第3話 大会1
「――次のニュースです。今日未明。日本のスペースコロニー、トートでAnD-
何気なくテレビをつけニュースを見ていると後ろから声を掛けられる。
「あのコロニーには確かあなたの弟さんがいたわよね?」
「ああ」
俺はソファに腰を掛け、答える。
「弟さん。心配だわ」
彼女が隣のソファに同じように腰を掛ける。
「ニュースには他の犠牲者がいない。大丈夫だろ」
グラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぎながら答える。それを二つ用意すると彼女にも勧める。
「さて、次の計画だ」
彼女はグラスを受け取る。
「次はどうするの?弾薬とAnDが足りないのだけど……」
「ああ。その点は大丈夫だ。すでに手筈は整っている。問題は……」
そう問題は今度、行われるデモだ。こちらの妨げにならなければ良いのだが……。
ゲノムデータを基に職業を決めるようになり、職業選択の自由がなくなった。それは人間の努力を否定するものではないだろうか?飛躍すればそれは人の歴史、尊厳をも否定しかねない。
だから否定する、今の政府を。そのやり方を。人々の幸福は努力で手に入れるものではないのか?
「
「分かったわ」
コロニー、トートにて。ある酒屋で二人の男が話している。
「人間が人間を管理しようなどと!」
「二ヶ月後にAnDのロボットサバイバルゲーム大会がある」
「人が集まるな。よし、
「ようし、日本政府に目に物見せてやる」
……
事故から一ヶ月が経とうとしてる。心にぽっかりと穴が空いたように苦しい。思いだすたび胸が痛む。どうして、助けられなかった。なぜ、
事故の原因が分かるまで部活は無期限の休部となった。熊は話さなかったが、六月の大会は恐らく出場停止になるのだろう。
学校で居場所が無くなった。今までは
事故の後、警察や事故調査委員会なるものに事故の状況や会話などを聞かれた。特に事故調査委員会は、普段の
学校が終わるとアルバイトに励んだ。宇宙のデブリで使えそうな物を集めるジャンク屋。スペースコロニーの外壁補修のバイト。AnDを扱いそれらをこなして行く。
生計を立てるため。借金を返済するため。
働いていると少し、気が紛れる。そんな気がした。
別にそれで傷が癒える訳じゃない。何かが変わる訳じゃない。もう戻れないのだと、自覚して行くだけなのだ。戻れないのだから考えても無駄なのだ。段々と諦めて行くのだ。無駄なのだと……。
「
小さな声でそう呟く。
クラスの空気が凍りつく。孝も火月も、ほぼ全てのクラスメイトが驚いた顔でこちらを向く。
しかし、僕は気付かなかった。ぼーとして窓の外を見る。先生が呼んでるが頭に入ってこない。
「内藤……。内藤!」
ようやく僕が呼ばれている事に気付く。
「内藤。気分が悪いなら保険室で休んでも良いぞ」
いつもより優しい声色と表情で、担任の
「大丈夫です」
「顔色が悪いし、少しやつれているじゃないか」
「少し寝てないだけです」
夜、寝床に就くと色々と思い出したり考えてしまうのだ。
「保健室で寝て来い」
そこまで言うのなら……。
「……はい」
「誰か付いていってやれ」
「いえ。一人で行けます」
火月が立ち上がった事には気付かなかった。
保健室に着くと、誰もいない。
後で言えば良いか。そう思い、ベットを借りる事にした。
どのくらいたったのだろう。全然、寝れない。
「おや、どうしました?」
保険の先生が様子を伺いながら話しかけてきた。どうやら今、保健室に戻って来たらしい。
「最近、寝られないんです」
そう答えると、先生は棚を探し始めた。
「睡眠導入剤でも飲むか?」
「はい」
先生は水の入ったコップと薬を持って来る。
「ありがとうございます」
と、言いながら薬を飲む。ようやく眠くなってきた。
……どのくらい寝ていたのだろう。もう放課後のようだ。なんだか疲れが残っているような気がする。……バイトに行かないと。
学校を出て、コロニー外壁改修工事へと向かう。バイト先の更衣室で宇宙服に着替える。民間用のAnD、
まず、右のマニピュレータ、溶接用ガスバーナーで古くなった外壁を焼き切って行く。次に左のマニピュレータで外壁用の装甲を持ち、溶接を開始する。その作業を何度も行う。
コロニーの外壁は多層構造になっており、宇宙線(放射線)や隕石、デブリの衝突などによって装甲が傷んでもすぐには問題が起こらないようになっている。多層構造の内側にもカーボン製の装甲がある。そのさらに内側にカーボンナノチューブが存在する。
僕が行う工事はその一番外側。バイトで任せるのは何か問題が起こってもすぐ対処できる場所だけなのだ。
バイトが終わると自宅に帰り夕食を済ませ寝る。が、床についても中々寝られない。グリニッジ標準時三時二十七分か。今日も寝られそうにないな……。
宇宙では太陽の日の入り、日の出がないので国際宇宙ステーションの名残からかグリニッジ標準時を使う事が多い。またコロニーの昼夜もそれに合わせて調節している。コロニーによっては作った国の時間に合わせる事もある。
事故から二ヶ月が経つ。今日ようやく事故の調査結果がでた。その結果を話すためミーティングルームに事故関係者が集められた。宝冠以外が全員、揃っている。岩沼は調査結果の入った封筒を開ける。
「では、発表する」
岩沼がそう切り出すと一気に部屋の空気が重くなる。
「結果から言うと、事故の原因はパイロットの操作ミスによるものと断定する」
ざわついた声が聞こえる。
「理由は他の同型AnD、
「納得できない」
そう呟いてしまった。明らかに
「内藤。これ以上、学校側は何もしない。これで打ち切るつもりだ」
「……分かりました」
「それともう一つ、報告がある」
なんだ。まだ何かあるのか?
「今月末から始まるAnDのロボットサバイバルゲーム大会に参加する事にした」
「でも、ほとんど練習してませんよ?」
貴彦が不安そうに質問する。
「出場するだけでも演習になる。男子チームは熊、武山、内藤。女子チームは水越、植木、船越
今日、明日で事故の事は飲み込むようにとそういう事か……。
競技用のAnD-
輸送機
演習予定ポイントに着いた。それぞれの輸送機からAnDが飛び立つ。AnDは三機ずつの編成を組み対峙する。今日は隕石やデブリが少ない。
「よし、演習開始」
岩沼と輸送機からの光信号が演習開始の合図を告げる。久しぶりのこの感覚。事故以来だ。あの後、磁場を応用したトラウマ治療がなければここにはいられなかっただろう。
「よし。行くぞ」
「……了解」
「へーい」
熊の合図に僕と火月が応答する。レーダに映る演習相手三機にNo1、No2、No3と表示される。
「二番機は火月に任せる。内藤は三番機だ。俺は一番機をやる!」
「了解」
「おう」
……演習は二十分程度で終わった。明日は大会当日だ。申し込みなどは岩沼が済ませた。今までは生徒任せだったのに。最近は、教師らしい事をしているな。
大会当日。全部で七試合すれば優勝らしい。うちの高校は毎年、上位に食い込むAnDの名門校らしい。この大会はパイロットの技術向上が主な目的だ。またAnDの開発・研究の技術向上や効率の良い戦略の構成などが目的でもある。
工業用AnDでも装甲の硬さが小型の隕石やデブリに衝突した際の生存率の向上など役立っている。また採掘の際、砕けた岩石が機体にぶつかる事がある。AnDの性能向上は大きな経済効果をもたらすと言われている。
大会は始まった。選手宣誓に始まり、大会の主催者の演説で終わる。皆一様に無線通信機を通じて話しを聞く。実況アナウンサーの紹介で我が校は、二ヶ月前に悲劇の事故を起こしたチームが悲願の参加を遂げたと言っていた。事故と聞き、古い傷を抉られたような、火傷に触れられたような感じがした。
今大会では自衛隊の護衛が配備されている。軍事用AnD-
一試合目、男子チームは西南軍事高校との対戦だ。相手は今年、初めて参加するらしい。
僕達は輸送機で会場へ向かう。会場といっても宇宙の、ある空間を戦闘宙域に指定しているだけだ。AnDに乗り、会場のスタンバイ位置まで移動する。
この宙域は隕石やデブリがほとんどない。隠れながら攻撃するのは難しいか。
「いよいよだぞ。内藤、火月引き締めていけよ!」
「了解」
「おうよ!」
相手チームがスタンバイする。
「やべー。緊張する」
「初大会だもんなー」
「相手のチーム。名門校っすよ!まずくないっすか?」
この声、まさか相手チームの?
「おいおい。なんだよ。通信の切り方も分からないのか?」
火月が呟く。
「試合開始!」
大会の実況アナウンサーから無線が入る。相手チームとの距離は約五十km。
「さて、始めるぞ」
熊が二人に呼びかける。相手チームの無線はまだ繋がったままだ。正直、うるさい。
「内藤、ハンドガン貸せ」
……? 火月は何をする気だ?
「……了解」
火月のAnDにハンドガンを投げ渡す。それを左のマニピュレータで受け取った火月が敵三機に三発のペイント弾を撃つ。
「……試合終了!」
実況アナウンサーが驚いたといったように声を上げる。
火月は右利きなのに左手で、しかも五十km程の距離から命中精度の低いハンドガンで狙い撃てるのか。素直に関心してしまった。いくら相手が初心者でもそこまでの命中率とは思いもしなかった。それは熊も同じようだった。
「……よくやった。火月」
「すごいな……」
「らくしょー」
無線の向こう、相手チームは未だに負けた事を理解していないようだ。こっちも驚いたぐらいだ。
ハンドガンはスナイパーライフルと違い。高感度複合センサーが付いてない。また、ハンドガンは弾の軌道がぶれやすい。センサーでも映らない相手をどうしたら当てられんだ。
……次の試合は午後か。
「よし。午後までは各自休んでおけ」
「了解」
「はいよ」
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