終幕 復讐令嬢は断頭台で踊る
手品に仕掛けがあるように、どんな物事にも裏がある。それは、
「やはり鍵を握るのは、フェイク・マーダーという存在でしょう」
断頭会から数夜明け、ユースティアは帝都の中心、つまり城の一室に身を寄せていた。一応は取り調べという了見で居座っているのだが、扱いとしては
事の始まりを辿るとすれば、間違いなくユースティアの縁談になるだろう。職業も年齢も、顔さえも分からない。名前以外の全てが伏せられた結婚について、ユースティア自身も考えあぐねていた。そんな折に登場したのが、ヘンリエッタ・ライラック嬢である。
「私も名前以外のことは知らない訳ですし、どんな情報を出されようと否定しようがありません。だから彼女の言葉によって、“フェイク・マーダーはマーダー社と関係のある誰か”という人物像が出来上がりました」
ライラック家は一代で伯爵の地位を得た、謂わば成金貴族である。帝国に来て日の浅い彼らに、老舗の新聞社をどうこう出来る権力はないはずだ。だからあの号外は、マーダー社の意志で発行されたもの。新聞社の協力なしに得られないであろう証拠品は、フェイク・マーダーという人間の裏打ちでもあった。
故に、彼らは何の疑いもなく信じたのだろう。フェイク・マーダーが実在する人間ということを。
「名前以外の情報がない。これは逆を言えば、名前以外存在しないとも取れます。私たちは勝手な想像により、架空の人物を作り上げてしまった」
そう、私たち。スタートラインは双方とも同じだった。憎たらしいことに神は平等を謳う。それは断頭会とて例外ではないらしい。
「じゃあ君は、一体どこで気付いたのかな」
話を継いだのは意外にも男の方だった。興味をそそられたというより、ただ黙しているのに飽きたと見える。
「あれだけお膳立てされたんです。ライラックが事件に関わっていることは容易に想像出来ました。だからこそ暗殺未遂で済むと思ってましたし、記事が出回った時は本当に驚きましたとも」
ライラックとマーダーは共犯関係にある。その上、断頭会というお
「本来ならばすべて、マーダーひとつの力で済んだこと。婚約者という地位を得たんです。わざわざライラックを使う意味が分かりませんでした」
「そこはさっき、自分で言ってたじゃないか。印象操作ってやつだろう?」
「信じてもらいたいのなら、それこそ実在する人間を用意すれば済む話です。私だけを貶めたいのなら、なおさら」
フェイク・マーダーが存在しないことは、調べればすぐに分かった。ここまで来ればもう、
「此度の断頭会、私同様にライラックも制裁の対象だったのでしょう?」
より正確に言うならば、どちらに転んでも結果は同じ。黒幕にとっては利益しかない。
ユースティアの言葉に男はすっと目を細めた。ようやく、この会話に意味を見出してくれたらしい。野次るような視線が消える。
「招待状、つまり主催者の名義はマーダーでした。ならば、場を仕切る裁判官も彼だと思うのは必然でしょう」
しかし、フェイク・マーダーという人間は存在しない。では、この傀儡を操る黒幕は誰だったのか。考えずとも、答えは明白である。
「シューベルト・ルーク・レンブラント。我が国の皇帝であり、この縁談を用意した張本人。貴方の言う通り、すべてお約束の展開だった訳ですね」
ミリオ・ライラックは真実に辿り着けなかった。それは断頭会での言動、そして求刑の内容からも明らかである。だからユースティアは国家転覆罪として彼を訴訟し、皇族である裁判官はその罪を認めた。
「何を密輸したか知りませんが、元よりライラック家には黒い噂がありました。皇帝からマークされていても可笑しくはないでしょう」
「そこまで分かってたのなら、もっと徹底的にやってほしかったなぁ。兄さんなんかも呼んじゃってさ」
「第三者の介入がなければ、あの場はうやむやに出来なかったでしょう。ロータスについて探られるのは、貴方にとっても都合が悪いのでは?」
それに例え嵌められたとは言え、ライラック家は我が家のライフラインである。代わりが見つかるまでは精々貢いでもらおう。事実、提示額通りの慰謝料を既に頂戴している。
「とか言って、全部ヘンリエッタ嬢のためだったり?」
「……期待しているところ申し訳ありませんが、あの子はもう来ませんよ」
如何に悪評があろうと伯爵という身分には変わりない。ヘンリエッタにだって縁談の一つや二つ、来ていても可笑しくはないだろう。そして莫大な慰謝料を払うためには、きっと纏まったお金──結納金が必要になる。「時期が早まっただけですよ」と、誰にともなく呟いた。
ユースティアの態度に男は嘆息を吐いた。それからゆっくりと立ち上がり、今度は隣へと腰を下ろす。絶海を思わせる深い碧眼。この目を見る度、深海に光はないのだと彼女は思う。
「そうやって孤立していくことに、一体どんなメリットがあるんだろうね。僕には不思議で仕方ないよ」
「以前にも言ったはずですよ。“私の代で終わらせる”と」
「……へぇ。あれ、冗談じゃなかったんだ」
男は興味深げに唇を吊り上げた。だがそれも一瞬のことで、今度は拗ねたように口を尖らせる。
「あーあ。こんなことなら、もっと手を抜けば良かった。思い返せば、僕も結構ギリギリだったし」
「仮面ひとつで参加しておいて、何を今更」
「それはティアだから分かったことでしょ。兄さんさえ呼ばれなければ、最後までフェイク・マーダーとして振る舞ってたよ」
逆を言えば、正体を明かす以外に活路はなかったということか。元より本番中の助力は期待していなかったものの、場当たり的な行動が多かったのも事実。皮肉なことだが、今回は相手の迂闊さに救われたとしか言いようがない。
ユースティアとしては次がないことを祈るばかりなのだが、
「そんなことで反省するくらいなら、初めから止めて下さいよ。仮にも父親でしょうに」
「分かってないなぁ。ティアがやるから意味があるんだろう? それに僕は表向き、あちら側の人間だしね」
それは難しい相談だと、不敵な笑みが物語っていた。男──アリステラ・ルーク・レンブラント第二皇子は続ける。
「どうか負けないでね、ティア。僕にとっての幸せは、君と共にあるものだから」
「これからも頼んだよ」ユースティアの耳元で、アリステラは蠱惑的に囁いた。甘い声音は脳へと刺さり、どろどろに溶かす劇薬のようだった。
……ああ。やはり、これは敬愛などではないらしい。悪魔から与えられる愛なんて、往々にして
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