第20話 同じ悼みを抱えて

「……ディアナはうまくやれたようだね」


 ミュンツェ王女殿下の野心が打ち砕かれた、という報せはすぐに知れ渡るだろう。


「次は僕たちが頑張る番だよ、ワークス」

「オレが出る幕は無い方がありがたいんですがね……」

「平和的な解決を理想としているのは皆同じだよ」


 武力の行使はあくまで最終手段。

 使わないに越したことは無い。


「それはそうとディアナ様の推測についてポート様はどうお考えですか?」

「可能性は無きにしもあらず、と言ったところかな」


 ミュンツェ王女殿下の婚約者であるカーロ殿は自発的に失踪したのではなく何者かに捕らえられ幽閉されている。

 そうすることで得をする誰かを絞り込めない限りこの推測が妄想の域を出ることは無いだろう。


「そっちの調査は影武者くんとリューイに任せて、僕たちは僕たちのやるべきことをやるよ」

「……腹を括れってことですね」


 そして訪れた謁見の日。 


「お加減は如何ですか、ターサ王女殿下」


 僕たちが対面したのはすっかり窶れてしまった一人の淑女だった。


「……何のご用かしら」

「少しばかりお話したいことがありまして」

「わたしと、話……?」

「ええ、宝物の話を」

「宝物……わたしにはもう、何も……」

「いいえ殿下、あなたにはまだ残っています。カリクス様と共に授かった、とてもとても大切な宝物が」


 ここまで言えば流石に気づいてくれるか。


「コル……」


 か細い声で紡がれたのは幼い息子の名前。


「最近お会いになられましたか?」

「いいえ……こんな姿、あの子に見せられないもの……」

「心中はお察しします。けれど幼子にとって母親は掛け替えのない存在、少しでも長く共にありたいと思うものです」

「共に……」

「この謁見を終えた後にでも様子を見に行ってあげてください。きっとお喜びになられますよ」

「……ふふ、」

「殿下?」

「まるで自分がそうしてほしかったかのように言うのね」


 少しでも長く母と共にありたかった。

 そう思ったことは確かにある。


「……僕の両親は放蕩の貴婦人に殺され、復讐の機会は終ぞ訪れませんでした」

「わたしと同じね」

「そう、仰ってくださるのですね」


 安易な共感は不興を買うだろうと思って黙秘するつもりだった僕とは大違いだ。


「他にもたくさんいるのでしょう?愛する人も憎い相手に復讐する機会も奪われて遣る瀬無い思いをしている人たちが」

「……はい」

「その人たちのためにわたしが出来ることは何かしら?」

「それは……」


 この方は既に答えを知っている。

 僕がそれをさせたがっていることもとうに察しているだろう。


「……王位を継承し、寄る辺となることと存じます」

「やっぱりそうよね」

「決起して、いただけますか」

「少し時間を頂戴。お父様やロッドと話し合わなきゃいけないし、何よりあの子に会いたいの」

「──ああ、それは何よりも優先すべきことですね」


 当初の目的は果たせた。

 影武者くんとリューイがどんな成果を持って帰ってくるにしろ、ファタール卿が思い描くシナリオの大筋は変わらないだろう。

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