第5話 現実世界にて
「安らかな顔をしていたな」
「ええ、そうね。だって本当に長い間苦しんだんですもの」
「ああ、そうだな。ナリミはよく頑張ったな」
「ええ、ええ。本当に」
「しかし、このアプリを使わせて本当に良かったんだろうか?」
「ナリミのこの安らかな顔を見たら、間違っていなかったと思うわ」
「噂じゃあこのアプリで起きなくなる人もとか言ってたじゃないか」
「そんな噂話なんてどうでもいいでしょう。ナリミは就寝中、心不全で亡くなったのよ。それにほら、あなたも顔を見たでしょう?」
「そうだな。きっと、きっと眠っている間、安らかな眠りの中にいたんだろうな」
静かな家の中にろうそくの炎と線香の煙が揺らいでいる。
煙の向こうの遺影の中で若い女性が満面の笑みを浮かべている。
「あの事故から、十五年か」
「ええ、とっても。とっても長い時間、ナリミは頑張ってきたわ。愚痴もわがままも言わず、すべてを受け入れて。あの子は下半身が動かなかくなっても懸命に生きてきたわ」
「ああ。明るく振舞ってくれたな。愚痴も言わずよく頑張ったな。十三の年にスマホが欲しいと言った時も驚いたが。今回のあのアプリはナリミが?」
「ええ、そうなの。めずらしく自分からやってみたいって。最近、薬がないと眠れないって言ってたから、睡眠管理アプリを使ってみたいって。そう言った時にはとてもうれしかったのよ。自分からなにかをしてみたいなんて、何年ぶりだったかしら」
「そうか。ナリミがな」
ナリミの両親は遺影の前で、ゆっくりと肩を寄せ涙している。
「なあヨシコ。やっぱり気になるな。何という名前だった? その睡眠アプリ」
「私もよく知らないけどスリープなんとかっていう名前だったかしら」
「アプリのインストールの時にな、評価にあったんだよ。ヘッドセットが届かない、ただの睡眠管理アプリだとかいろいろな書き込みの中にな」
「私はそういうことがよくわからないってあなたも知っているでしょう」
「まあ聞いてくれ。そのスリープなんとかっていうアプリの評価に、二度と起きられない人がいるとか、死んでしまう人がいるというようなものもあったんだよ」
「まあ。でも実際にそんな事が起きてたらそんな危ないものは売られたりしないでしょう?」
「ああ。もちろんそうなんだが。ナリミのスマホは?」
「一緒に火葬したわよ。あなたもそうしようって言ったじゃない」
「ああ、そうか、そうだったな。じゃあ私のスマホにそのアプリを入れてみよう。ナリミがどんな気持ちでこのアプリを使ったのか気になる」
「あなた。ナリミは安らかに眠ったのよ。今さらそんなことをしてどうなるの?」
「ああ、うん、そうか。そうだな。ナリミは安らかに眠った。それでいいのか」
「ええ、ええ。そうですとも。ナリミのやりたかったことが最後に出来たんですもの、何の不満もないでしょう」
「そうだな」
そう言うとスマホをポケットにしまい込んだ。
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