第26話 新米辺境伯の後日談

──同じ頃、フォルスート北端の城塞にて。


「新しい環境にはもう慣れたかな?辺境伯閣下」

「……誂うのはおやめください、ロッド殿」


 ああ、また前と同じ呼び方をしてしまった。

 我はもう王族ではないというのに。


「そう邪険にするな、余も姉上たちもそなたの身を案じているのだぞ」

「お気遣い痛み入ります。しかしそれは本命の要件ではないのでしょう?」

「──話が早くて助かる」

「結論から言いましょう。ジェスター前宰相は隣国のメディマルムに逃亡する腹積もりだった」

「ほう、その根拠は?」

「もう一つの候補であるアリフラーラは海の向こうにある国。突発的に逃げ込む先としては不都合な点が多い。そして何より──」

「そなたの前任がジェスターの逃亡を幇助する算段を立てていた」


 やはり既に存じていたか。


「……メディマルムの大使館が騒がしくなっていることはご存知ですかな」

「いや、それは初耳だ」

「此度の件を受けて公的に動かざるを得なくなった、と見て良いでしょう」

「こちらとしては交渉の席についてくれそうでありがたい限りだ」

「……楽観視が過ぎませんかな。あちらが素直に応じてくれると決まったわけではないのですよ」

「そうだな、密偵が送り込まれてる可能性は疑った方が良い」


──どうやら楽観視が過ぎていたのは我の方だったらしい。


「これより先は余の管轄。そなたはこの城塞を崩されぬよう励め」

「……承知、致しました」


 王宮から離れたことで気苦労が減ると糠喜びしていた頃が懐かしい。

 辺境伯の、国境警備隊の務めがかくも面倒なものだったとは知らなかった頃が遠い昔のことのように──


「時にルクトーよ」

「何でしょうか」

「ミュンツェとカーロが怒っていたぞ。息災なら手紙の一つも寄越せ、とな」


 そういえばこちらに移って以来、一度も連絡を取っていなかった。


「まったく、余を伝令役に使うなんて不遜にも程がある妹と義弟だ」

「そんなところが可愛くて仕方が無い、と自慢しているように聞こえるのは我の思い過ごしでしょうかね」

「さて、どうであろうな」


 相変わらず──いや、そう装うのが上手いと言うべきか。

 食えないお人だ。

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