第19話 才無き王女の慟哭
「アケル、準備はよくて?」
「はい、お嬢様」
──正直なことを言ってしまえば不安しかない。
ディアナ様は正論を容赦なく叩きつけるお方だ。
情勢の混乱を治めるためにミュンツェ王女殿下の野心を打ち砕くという大義名分があるとは言え、このお方の横暴と言っても差し支えの無い振る舞いを許して良いのだろうか。
「ごきげんよう、ミュンツェ王女殿下」
「あなたは確か……ヒロイック家の……」
「ディアナ、と申しますわ」
などと悩んでいるうちに会合が始まってしまった。
流石に最初のうちは当たり障りのない話に花を咲かせているけれど、いつ本題に入るか分からない緊張感に冷や汗が止まらない。
「時に殿下、新しい婚約者を探しているという噂を耳にしました」
「……別に、婚約者である必要は無いわ。国王になった私を支えてくれる優秀な人材であれば誰でも──」
「何故そんなにも焦っておられるのですか?」
ああ、踏み込んだ。
「ロッド王子殿下の復帰を待つことが出来ない理由でもありまして?」
「っ……」
誰もがポート様やリィン様のように受け流せるわけでは無い。
寧ろあの方々が秀逸なだけで大抵の人は言葉を詰まらせる。
傑物、と言えば聞こえは良いが実際のところはどうしようもなく頑固なだけだ。
ディアナ様はそれを理解した上で我を通し続けている。
いや、曲げられないと言った方が正しいだろう。
「無礼を承知で言わせていただきますが、貴方は王に──」
「分かっているわよそんなこと!」
予想外の怒号にディアナ様は目を丸くする。
当然私もだ。
「私に才覚が無いことは嫌というほど理解している。けれどお姉様やお兄様が塞ぎ込んでいる今、立ち上がるべきなのは私でしょう!?それとも何、本人の意向を無視してでもルクトーに王位を継承させた方が良いとでも言うの?」
凄い、あのディアナ様が圧倒されている。
「たとえ民衆に望まれなくても私は王の座に就く。不安と恐怖に蝕まれたこの国に平穏と安寧を取り戻すためにはそれしか方法が無いのよ!」
これが王族の気迫というものなのだろうか。
「……殿下、まずはこれまでの非礼を詫びさせてください」
「な、何よ急に」
「その胸中に抱く覚悟が生半可なものでは無いことは先程のお言葉でとても良く理解出来ました」
己の非を認めて引き下がる。
普通の人ならそれで終わりにするだろう。
「故にこそわたくしはこう言います」
けれどこの方は、ディアナ様は己の非を認めた上で一歩前に進み出る。
「ミュンツェ王女殿下、貴方は王になるべきではない」
言うべきことをきっちりと言い切るために。
「……何故、そう言い切れるの」
「民衆が貴方の意向に従うことは無く、貴方は民衆を制御する術を持ち合わせていない。事態が悪化することは火を見るより明らかです」
「だとしても他に──」
「わたくしの仲間がロッド王子殿下とターサ王女殿下の再起に奔走しています。彼らなら必ずや吉報を届けてくれることでしょう」
「っ……」
「どうか身を引いてくださいませ。貴方自身と貴方が愛するもののために」
「……あなたに言い負かされたのであれば民衆も納得するかしら」
寧ろそうとしか思われないまでありますよ、殿下。
「良いわ、玉座は諦めてカーロの行方を追うことに専念する。どこかで穏やかに暮らしているならそれはそれで──」
「お、お待ち下さい殿下。カーロ様が失踪した原因はメロゥ・ファタールが死んだことではないのですか?」
「そんなものは根も葉も無い作り話よ。彼はあの娘に好意を抱くどころか恐れてすらいたわ」
「では他に心当たりは?」
「心当たりも何も、重圧に耐えかねて逃げ出したとしか考えられないわ。書き置きの類はまだ見つかってないけれど……」
これは予想外の収穫だ。
一見何の問題も無く成立していた因果関係が捏造されたものだったなんて。
「……殿下、差し出がましいようですがわたくしにもカーロ様の捜索を手伝わせていただけないでしょうか?」
「構わないけれど、どういう風の吹き回し?仮に彼を見つけられたとしても、あなたの得になるようなことは何も無いと思うのだけど」
「得の有無はわたくしの方で判断しますのでどうかお気遣いなく」
一時はどうなることかと思ったけど、存外に穏やかな幕引きとなった。
事の一部始終を知ったホーラ様は頭を抱えそうだけど、それはまた別の話ということで。
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