第14話 重力2
その後、交代要員が来て僕達の防衛任務は終了した。さすがに二個小隊を相手取る気概はないらしい。まあ、テロリストと自衛隊の違いはその物量差が一番だろう。テロリストは少数派であり、まとまっていても十数名程しかいない。それが散発的にテロを起こすのだ。しかしそのテロリストをまとめ上げる組織がある。それが反政府組織、ロストだ。ロストは「失われた自由を我々に!」という謳い文句を掲げている。組織的な活動や効果的な活動など、一般のテロ行為とは異なるがやっている事は結局、テロ行為だ。市民の安全を
持っていた箸がバキッという音と共に折れる。
夕食のコンビニ弁当を目の前に僕は台所に向かう。確か予備の箸があったな。
弁当をつまみながら、テレビを見る。
今日のテロ行為も流れていた。SSPS・2を狙ったテロ。もし破壊されていたら地球は大きな打撃を受けていただろう。
食事を終えると窓から外の風景を眺める。
無機質な基地内。ここは自衛隊の寮だ。所々に街路樹は生えているものの自然的な印象はまるでない。内側に反り返った街並み。真上にも街並みが広がっている。スペースコロニーは円柱状の構造故、内部に入るとぐるりと一周する形で住宅街や特殊なガラスが設置してある。日中ならガラスからは反射板を通し太陽光が差し込む。
今は夜なので反射板が稼働し日光が入らないようにしてある。風が僕の前髪をさらっと触っていく。この風も人工的なもので、いわば巨大なエアコンと同じだ。
そう考えるとやはり、風情などとは縁遠いな。
そういえば、僕の父が脱獄したらしい。どうやらこの間の十二機のAnDはそのための作戦行動中だったようだ。……父さんはどうしているのだろうか?
僕は緑茶を飲み、再びコロニー内を見渡す。
ん? よく見ると、
僕は夜の基地内を歩き格納庫に着く。例の月詠が収納された格納庫だ。
中を覗き見る。
萩先輩が必死に月詠を整備している。
「これどうします?」
見覚えのある男の声が格納庫に響く。確かこの声は……。
僕は声のした方を見やる。そこには一郎がいた。
「ああ、その武器は背面の推進装置、そこのハードポイントに設置だ!」
萩は声を張る。そして僕の存在に気づく。
「おお! 内藤じゃないか! そうしたんだ? こんな夜更けに」
萩は驚いた表情を浮かべる。
僕は格納庫内に入っていく。
「自分の機体を気にしないパイロットがいるか?」
僕は口を尖らせて話す。両腕を組み、作業用クレーンの上にいる萩に向き合う。
「内藤さん!」
一郎が嬉々としてこちらに向かってくる。
「お疲れ様です!」
「お疲れ」
一郎は敬礼をしながら挨拶する。
「そんなに
僕は困った表情を浮かべ、独り言のように呟く。
萩も眉を顰め、溜息を吐く。その手にはマニュアルのようなものが握られている。そして口を開く。
「おい! 内藤! 相変わらずだな」
月詠を点検していた萩は穏やかな表情を浮かべながら、作業用クレーンを下げる。
「相変わらず?」
「ああ! 駆動系に負荷かけ過ぎだ」
ああ。そういう事か。確かに僕の戦い方はむちゃくちゃだ。そもそもAnDを使った接近戦など、希有なのだ。
「すまない」
僕が俯いてそう答える。
萩は作業用クレーンから降り、こちらに向かってくる。
「内藤さんは特殊な戦い方ですからね」
一郎が僕に向き合う。手にしたマニュアルを捲りながら。
「そのための武装も用意したしな!」
萩が大型コンテナに視線だけを向ける。
大型コンテナはAnDを運べる程の大きさで、大型車両の上に載っている。
「なんだ? あれは……」
僕は怪訝な表情と同時にまたか、とも思った。実験的な武装、南山のようなものだろう。
「こいつは南山改と大気圏突入用シールドだ」
萩はマニュアルを流し見しながら答える。
一郎が缶コーヒーを僕と萩に渡してくる。
「南山改? 大気圏……」
僕は反芻できない単語を漏らす。
萩はコーヒーを受け取り、一口飲む。
「ええ。南山改は南山に振動モーターを積んだものです。それにより固有の周波数を生み出し、破壊力を上げてます」
僕は一郎にコーヒーを返す。
きっとこれは一郎の分だった筈だ。突然来た僕に用意できる訳がない。
「大気圏突入用のシールドは表面に耐熱装甲を使用しており、減速用のパラシュート付きだ。今度の作戦では低軌道上での任務になる」
「つまり、地球の落ちる事を考慮した装備か」
僕は月詠に向き直り両腕を組む。
一郎は申し訳なさそうにコーヒーに口をつける。
きっとそのためにコロニー内の重力ブロックにAnDを持ち込んだのだろう。
より地球の環境に近い状態でシステムなどの調整を行うのだろう。
「今は地球用の調整を行っている」
萩はコーヒーを飲み終えると、端に設置されたゴミ箱に向かって投げ捨てる。しかし外す。
やはりそうか。地球用の調整。地球へは行った事がない。生まれも育ちもコロニーなのだ。地球の知識はあるものの不安が広がる。
萩はコーヒーを捨てるために移動する。
「あら? 私のAnDも調整中かしら?」
儚げで透き通った声が格納庫に響く。
菫は僕が入って来た入り口からゆっくりと歩を進める。
「何故? ここに」
僕は怪訝な表情で尋ねる。
「知らないの? 今度の作戦は二個小隊、計六名で行われるの」
菫は意外そうな表情を浮かべた後、クスクスと笑い出す。
一郎は手元のマニュアルを見やり、ページを捲っている。
萩はコーヒーを捨て終えると歩いて近づいてくる。
「菫のAnDは整備、終わってるだろ?」
「終わってます!」
萩の質問に一郎が元気よく答える。
そのやり取りを聞き、菫はまたも微笑む。
「それは安心ね! そうでしょう? 英雄さん?」
菫は僕に視線を向けながら問う。その微笑みには悪戯をした子どものような表情が見え隠れする。菫の特徴的な笑い方だ。
「ああ。そうだな。AnDだとそもそも大気圏内での活動が制限されるが」
僕はきつい口調で答えるが、それは自分自身の不安の現れでもある。
その場にいた全員が溜息を吐く。
宇宙エレベータの低軌道ステーション。その外縁に六機のAnDが配備されている。
僕と火月、井本教官、
テロリストの多くはAnDの操縦技術は低いのだが、反政府組織ロストではその教育などの戦闘訓練などを行っているらしい。また一部は元自衛隊という事もあり、高い戦闘技術を持つものもいる。
しかし、遺伝的に優れた我々に立ち向かうのは愚かな行為ではないのか?
ピッピッ。そんな事を考えていると他六機と同期したデータが届く。
どうやら、敵機が接近中らしい。こちらから仕掛けても良いのだが、今はもう少し引き付けてから戦闘を行う、と品川隊長の命令だ。
接近中のAnD、二十機を確認。
「いくぞ!」
品川隊長の呼びかけに全員が一斉に飛び出す。がしかし、火月の天照はすぐに制動をかけ、ミサイルを放つ。ミサイルの群れが一機のAnDを襲う。そのミサイルを迎撃、回避する敵機。あっちは火月に任せた。
僕は目の前の敵機に専念する。
フットペダルを踏み込み、一気に加速する。敵機が驚き制動をかける。どうやら、こちらの加速性能に驚愕したようだ。
僕は右マニピュレータにレールガンを保持させ、連射する。呆然としていた敵機はその弾丸の餌食になる。
次!
進路変更をし、次の敵機に狙いを定める。レールガンを脚部のハードポイントに設置後、背面推進装置にある南山改を取り出す。
敵機との距離を詰める。もう触れ合える程の距離だ。そこで南山改を振るう。狙うは敵機の関節部。
振動モーターの作動した巨大な刀は関節部を容赦なく切り落とす。切れ味は抜群のようだ。
「これは使える!」
僕は思わず声に出す。
敵機の関節部を切り落とし無力化する。
続いてもう一機。
僕は次の敵機を切り落としにかかる。
敵機が間合いに入った事を確認し、南山改を振るうが、関節部を回避し装甲に当たる。そして弾かれる。
装甲部では切れないか……。しかしこのパイロット。
「受け止めたのか!? クッ!」
驚きの声を上げた後、唸るように声を漏らす。表情が固いものになり、真剣な眼差しを向ける。
敵機のレールガンが弾丸を吐き出す。それをシールドで受け止める。
敵機の後方に回り込み、南山改を振るう。しかし、それもシールドで塞がれる。そのまま、シールドでの体当たり攻撃を受ける。
「なにをっ!」
僕はフットペダルを思いっきり踏み込み、加速する。
今度は逆にこちらが抑え込む形でぶつかり合う。そして、すぐに距離をとる。
そしてもう一度、アタックする!
シールドとシールドがぶつかり合う、体当たり攻撃。それを幾度となく繰り返す。
シールドにレールガンの徹甲榴弾が着弾、爆発する。シールドの表面が吹き飛ぶ。
南山改を振るうが、シールドで防がれる。
「またかよっ!」
僕は不満を漏らす。もはや普通の敵ではない。相当な手練れだ。かなりの戦闘訓練を受けた者だ。
南山改とシールドがぶつかり合う。
「やるっ!」
ガンッという振動がコクピット内を揺らす。幾らショックアブソーバーが衝撃を吸収しているとはいえ、この振動だ。ぶつかった時の衝撃は相当なものなのだろう。
ピー。ピー。ピー。
電子音がコクピット内に鳴り響く。様々なデータを手早く見やる。相対速度が落ちてる。敵機とぶつかり合う内に速度が落ちたのか。
「まずいな」
「おい! 内藤! 高度が下がってる!」
猛然と迫りくる敵機。ぶつかり合うシールド。
「分かってますっ!」
不安と焦燥から声が荒ぶる。
ビー。ビー。
電子音が低いものに変わる。高度が更に落ちた事を告げる。
「限界高度だ! もう戻れないぞ!」
「くそっ!」
僕は井本教官の通信に焦りを見せる。
敵機がレールガンを構えるが、それを南山改で弾く。レールガンは失速し地球に向かって落ちる。
レールガンは空気との摩擦熱を帯び赤く溶けだす。それを眼下にぶつかり合う二機のAnD。
「ちっ! 受け取れ! 内藤!」
火月はシールドをこちらに向け投げる。僕のシールドは徹甲榴弾のせいで表面の耐熱処理が剥がれている。
僕はシールドを鈍器のように振るい、敵機にぶつける。怯んだ敵機に蹴りを加える。
敵機との距離が開いた!
そして火月からのシールドが届く。それを左マニピュレータで受け止める。
脚部が赤く染まる。
「大気圏突入」
僕は呟くと同時に各種スイッチをいじり、大気圏突入用体制に入る。
先行していたレールガンはすでに溶け、跡形もなくなっている。
このままでは僕もああなってしまう。
バーニアで減速をしつつ、シールドを前方に掲げる。脚部が熱せられなくなった。その代わりにシールドが赤く熱せられていく。
青い地球が今は赤く染まって見える。いや、モニターに映るものが全て赤みを帯びている。
シールドが赤く焼けていく。コクピット内、温度が上昇していく。
落ちていく。重力に囚われ落ちていく。
息も吐かない
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