✾ Episode.1 ✾ 『思わぬ拾いモノ』

 ときさかのぼること数時間前すうじかんまえ某所内ぼうしょない一角いっかくにある、教会きょうかいにしたアパート——二階建かいだての、みぎからかぞえて二号室目ごうしつめ住人じゅうにん——の様子ようす


 そこに一人でらしている揚妻あげつま夕樹ゆうきは、くるまで五分ほどはなれた場所ばしょにある大学だいがくかよっている。専攻せんこう工学部こうがくぶだ。

 明日あした朝早あさはやくから友人ゆうじん隼人はやと一緒いっしょに、大学だいがく研究室けんきゅうしつでレポートをまとめるという約束やくそくをしているのだが、かれ日付ひづけまたいだいまでも寝床ねどこはいらず、カタカタとゲームのコントローラーを的確てきかくゆびたたいている。

 今日きょう某狩猟ぼうしゅりょうゲームのボスせんを三つ以上いじょうクリアするではてはいけないというペナルティを自分じぶんし、ハンターランクの上限じょうげん開放かいほうすべく、珈琲コーヒーをおともにガッツリのめりんでいる。

 そしていましがた五つのボスせんをクリアし、勝利しょうり喝采かっさいむかえられながら報酬ほうしゅうをたんまりといただいたところだった。もちろん無事ぶじにランクの上限じょうげん解放済かいほうずみである。

「ふぅ」

 夕樹ゆうき満足気まんぞくげいききながら、コントローラーをカーペットのうえく。

 その界隈かいわいでは難関なんかんわれていた対象たいしょうモンスターの攻略こうりゃく。それを接戦せっせんすえ結果けっか余力よりょくのこした状態じょうたいせたことへの達成感たっせいかんかれおおいに興奮こうふんさせていた。



 ――だれにだってねむれないよるはある。



 つくえうえめた珈琲コーヒーは、あたたかいときにくらべると酸味さんみつよくなっていて、より自分じぶんごのみのあじわいになる。だからぎゃくにグイッとそれをすと、夕樹ゆうき余計よけいえてしまうのだ。

 テレビの電源でんげんり、からになったコップをながしでかるゆすいでたな仕舞しまうと、夕樹ゆうきは「んー」と気持きもちよく身体からだばした。

 スマホで時刻じこく確認かくにんすると、まだ深夜しんやの一時をまわったばかり。このままゲームのつづきをしていてもかったのだが、なんとなくいま段階的だんかいてきにもキリがいいので、つづきは明日あしたまわすことにする。

 夕樹ゆうきつくえうえにあったタバコに手早てばやけると、ハンガーにかけてあった上着うわぎそでとおし、必要最低限ひつようさいていげんのモノをポケットにすべませ、部屋へやた。

 どうせならねむれない時間じかん有効活用ゆうこうかつようしたほうがいい。うみって気分転換きぶんてんかんをするついでに、〝GPSゲーム【スマホなどの携帯端末けいたいたんまつがもつ位置情報機能いちじょうほうきのうやGPS機能きのう利用りようしたゲームの総称そうしょう】〟をやるのもわるくないな。

 夕樹ゆうき部屋へや電気でんきをわざとけたままにして玄関げんかんくと、いつも愛用あいようしているそこ丈夫じょうぶなティン●ーランドのくつき、くるまかぎをもってそとた。




      ~・~ ◇◆◇ ~・~




 ――だれにだってねむれないよるはある。



 どこにでもある平凡へいぼんなアパートの鉄階段てつかいだんをカン、カン、カン、とりながら、夕樹ゆうきはタバコにをつけた。

 ちょうどここから二十分ほどはなれたところに、うみひろがっている。

 そこにひろがる砂丘さきゅう日中にっちゅうだとかえしですなあつかったり、かぜつよかったりと散々さんざんうが、よるになるとすなやされ、かぜもだいぶんいてくる。

 人混ひとごみや密集地帯みっしゅうちたい苦手にがてとする夕樹ゆうきにとって、だれもいないよる砂浜すなはまはかなり心地ここちよい。なにをするでもなく、ふらっとかけたくなると、かれ大抵たいていそこにあしはこんだ。

 つき反射はんしゃ黒光くろびかりしている愛車あいしゃにエンジンをかけてむと、夕樹ゆうきはタバコをくわえてまど全開ぜんかいにした。

 座席ざせきにどっぷりもたれかり、何気なにげなく満月まんげつをやりながら最後さいごの一本をわる。

 たけみじかくなったがらからになったエナジードリンクのかんボトルのなかとしいれれたとき、車内しゃないのスピーカーからしっとりとしたきょくながはじめた。

「プレ・コ・ラジオ。うみこうからラジオをおとどいたします」

 モニターをると、いえてからすでに二十分が経過けいかしていた。

「九月八日木曜日もくようび今夜こんやはちょっとわった星座占せいざうらないのコーナーです。

 さそりとOがたわせをつそこの貴方あなたまえ忍耐力にんたいりょく不意ふいのトラブルにもすこぶるつよいですが、今後こんご、さらに忍耐にんたい必要ひつようとする場面ばめんてくるでしょう。あたま回転かいてんはやく、決断力けつだんりょくにはすぐれていても、咄嗟とっさ判断はんだん行動こうどうすることはけたほう無難ぶなんでしょう。

 つづいて水瓶座みずがめざとABがたわせを自由じゆうでマイペースなそこの貴方あなた普段ふだんはユニークなセンスとご愛嬌あいきょうなごませているムードメーカーですが、その内面ないめんめた繊細せんさい部分ぶぶん今日きょう一層いっそう際立きわだちそうです。唐突とうとつわかれ、あるいは、おもわぬくしものにご注意ちゅういください。つづいて――」

 夕樹ゆうきはラジオからながれてくるうらないの言葉ことばをぼんやりとみみにしながら、けていたまどめ、クーラーの出力しゅつりょく最大さいだいにした。

「さて、そろそろくか」

 夕樹ゆうきはシフトレバーを〝ドライブ〟にえて駐車場ちゅうしゃじょうると、ほとんど街灯がいとうのない暗闇くらやみなかはしけてった。




      ~・~ ◇◇◇ ~・~




 くるまはしらせること二十分。ようやく砂丘さきゅう辿たどくと、夕樹ゆうきはまるでそれがくせづいているみたいにむねポケットからタバコを一はことりした。

 新品しんぴんふうって、最初さいしょの一本くちくわえる。かぜよけをつくってをつけると、けむりはまっすぐうえのぼった。

(そういえば、くるまかぎかけるのをわすれたな)

 夕樹ゆうきまってかえる。なにかんがえずにサラサラとした砂地すなちうえあるいてきたので、いつのにか駐車場ちゅうしゃじょうからとおはなれた場所ばしょにいた。

(まぁ、いいか)

 タバコの先端せんたんあかくすぶらせ、うえいて豪快ごうかいいきす。そのまま波打なみうぎわ適当てきとう場所ばしょこしろして、砂地すなちにタバコをけてから、あしかるくそれをめた。



 〝ねむれないとき

      ひとさくえるメリーさんのかずかぞえるらしい〟



 そのまえにスマホでこの砂浜すなはまにいるモンスター【〝GPSゲーム〟であわられたモンスター】をかる撃退げきたいしてから、夕樹ゆうき仰向あおむけになって両手りょうてあたまうしろにんだ。

 地球ちきゅうまるいというのは本当ほんとうらしく、仰向あおむけになっていると、視界しかいはしすこしだけまるくなっているようにかんじられる。

 そのパノラマにはかぞえきれないほどの星々ほしぼしがあって、一つぶ、一つぶをよくると、ひかりつよさやおおきさ、それからいろまでが、各々おのおのちが個性こせいはなっていた。

(さて、おれ恒例行事こうれいぎょうじはじめるか)

 夕樹ゆうき片腕かたうでばして人差ひとさゆびてると、メリーさんをかぞえるのにならって、ほしの一つぶ、一つぶかぞはじめた。

「一、二、三、四……」

 そうしてこえしてかぞはじめたのはいいけれど、いつものごとく、自分じぶんほし位置いちとおすぎて、すぐに三つまえかぞえていたほしがどれだかからなくなってしまった。

 だからこれも、またいつものように夕樹ゆうきはすぐにかぞえるのが面倒めんどうになってきた。

「五……、六……、七……、八……」

 ほしを十までかぞえるころにはすっかり面倒めんどうになっていたので、夕樹ゆうきはそのままスマホをし、ゲームの画面がめんひらいた。

 夜風よかぜたりながらゲームをしていると、いまいる場所ばしょをついわすれて、ゲームに夢中むちゅうになってしまう。

 ふたた夕樹ゆうきほか注意ちゅういけたのは、ふいにちかくでどものこえこえてきたときだった。



 ――現在時刻げんざいじこくは、午前ごぜん一時五十二分。



 夕樹ゆうきねるようにしてがった。

 こんな時間じかんどものこえがするはずもない。まして、こえてきたのは野郎やろう野太のぶとこえではなく、かよわ少女しょうじょこえだったのだ。

(まじか。先客せんきゃくいるじゃん)

 ればとしはなれた姉妹しまいが二人、異様いよう雰囲気ふんいき砂地すなちっている。ここからでは会話かいわもあまりれなかったが、それでもいもうとおもわれるひく少女しょうじょ号泣ごうきゅうしていることだけはかった。

(――めているのか?)

 月明つきあかりにらされた二人の少女しょうじょ緊迫きんぱくした様子ようすただよわせ、いかにもわけありそうなかんじだった。

 基本きほん姉妹喧嘩しまいげんかはどこの家庭かていでも普通ふつうにあることだが、こんな夜更よふけにおやれず、しかも二人だけでいるというのはみょうはなしだ。それにあねおもわれるたか少女しょうじょほうからは、どことなくいや雰囲気ふんいきかんじる。

(…………)

 夕樹ゆうきは「ふぅ」といきいて、視線しせん姉妹しまいから夜空よぞらもどした。

 極力きょくりょく面倒事めんどうごとにはまれたくない。たとえこのさき姉妹喧嘩しまいげんかがエスカレートして殺傷事件さっしょうじけんつながるようなことがあったとしても、わざわざ自分じぶんめにはいって、むやみにくびまなければならないというわけではない。

(まぁ、ねんのため警察けいさつには通報つうほうしておくけど)

 夕樹ゆうきはスマホをみみて、つながるまでのコールおときながら、彼女かのじょたちからすこ距離きょりをとった。

「——はい。こちら警察署けいさつしょです。どうされましたか?」

いま海辺うみべにいるんですけど、そこにどもが——」

 そういかけて、夕樹ゆうきあしめた。



 ――いきなり高波たかなみ発生はっせいしたのだ。



 それもかなりおおきい。サーファーがなみるときのたかさとはくらものにならない。彼女かのじょたちからすこはなれた場所ばしょにいた夕樹ゆうきが「あっ」とおどろき、ひるむほど、それは高々たかだかばしていた。

「うそだろ」

 なみのすぐしたには姉妹しまいがいる。そこにとどまっていては、すぐにうみきずりまれてしまうだろう。

 夕樹ゆうきあたまさきからゆびさきまで、つめたい戦慄せんりつはしっていくのをかんじた。

「もしもし? どうされましたか?」

 電話でんわこうで警察官けいさつかんこえがしたが、夕樹ゆうきいままえで二人の少女しょうじょなみまれそうになっているのをたりにしていて、それどころではない。あれこれ説明せつめいをしてこたえをする余裕よゆうなど、かれには微塵みじんのこっていなかった。

「まじかよ、まじかよ、まじかよ」

 一歩いっぽおくれてした。ズボズボとあしのとられるやわらかいすなのせいで、おもったよりもスピードがない。

「やべぇ、やべぇ、やべぇ‼」

 うか、わないかの瀬戸際せとぎわで、それでもうでばせばギリギリのところでおさな少女しょうじょふくだけはつかむことが出来できた。

「あっ、おねえちゃ」

 きゅうだれかにはなされて、朱猫あかね咄嗟とっさ抵抗ていこうする。

「まって、おねえちゃ」

なにやってる! はやくこっちへい‼」

 普段ふだんしずかでおだやかにはな夕樹ゆうきも、このときばかりはどこからそんなこえるのかと自分じぶんでもおどろくほどおおきなこえた。

「はやく‼」

「いやぁ――、おねえちゃーん‼」

 朱猫あかね号泣ごうきゅうしながら夕樹ゆうきほどいた。

「おねえちゃん! アカネをいていかないでぇ」

「ごめんね。朱猫あかね

 海緒みおなみだ一筋ひとすじつたわせると、今度こんど夕樹ゆうきほうけて、「どなたかぞんじませんが、どうかこの安全あんぜんなところへ——よろしくおねがいします」とって、深々ふかぶかあたまげた。

 その直後ちょくご――。高波たかなみ地面じめんいきおいよくぶつかって、夕樹ゆうき朱猫あかね一気いっき陸地りくちへとながされた。



 ――次期じきおう誕生たんじょうだ――



 夕樹ゆうきみずなかで、だれかの雄々おおしいこえいた。だが、それも水流すいりゅうおとですぐにふさがれてしまい、かれなかでおぼろげなものとなってしまう。

 一時的いちじてきちたしお徐々じょじょいてくと、夕樹ゆうきは四つんいになって、はいはいったみずした。



 ――なんだったんだ、いまのは……?



 一瞬いっしゅんのことぎて漠然ばくぜんとしているが、それでも〝人知じんちえるなにか〟がこったことだけはたしかなようで、その証拠しょうこあた一面いちめん不思議ふしぎなデザインのガラクタがやまのようにながれついている。

(こんなの警察けいさつにどう説明せつめいすればいいんだよ)

 夕樹ゆうきはあきれた様子ようす溜息ためいきくと、こちらにけてすわっている朱猫あかねはなしかけた。

怪我けがは?」

「――なんで」

 朱猫あかねなみだめながらくちびるをヘのげると、「なんでおねえちゃんをさきたすけてくれなかったの?」とった。

「アカネなんかより、おねえちゃんのほう大事だいじじゃん! なんでアカネなんかをたすけたの⁉」

「そんなことわれても、たまたまとどいたのがおまえだったんだよ」

 夕樹ゆうきすこくちとがらせながらうと、朱猫あかねはカッと見開みひらいて、いきおいよく夕樹ゆうきむねばした。それから「アカネ、おねえちゃんにいたい‼」とって、わっとした。

 そのすさまじさはうまでもない。ちかくにいたので尚更なおさら朱猫あかねはっする金切かなきごえみみふさぎたくなった。

「うるせぇ」

 夕樹ゆうきかおしかめながら、すこ距離きょりをとる。朱猫あかねけばくほど、不思議ふしぎとまわりにホタルがむらがってきた。

「おねえちゃんはどこ? おねえちゃんにいたい‼」

 おもしてさらにつらくなったのか、朱猫あかねはさっきよりも一段いちだんおおきなこえはじめた。まるでまれたてのあかぼうのように、際限さいげんなくこえげている。

 それをいていると、だんだん夕樹ゆうきもイライラしてきて、みみふさぎながらウロウロとちかくをったりたりした。

「こういうとき、どうすればいいんだ」

 これまで自分じぶんまわりにちいさなどもがいて相手あいてをする機会きかいもなかったので、夕樹ゆうきはてんでどものあつかかたからなかった。

(こういうときはあめでもあげればむのか? それとも、やさしい態度たいどっこして、『よちよち、いいでちゅね~』とかずい言葉ことばであやせばいのか?)

 ああだ、こうだ、とあたまなかでグルグル堂々巡どうどうめぐりをさせていると、ふいに耳元みみもとで、「ゆうきぃ~♡」と自分じぶんぶオネエなこえこえてきた——ようながした。

 その瞬間しゅんかん夕樹ゆうき嬉々ききとしてかおげた。

「そうだ! アイツならどものなんとやらがかるかもしれない」

 夕樹ゆうきいそいでポケットからスマホをそうとして——、ポケットにスマホがないことにいた。

なみさらわれたとき、どこかでとしたんだ……)

 いま、この砂浜すなはまにはたくさんのガラクタが漂流ひょうりゅうしている。その状況じょうきょうはもはや、〝後始末あとしまつ面倒めんどうくさい〟のいきとおして、〝どう処理しょりをしていいかからない〟とまでになっていて、ここまでくると、そのなかからちっぽけなスマホをさがすのもむずかしそうなレベルにおもえてきた。

絶望ぜつぼうだ」

 夕樹ゆうきはがっくりとかたとす。たとつけたところで、いままで頑張がんばってきたゲームのセーブデータも、海水かいすい衝撃しょうげきのせいで、全部ぜんぶダメになってしまっただろう。それが夕樹ゆうきにとっては、なによりもショックなことだった。

 そんなことをしばらくのあいだかんがえていると、ふと朱猫あかねこえこえなくなった。

 その違和感いわかん気付きづいて夕樹ゆうきかえると、朱猫あかねがトボトボとうみほうあるいていくのがえた。

「ちょ、おい!」

 夕樹ゆうきいそいでいかけて、朱猫あかねうしろからきとめた。

「おまえいまなにしようとしてた⁉」

「はなしてよ! アカネ、おねえちゃんさがしにくんだから‼」

「おまえはバカか‼」

 夕樹ゆうき朱猫あかねあたま一発いっぱつげんこつをお見舞みまいすると、朱猫あかねふたた大泣おおなきをはじめ、さっきよりもひどわめいた。その様子ようす夕樹ゆうきはしばらく放置ほうちして、それから、ズリズリとりくほうもどした。

はなしてよ‼」

 朱猫あかね何度なんども「おねえちゃんをさがしにきたい!」とさけびながら夕樹ゆうきからはなれようとしたが、もちろんかれはそれをゆるさない。

 夕樹ゆうき朱猫あかねまとわりつく〝むし〟をはらいながら、「はぁ……、やれやれ。これ以上いじょうおれ迷惑めいわくかけるなよ」と、ため息交いきまじりにった。

「いいか? ここで自暴自棄じぼうじきになってうみんでみろ。もう二度にどもどってられないんだぞ。せっかくおれいのちがけでたすけたってのに、もう一かいににってどうすんだよ。まだきているだけマシだろうが」

 しずかな口調くちょううらに、いかりのほのおにじませる夕樹ゆうき。それに対抗たいこうしようと、朱猫あかねさけびながらこたえる。

「でもアカネはおねえちゃんがいないときていけない! パパもママもんじゃって、アカネ、ほんとうにひとりぼっちになっちゃた‼ それならアカネだって、おねえちゃんと一緒いっしょんでいたほうかった‼」

 えて、朱猫あかねはギュッとくちびるかたむすぶ。くちじると、朱猫あかねはボロボロとから大粒おおつぶなみだこぼし、たよりなくうつむいたかとおもうと、今度こんどちいさなこえで「アカネ、さみしい……」としぼるようにった。

「でもいまはどうしようもなくね?」

 夕樹ゆうきはそのこしろすと、体操座たいそうずわりになって、おだやかなうみ水面みなもをじっとつめた。

「ショックなのはおまえだけじゃないよ。おれだってまえひとなみさらわれたのをるのははじめてだ。津波つなみみたいにさ、規模きぼがでかくて、いろんなものがなみまれて、『たすけて』ってさけびながらばして、くるしんでんでいくひとたちのことだったら、ニュースをただけでもどんなものかって想像そうぞうして恐怖きょうふするけど、あの場合ばあいは〝自分じぶん高波たかなみまれていく〟のをかっているみたいだった。かっていて、それをれているみたいだった」

 夕樹ゆうきかみ潮風しおかぜかれて、ゆるやかになびく。それからゆっくりとした動作どうさかお朱猫あかねほうけると、

おれりたいな。偶然ぐうぜんにもここに居合いあわせてしまったことの意味いみ。アンタら姉妹しまい様子ようすて、すこしだけなつかしいとおもってしまったことの意味いみ。あとは、あれだけいきおいのある高波たかなみがって、これだけの漂流物ひょうりゅうぶつなみ一緒いっしょげられて、そのなかおれたちが〝奇跡的きせきてきにも〟なみさらわれず、ぎゃく無傷むきず状態じょうたい陸地りくちもどされたことの意味いみについて——」

 夕樹ゆうきれたすなうえころがったガラクタの一つをひろげると、側面そくめんえがかれた模様もようをじっとつめる。

「それにこのデザイン……おれっているんだよね、何故なぜか。」

「——アカネは、はじめてる」

「ウチにもおなじデザインのピアスが一つあってさ、なんでそれをっているのかってわれると、あんま記憶きおくにないんだけど、とにかく不思議ふしぎなピアスでさ——」

 夕樹ゆうき言葉ことばつづきをいかけていると、朱猫あかねがふいに襟元えりもとからんで、なかから靑金色こんじょういろ指輪ゆびわした。

「アカネのふくに、なんかはいってた」

「まじか。」

 夕樹ゆうきおどろいたように見開みひらいた。

綺麗きれい指輪ゆびわだな。さっきなみまれたときにはいったのか。おれふくにもなにはいってねぇかなぁ」

 夕樹ゆうきすこしだけたのしそうに上着うわぎのポケット、ズボンのポケット、それからくつなかなどを入念にゅうねん調しらべた。

 なにふくなかをわざわざのぞかなくても、おたからはそこらへんにいくらでもころがっているのだが、夕樹ゆうきはあえて〝自分じぶんなかとしものはいっていないだろうか〟と期待きたいしていた。

 けれどふくなかからてきたのがふやけたワカメ一まいだけだとかると、すぐにガックリとかたを落とした。

「ふやけたワカメって――、うみみくちゃにされたやつ典型的てんけいてき称号しょうごうじゃん。めっちゃリアル……」

 夕樹ゆうきつかズーンとしたおも雰囲気ふんいきまとわせていたが、すぐになおすと、「おまえは? ほかにもなにはいっていたか?」と朱猫あかねいた。

「えーっと……」

「もしはいっていたら、おれのワカメと交換こうかんしようぜ」

 そうって夕樹ゆうきは、イタズラがお朱猫あかねまえにベローンとびた、ふやけたワカメをせつけた。

 朱猫あかね一瞬いっしゅんくのをわすれて、おもわず「ふふっ」とわらってしまったが、すぐに自分じぶん感傷かんしょうひたろうとかおくもらせると、「アカネのふくには――」と語尾ごびばしながら、ズボンのポケット、そでなかなどを一つ一つ確認かくにんしていく。

 しゃがみこみ、あしひろげてふくなか確認かくにんしていったとき、夕樹ゆうき一瞬いっしゅん朱猫あかね背中せなかにイモムシのような細長ほそながいものがっているのをがした。

 表面ひょうめんにはみじか逆立さかだったがいっぱいえていて、外側そとがわから内側うちがわかってほたるのようなあわ黄緑色きみどりいろひかりりている。

 身体からだ中心ちゅうしんにはかくのような、あないたまる青色あおいろかげがあり、イモムシのような細長ほそながいモノがうねうねとったあとには、みずれたようなあとのこっていた。

 そいつはたしかにまえ存在そんざいしている。

 けれどすこしでもかぜけば、すぐにけむりのように姿すがたえて、えなくなってしまったので〝自分じぶん幽霊ゆうれいでもたのではないか〟という疑念ぎねんつよおぼえた。

 朱猫あかねみじかいきす。

「アカネ、これ以外いがいなにはいってなかった」

「なら、おれのワカメはおあずけだ」

「アカネ、ワカメなんていらない」

 朱猫あかねきながらも、すこしだけわらった様子ようすうと、夕樹ゆうきからワカメをサッとうばり、それをとおくの海辺うみべほうげた。

「あ、おれのワカメ!」

 夕樹ゆうきがあからさまに名残なごりこえす。朱猫あかねくのをすっかりやめて、夕樹ゆうきかおをまじまじとつめた。

「おにいさん。おにいさんは、これからアカネをどうするの」

「どうするって……なんだよ、きゅうに」

 さっきまで、ただくだけしかのうのなかったどもが、んだ途端とたんきゅう大人おとな雰囲気ふんいきまとはじめる。ほたるひかったり、えたりしながら朱猫あかねまわりをゆらゆらとまわり、彼女かのじょにも不思議ふしぎあわ黄緑色きみどりいろひかり宿やどっているようにえた。



 ——わたしを、てるな。



 あたまなかながれてくるつよい〝ねんおもい、気持きもち、かんがえのこと】〟が、夕樹ゆうき意思いしとは関係かんけいなく、必然的ひつぜんてきにそうせざるをない雰囲気ふんいきつくしている。おもうに、なみまれたあねおなじく、このどもにもなに得体えたいれないものがいているのかもしれない。

べつにどうもしねーよ」

 夕樹ゆうきあたまうしろにんで、朱猫あかねからながれてくる〝〟にすこしだけひるんだことをかくすようにして、飄々ひょうひょうとした口調くちょうこたえる。

警察けいさつんで——あとはおまえ保護ほごしてもらうだけかな」

「ケイサツ、よぶの?」

たりまえだ。おれ一人じゃ、どうにも出来できん」

「――おねがい。ケイサツだけは、ばないで」

 朱猫あかねひとみ宿やどっていたあわひかりがフッとえ、本来ほんらいどもらしさがゆっくりとあらわれてくる。

「〝シセツ〟にはいるのだけは、アカネ絶対ぜったいにヤダ」

「なんで? てか、おやくしたどもが場所ばしょをよくっているな。おねえちゃんにおしえてもらったのか?」

「うん。〝シセツ〟にはおおきな魔物まものんでいて、いつでもきなときにべられるようにアカネたちをじっと観察かんさつして、教育きょういくするんだっておねえちゃんがってた。アカネ、魔物まものなんかにべられたくないから、〝シセツ〟にはきたくないの」

「なるほどね」

 夕樹ゆうきはいくつかのテレビアニメを想像そうぞうしながら、苦笑くしょうした。

「でもわるいけど、おれいま二十四で大学院生だいがくいんせいなんだよね。そんなやつどもを一人、面倒見めんどうみるだけの財力ざいりょくがあるとおもうか?」

「……アカネ、むずしいこと、あんまからない」

「つまり、かねがないんだよ。おれだってバイトして小遣こづかかせぎしている程度ていどで、どもをやしなうだけの余裕よゆう時間じかんもない」

「――おねがい、アカネもいっしょにれてって!」

「おねがいされても無理むり

「どうしても?」

「どうしても」

 朱猫あかねはそのでへなへなと地面じめんにへたりむと、じりじりと夕樹ゆうき片足かたあしにへばりついて、ギュッとうでちからめた。

「おねがい、かないで。アカネ、ひとりぼっちは、さみしいの」

 いて、こちらを見上みあげている。夕樹ゆうき朱猫あかねほだされて【じょうにからまれること】、やれやれといきいた。

「じゃあ一つくけど、なんでおれなんだ?」

いまアカネのまえにいるから」

「それだけかよ」

 夕樹ゆうきはクスッとわらった。

「それはそれで、すぐにへんひといてきそうで心配しんぱいだな。おまえみたいなちいさなどもは、やさしそうなおんなひととかにってもらったほう絶対ぜったいいいとおもうのに」

だれいてくかは、アカネがめる」

 朱猫あかねはまっすぐに夕樹ゆうきつめかえす。そこに、〝自分じぶんおなにおいをかんっているから〟という本当ほんとう理由りゆうかくしたまま――。

「じゃあもう一つくぜ。おれをそんなふう簡単かんたん信用しんようなんて出来できるのか? おまえ、おねえちゃんに『らないひといて行ってはいけません』っておそわったろ」

 朱猫あかね夕樹ゆうきいにすこしのあいだ沈黙ちんもくしていたが、やがて、あどけない表情ひょうじょうで、「おそわった。でもアカネ、おにいさんだったらいてく」とこたえた。

「だって、もしおにいさんが本当ほんとうの〝わるもの〟だったら、アカネにそんなことかないでしょ? 最初さいしょから『お菓子かしあげる』とか、『いっしょにたのしいことでもしようよ♡』とかうはずだって、おねえちゃんってた」

「…………」

「おにいさんはアカネに、そんなこと一度いちどかなかったでしょ? うみはいろうとしてたら、必死ひっしめてくれたでしょ?」

「おまえ——、としはいくつだっけ?」

「八」

「まだ一桁ひとけたか。そのわりには結構けっこう大人おとなびたことうのな。さっきまでのあばれんぼうさん、むしさんとは正反対せいはんたいだ。推理すいりアニメとかをこのんでていたのか?」

 朱猫あかねかおげたままにんまりわらうと、うそっぽく「アカネ、推理すいりアニメてた」と、夕樹ゆうき言葉ことばかえした。

「ね? だからアカネをれてって。アカネ、邪魔じゃまにならないとおもうから」

「んー……」

 夕樹ゆうき前髪まえがみきあげてからほし見上みあげ、うなりながら、ながいことかんがえた。

「——わかった。そこまでうなら、おまえれてってやる」

「ほんと!」

 朱猫あかね表情かおかがやかせる。

「ただし、へんなことしたり、我儘わがままったりして、えないとおれ判断はんだんしたら、すぐに警察けいさつんで、ってもらうからな」

かった‼」

 朱猫あかね夕樹ゆうきあしからはなれると、ひとりでよろこびのまいおどはじめた。

「じゃあ、まずはおれのスマホをさがしてくれ。アレがないとはじまらないからな」

「もうこわれているかもしれないよ?」

 朱猫あかねうと、夕樹ゆうきふかいきして、「あのなかには大切たいせつなデータがはいっているんだ。つかれば、もしかすると修理しゅうりができて、復活ふっかつできるかもしれないだろ?」と、しみじみった。

 それからあたりに散在さんざいしているガラクタのやまつめて、「にしても、こりゃ大変たいへんだ」とぼやく。

手分てわけしてさがしたほうさそうだな。おれはこっちのほうさがすから、おまえはあっちのほうたのむ」

「アカネも一緒いっしょのとこさがす!」

 朱猫あかね夕樹ゆうきゆびさしたほうとはぎゃくほうはしし、それからすぐにしゃがみこんで、ガラクタのやまを一つ一つひっくりかえはじめた。

 夕樹ゆうきは、朱猫あかねきそうでありながら、それでも必死ひっし自分じぶんにしがみついて、懸命けんめい頑張がんばろうとしているその様子ようすて、今度こんどあたたかいじょうのようなものが自分じぶんなかひろがってくのをかんじた。

「ま、それなら仕方しかたないな。一緒いっしょさがしてくれ」

「うん!」

 朱猫あかねはときどきポロッとちてくるなみだうでぬぐいながら、懸命けんめい夕樹ゆうきとしものさがした。

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