第15話 地球1
「ここが地球か」
僕はコクピットから身を乗り出し、周辺を見渡す。
照りつける日差し。青い空。そこに白い雲が点々と浮かぶ。新緑の大地。頬を撫でる風。その風が木々を揺らし不思議な音色を奏でる。
匂い。少しの異臭と野性味あふれた匂い。まるで動物園のような匂い。コロニーでは感じる事のできない匂い。それと溶けた金属のような甘い匂い。ベリーにも似た匂い。それは宇宙からコロニーへと帰ってきたときと同じ匂い。ギ酸エチルという物質がその原因と呼ばれている。それらの匂いが
コクピット内の収納ボックスからレーションと飲料水を取り出す。飲料水を飲み、レーションを頬張る。もう一度、飲料水で喉の渇きを潤し、一息つく。
鼻から抜けた空気は、音を鳴らす。気持ちが少しだが落ち着いた。
「さて、どうするか……」
取り敢えず、周辺に敵はいないようだ。
AnDは現在、地球環境下でのモードへ変更が完了し、現在地を特定中だ。
パイロットシートに座り直し、ハッチを閉める。
機体の簡易的なチェックを済ませるが、幸いにも異常は見当たらないようだ。しかし、推進剤を多く使ってしまった。
パラシュートとバーニアによる減速。それがなければ地面に叩きつけられていただろう。
他にはシールドの表面が溶け落ちた事ぐらいが問題だろう。
地球での活動は空気抵抗もあり、余計な推進剤を消費しやすい。またAnDは元々、宇宙での活動を想定した構造のため、地球上での活動には制限が多い。
例えば、推進力の燃焼効率が低い事や、水中や空中での活動では特別なユニットが必要であったりする。
パチパチと各種スイッチをいじり、現在地や周辺の状況を確認する。GPS情報を地球の地図情報と合わせる。
現時点では、近くの自衛隊の駐屯地にでも向かうのが得策だろう。
宇宙の自衛隊基地への連絡を試みたが返信は現在もない。独断行動だが止む終えないだろう。
自動操縦に切り替える。
辺りは森のようだ。
「視界が悪いな」
僕はスイッチをいじり、機体の調整を見直す。
「設定、地球。気温、二十一度。湿度、五十八パーセント。稼働率、九十八パーセント。シールド、損傷軽微。推進剤、五十七パーセント消耗。冷却剤、六十二パーセント消耗。クサンドラシステム、リミッター、レベル四。重力波センサー、異常なし、っと」
映像センサー。赤外線センサー。振動センサー。気流センサー。重力波センサー。ジャイロセンサー。
「どのセンサーでも周辺に異常はなし」
機密隔壁、異常なし。大気アシストシステム、異常なし。
モーメントシステム。コリオリシステム。各種アクチェーター。
「問題なし」
僕のAnD――
目的地は付近にある自衛隊基地。
僕は伸びをしつつ、
走行開始から十五分。
ズウウン。
「なんだ? 振動?」
僕はオートパイロットを止め、マニュアルに切り替える。
各種センサーのスイッチをいじりだす。
「どの断層方式でも敵影なし」
だが、月詠の肩には黒い噴煙が上がっている。
「損傷個所、軽微」
ダメージコントロールの画面には肩部にダメージがない事を告げている。
「どこからの攻撃?」
僕は各部カメラのデータを画面に表示する。
くそっ! どこからだ。
もしかして長距離攻撃?
僕は望遠カメラをじっと睨む、が敵影なし。
画面端に動く物体。
僕はそのカメラ周辺を睨む。
と、大きさにして二メートルほどだろうか。車が走っている。その車は屋根がなく軍用のものに近しい。
その上に人影が覗いてみえる。その人影が何かを構える。直後、それは光を放つ。
それがマズルフラッシュと分かる頃には月詠を跳弾していた。
「機銃か」
僕は無視して目的地に向けAnDを動かす。
しかし、爆炎がモニターいっぱいに広がる。
「なんだ!?」
モニターが回復するとロケット弾が画面に向かってくるところだった。
爆発。それに伴いモニターが噴煙に覆われる。
「損傷、軽微」
が、こうモニターを遮られては困る。
攻撃しているのは明らかにレジスタンスだ。反政府組織。
爆発の振動が再度、おとずれる。
迫撃砲やロケットランチャーによる攻撃。
「AnDはそう
僕は対人兵器に切り替える。
モニターに映るは生身の人間。
撃たなきゃいけないのか?
ズウウン。機体が再度、揺れる。
「くそっ! こんなんじゃ……」
応戦せざるおえない。
いや、それは最後の手段だ。
僕は機体を動かし、回避行動をとる。
そして回避しつつ、目的地を目指す。
しかし、このAnDは元々、宇宙用だ。地球ではその性能を発揮できない。
推進剤も、冷却剤も消費したくない。
ただでさえ、補給を受けられない環境だ。
孤立しているのだ。
僕はどうしたらいい?
月詠は森の中を疾走する、がいきなり、地面が崩れ落ちる。
「なんだ!?」
機体が落ちている。
落とし穴? こんな規模の?
僕の疑問に答えてくれる者はいない。
落ちた先で爆発が起きる。直後、迫撃砲とロケットランチャーの強襲。
「この攻撃」
それだけじゃない。固定砲台でもあるようだ。それにモニター端には自走砲が見える。
「なんなんだ!」
怒りが込み上げてくる。
月詠は脚部アクチェーターに損傷。脚部がうまく動かない。
「まずいな」
月詠が攻撃にさらされてから、十八時間。
操縦桿を握る手が汗ばむ。額の汗を拭うと、機体を動かそうとする。
しかし、
バーニアを噴かすが、機体は思うように動かない。
「くそぅ」
僕は対人兵器のトリガーを引く。
空中にミサイルが発射。その後、空中分解し、周辺に炸薬をまき散らし爆発を起こす。
「ぐわあぁぁぁ」
「ぐっ」
高感度マイクが周辺の音を拾う。
悲鳴。
僕の放った、対人兵器が命を奪った音。気味の悪い音。
耳の奥。鼓膜に張り付き、中々に離れてくれない音。
悲痛すらも否定するような声。
僕は固定砲台や自走砲に対し、レールガンを放つ。
バシュッという発砲音と共に固定砲台が次々と破壊されていく。
その
「耳が……」
辛い。苦しい。敵を倒しているのに、まるで自分が攻撃を受けているような感覚。
僕は刀をマニピュレータに持たせ、CNネットを切り始める。
始めからこうすればよかった。
フットペダルを踏み込む。
月詠は落とし穴から抜け出す。そして付近に降り立つ。
ここからは推進剤や冷却剤の消耗を抑えなくては…………。
攻撃はすでに止んでいる。いや、止めさせたのだ。
僕はこの手で生身の人間を葬った。あまりにも生々しい光景と音。
以前、AnDを倒した時とは全く違う感覚。
でもAnDにも人は乗っている。
僕はそれを忘れていただけ。
敵AnDの中でも同じような事が起こっていたのだ。
それ痛感した。
僕は月詠を目的地に走らせる。
しかし、敵機の接近警報。
「この警報は」
AnD。しかもこのシグナルは敵機。
爆発。右マニピュレータ破損。右肩より下が脱落。携行武装、ハンドガン式のレールガンと共に。
左のマニピュレータにレールガンを携え、応戦する。しかし
「距離があり過ぎる……」
僕は敵AnDに接近を試みるが、機体が落ちる。
「またかっ!」
落とし穴だ。
そして再び爆発。落とし穴に仕掛けてあった地雷が爆発したようだ。
その後、レールガン、迫撃砲、ロケットランチャー、自走砲、固定砲台の集中砲火。
「このしつこさは……」
僕は機体を立て直そうとし、刀でCNネットを切り裂く。
「たかが、AnD一機に……」
これだけの人員を割くなんて。
僕は対人兵器のトリガーを引く。
「前にでてくるからっ!」
足元に滴が落ちる。僕は目の端に溜まった滴を拭う。
敵AnDの砲撃。
レールガンが月詠の脚部に被弾。脚部を破損。
応戦するこちらのレールガンは敵AnDのマニピュレータを破壊する。
自分が劣勢とみるやいなや、敵AnDは後退する。
フットペダルを踏み込み、落とし穴から逃げ出す。
が、損傷した脚部のせいで着地に失敗する。そこに戦闘機が上空を
そして戦闘機は爆弾を落としていく。
爆炎に呑まれる月詠。
コクピット内には様々な警報が鳴り響く。
「損傷大。対人兵器、残弾ゼロ」
直後、後方で大きな爆発が起き、月詠ごと吹っ飛ばされる。
僕は額をしたたかに打ちつける。
視界が狭まる。
救難信号の発信。そのためのスイッチを入れる。
しかしそこで僕の意識は途絶える。
気が付くと、そこは牢屋のような場所だった。
四角い部屋で四方を壁で囲まれており、唯一、一カ所だけ金属の扉がある。
部屋には簡易的なトイレと、ベットだけ。
頭がガンガンする。そしてクラクラする。
取り敢えず、身体の自由はあるようだ。
僕は立ち上がり、扉の
しかし扉は開かない。内側にも外側にも。
僕はベットに腰をかける。
自分の身には怪我などがないようだ。
そう思い、
未だ、頭がガンガン、クラクラする。
これらの事を踏まえると
「自白剤でも使われたか……」
という事はきっと、月詠はもう別の誰かに奪われたと考えるべきだろう。
最新のデータを積んだ機体の鹵獲。
「それが奴らの狙いか」
僕はこのままでは終われない。
と、いっても機体を奪われたまま、帰還すれば銃殺刑ものだ。
機体の奪取或いは爆破。
「それが自分の任務」
そのためにはまず、この部屋からの脱出。
吐き気がし、トイレに
どうやら、まだ自白剤の影響が残っているらしい。
僕は扉に向かって体当たり。が、扉はびくともしない。
「くっ!」
再び襲ってくる吐き気。
もう一度、体当たりをすると、同時に扉が開く。そのため盛大に転ぶが、脱出には成功した。
僕は近くにいた人物を抑え込む。
「ちょっと、待って!」
年老いた女性の声。
僕は取り押さえた女性を見下ろす。
「私は
「……」
僕はそれには応じず首に手を掛ける。
「わ、私の話を聞いて! 私は環境研究者で、息子が人質に……」
「どういう事だ?」
「私に資金面での援助するように言われたの」
「なぜ、ここの扉を開けた?」
「あなたを逃がすためよ」
「じゃあこの拳銃はなんだ?」
僕は近くに落ちていた拳銃を拾い上げる。
「それは護身用よ」
「そうか」
僕は拳銃の持ち手で女性の後頭部を殴る。
気を失わせた後、僕は走り出す。
「おいっ! クサンドラの吸い出しはどうだ?」
「やってますよ! ……でもセキュリティが硬くて!」
「クサンドラシステム起動。パスコード、
「ピッピッ。パスコードが違います」
「くそっ! 教授はDNA政策に反対じゃないのかよっ!」
「別のパスコードは?」
「リストに載っているのは全部試した」
僕はそんな声に聞き耳を立てて、隠れている。
運よく月詠を見つけたものの、データの吸い出しを行っているため、人が集まっている。
こんな状況で飛び出すのは自殺行為だ。
中には自動小銃を背負っていたり、構えている人もいる。
僕の手持ちは拳銃、一丁。このタイプの拳銃なら弾数は二十発程度。
一弾一殺でなければ、奪取できないだろう。
しかし、コピーされたデータはどうやって破壊するか……。
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