第7話 弟であるがゆえの受難

「落ち着いたか?」

「……すまないね、情けないところを見せてしまって」

「自棄を起こして暴れられるよりは良い」

「そんな思いきりの良いことが出来るタチじゃないよ、ぼくは」


 まぁそんな気はしていた。


「じゃあ何で本物サマを自分の手で殺そうとしたんだよ。捨て駒を使うのが貴族のやり口じゃないのか?」

「さっき君が言った通り向いてないんだよ。謀なんてぼくの柄じゃない」

「だから手駒も用意できず、自分ひとりでやる羽目になったのか」

「……誰の差し金かは流石に黙秘させてもらうよ。姉上は気づいていそうだけど」


 本物サマも手紙を読んだ時点で察しはついてたんだろうな。

 それはそれとして、だ。


「あんた、あのお嬢様の評価がやたら高いな?」

「幼い頃から散々実力の差を見せつけられてきたからね、下手に対抗心を燃やすくらいなら素直に称賛した方が自分のためになると悟ったのさ」

「そりゃ災難だな……」

「災難、か。そうかもね」


 なんというか、ついてねぇなこの弟クン。


「……なぁ、失敗がバレたらまずいことになるのか?」

「おや、心配してくれるのかい?」

「俺のせいであんたが酷い目に遭うのは……ちょっと寝覚めが悪いからな」

「君も大概人が良いね。そのお陰でぼくは踏み留まることが出来たわけだけど」

「……あー、そういうのはむず痒くなるから勘弁してくれ」

「感謝は素直に受け取るものだよ」


 本来はこういうタイプなのかこいつ。

 正直すっげー調子が狂う。


「……で、結局どうなんだ?」

「心配はいらないよ。お互いに何の不利益も被っていない以上騒ぎ立てようが無いし、寧ろ墓穴を掘るだけだ」

「つまりこっちは素知らぬ顔をしてあんたらを送り返せば良い、ってことか」

「そうしてもらえるとありがたいね」


 そんなこんながあった後。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 お嬢様と弟クンは馬車に乗って帰っていった。


「はいみんなお疲れ様、特に影武者くんは大変だったね」

「大分好き勝手やっちまったけど良かったのか?」

「最高の成果だよ、向こうに付け入る隙を与えなかったからね」

「もし弟さんに怪我の一つでもさせてたらどうなっていたかは……言うまでもないか」


 無事に終わったからって脅かすな。


「そっちは何も無かったのか?」

「至って普通のお茶会をしただけだよ」

「見てる側はヒヤヒヤしっぱなしでしたけどね……」

「……ドンマイ」


──同じ頃。


「何ですか姉上、さっきからジロジロと……」

「貴方こそ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

「……どうしてぼくの同伴を許可したんですか」

「良い経験を積めると思ったからよ」

「取り返しがつかないことをしでかすかもしれなかったのに?」

「それも一つの経験よ」


 ああ、全くこの人は。


「……そんなだから厄介払い気味に嫁がされるんじゃないですか?」

「そうかもしれないわね」

「父上にあれこれ押し付けられるぼくの身にもなってくださいよ」


 こうやって言い返すのはいつぶりだろう。

 少なくとも姉上がビックリして固まるくらいか。


「今日は随分と口が軽いわね」

「そういう気分なだけですよ」

「じゃあそういうことにしておいてあげるわ」


 いつもなら聞き流すところだけど今日はちょっと腹が立ったから意地悪してやろう。


「ところで姉上、久しぶりに遠駆けでもしませんか?」

「なっ……ちょっとホーラ、わたくしが馬に嫌われてるのを知っててそれを言うの!?」

「馬どころか動物全般に嫌われてるじゃないですか」

「貴方ねぇ……喧嘩を売るにしても極端すぎるのよ!」

「勝ち目のある分野で挑めって言ったのは他でもない姉上じゃないですか」

「ああもう!今日は本当に減らず口が過ぎるわね!」


 今日くらいは許してくださいよ、姉上。


「……ディアナ様とホーラ様、何だか楽しそうですね?」

「久方ぶりのきょうだい喧嘩が嬉しくて仕方がないのでしょう」

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