当たっているだろうという距離で叫んでくるものだから流石に耳が痛くなってくる。

 っていうか実際とある場所が当たっているので割と切実に離れてもらいたい。

 どことは言わないが身長の割に随分といいものをお持ちだ。このままだとやばい。

 主に感触的に。


「気持ちは分かる。俺だってお前がいきなり知らない少年を連れてきたら先ず最初にアンテショタコンだった説を疑うだろうさ」

「いや勝手に私を変態にするな!!」

「だから落ち着けって。それはいい。今は俺の少女拉致疑惑について疑いを晴らす時だ」

「それだと疑いが確証に変わるだけだがな」

「いや黙ってろい!」


 アンテに説明しようとしていたらネアンが余計ややこしくなる話をぶっ込んできた。

 今はアンテの誤解を解くための話をしているんだ。

 余計なこと言ってくるんじゃない。


「こいつも誘拐だって言ってるわよ! そもそも見るからに中年のエロオヤジが美少女見つけて騙して連れてきた絵面じゃない!!」

「いや誰がエロオヤジじゃ!?」


 こいつもこいつで失礼すぎるだろう。

 今まで一緒に旅してきた仲間なんだから少しぐらい信用しろよ。

 あとそれとアンテさん叫ぶ度に体が揺れるのでやめてください。

 それ本当に、本当マジで当たってる部分が揺れてヤバいデス。


「ひょっとして魔王討伐に行くなんて言って私をここで待たせておきながらどっかの街にでも行って女の子物色してたんじゃないでしょうね!?」

「んなもん人生で一回もやったことないわ!!」


 お前は俺をなんだと思ってるんだ。

 っていうか、あの、もう、マジで揺れるのやめて。

 ゆっさゆさたゆんたゆん揺れて俺の精神メンタルに大ダメージ与えてるから。

 本当にそろそろノックアウト寸前だから。


「いーや嘘ね。本当だったらなんでこっち見て話さないのよ」

「いや、それは……」


 だってお前の顔目の前にあると余計意識しちゃうし……。

 ってああ、揺れるなって。

 ほんとに、ふにょんふにょんって形を変えて……。

 それはドラゴンの吐息ブレスよりヤバい攻撃なんだからぁ。

 

「ほら、言い返せないんじゃない! やっぱり魔王城なんて行ってなかったんでしょう!!」

「いや、だから……」


 ふぐぅ、だから顔近づけてこないで体を寄せてこないでって。

 もう無理だ。

 本当にもうこちらの理性をことごとくヤスリで削るような精神攻撃のお陰で、現在の精神体力メンタルハートは既に0だった。

 これ以上の攻撃は耐えられない。

 次の攻撃が、トドメの一撃になるだろう。


「せっかくここで五日もひとり待って……」

「おい、お前」


 だが、次の精神攻撃メンタルブレイクが放たれる前に、部屋に居たもうひとりの存在が声をかけてくる。


「アンテとか言ったな」

「……そうだけど。なにか?」

「お前のことはどうでもいい、が流石にそれは不憫だと思ったので教えてやる」

「は?」


 急に憐れみを掛けられたことに戸惑いの表情を浮かべるアンテに、その一言が放たれた。


「さっきからその下衆男にお前のそれが当たっているぞ」


 ――その一言で空間が凍りついた。

 さっきまでの精神的危機とは別に一気に窮地を迎えることになる。

 言われたアンテ自身はよく分かっていなかったが、ゆっくりとネアンの視線の先に目を向けるとその表情を凍りつかせた。そしてたちまち紅く染まっていく。

 彼女の顔色が変化していく度、比例して俺の喉が渇いている気がする。

 そしてとうとう顔面が完熟を終えた真っ赤な林檎になった時、アンテはうつむいて震えていた顔を勢い良くこちらに振り上げた。


「こんのっ、変態!!」

「ふべしっ」


 拳を握りしめた上でのフルスイングによる顔面強打。それをアンテから頂戴した俺は、部屋の壁まで勢いよく吹き飛ぶ。

 (そもそも自分から押し付けてきたのに……)

 壁に衝突して背中で鈍い音が鳴り響いた時、そんなことを思いながら俺は頭から床へと倒れていった。



           *



「フーン、魔王ねぇ」

「ああ、あいつはそこいらの街から連れてきた訳じゃあねえ」


 それからしばらくして、アンテが落ち着きを取り戻した頃に事情の説明をした。

 さっきまでは「私不機嫌です」という気持ちがありありと伝わってくる程不満げな顔をしていたが、今は少し離れた場所に立っている少女がかの魔王であると知れば流石に真面目な顔つきに戻っている。


「色々と言いたいことはあるけどあんた結局誘拐自体はしてるじゃない」

「……いや、まあそうだけど」

「まあそれに関してはもういいわよ。それに魔王であることもぶっちゃけ精霊の私にはどうでもいい。けどひとつだけ聞かせて、なんであの子を連れてきたの?」

「いやだからさっき言ったろ?気まぐれだって」

「嘘」

「……」

「めんどくさがりやのあんたがこんな特大の厄種をなんの理由もなしに連れて帰ってくるわけがない。何か必ず理由があるんでしょ」


 正直、驚いた。

 もう長い付き合いになるしお互いの事も大体理解できるようになっているとは思っていたけれどまさかこんな早くにバレるとは思っていなかった。

 何なら俺をよく知っているからこそ気まぐれでという理由には納得するとまで思っても居た。

 俺は意外とこいつを舐めていたらしい。


「まあ確かに他に理由があるっちゃあるけどよ、実際半分ぐらいは気まぐれだぞ」

「かもね。でももう一つのほうがメインの理由なんでしょう」

「まあ、な。でも本当に大した理由じゃないぞ。ただ単にあいつが何もかもどうでもいいみたいな顔してるのがムカついたってだけだ」


 本当にとんでもなくくだらない。

 改めて考えるとこんなにもくだらない理由で魔王を生かしていると知られれば世界から避難絶賛の嵐が届くことだろう。

 だけどそんな理由を聞いたアンテは呆れるどころか笑みすら顔に浮かべてくる。


「本当にあんたってお人好しよね」

「どこがだよ」

「そういうところよ」


 こういう時だけ、アンテは慈愛に満ちた眼差しでこちらを見てくる。

 そういう目で見られるとこっちも巫山戯づらいし、少しむずがゆい。


「誰かと関わるのが面倒だなんて言っておきながらいざ誰かが困っていたりしたら必ず気まぐれだって言って勝手に助けていく。そんなバカなところがあんたの本当にお人好しなところ」


 ――そんなところがあったから私はあんたと契約したんだから。

 そうアンテに言われて、それでも俺にはよく分からない。

 自分勝手にやっているだけなのに何がお人好しなのか、さっぱり理解できないのだ。

 けれど、こうやってアンテに褒められるのは悪い気はしない。

 だから今は、このむず痒さも我慢していようと思う。

 何故ならば。


「さっ、あんたもこうやって帰ってきたんだしそろそろここを出ましょうか」


 アンテが褒めてくるのはほんの少しの間だけなのだから。

 もう少しだけあのむず痒くも心地よい時間が続いても良かったのになと思う心が出てくるものの、それを抑え込んで旅の出発の準備に取り掛かるのだった。

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