第一章【僕と先輩とドタバタ】その③

「そう、ですよね。」

予想通りと言えば予想通りの返事だった。これで、彼女のことで悩む必要も無くなる。

彼女はそれだけ言ってまた顔を伏せる。そうして、どういう経緯でこうなったのかを話し始めた。

「昨日は生徒会で入学式の片付けをしたんだ。そこで早めに文化祭の話になってね。見世物は劇がいいんじゃないかなんて言われて、主役を私がやる流れになってね。ちょっと乗り気ではあったから、今流行ってる映画の好きなシーンを1人だったし軽くやってみた訳なんだ…。」

まあ、なんというか思ったより恥ずかしい事故だった。考えていてこっちまで顔を背けたくなってくる、気まずい。

彼女もすごく恥ずかしそうにしていて、少しだけ覗いた頬は真っ赤だった。

「本当にごめん。君も混乱したよね…。」

「大丈夫です、混乱はしましたけど。」

「そうだよね…。あ、そういえば妹にも見られてるんだけど君のところに行ってたりするかい?」

「まあ、来ましたね。ちょっと怒られました。」

実際はちょっと所では無くて結構怖かったけど控えめに伝える。別に対して怒ってるとかでもないし、何があったか分かっただけで十分だった。

「あぁ…本当にごめん。」

ただ、罪悪感が凄いのかさっきから申し訳なさそう。過度に謝られるとちょっと罪悪感を感じる…。

「気にしてないので大丈夫ですよ。」

一応、念押しとしてもう一度だけそう伝える。

もう落ち込みすぎないことにしたのか、彼女は大きく息を吐いて前を向いた。まだ恥ずかしさが残ってるのか顔は赤いままだった。

その横顔はやっぱり、綺麗な顔立ちをしていて惹き込まれてしまう。

「あ、そういえば名乗っていなかったね。姫野咲希だ、よろしく。」

「須永樹です、よろしくお願いします先輩。」

会話が終わる、だけど僕と先輩は横並びのままに歩く。

話すことがないのが気まずい。時折彼女の方に視線を送るけどあまり僕のことは気にしてないような素振りだった。

住宅街はとっくのとうに抜けていて、互いにめざしているのは駅だけ。

学校を出てから体感十数分ぐらいだから、あと五分もすれば駅に着くはず。

僕はそうして相変わらず気まずいまま、歩くペースを先輩に合わせていた。

住宅街の方は歩道が広かったけれど、駅に向かう途中の今歩いているところは少し狭くなる。

あるのは車通りぐらいで肩や手がぶつかりそうになるものだから、意識せずにはいられなかった。昨日から僕はなんだかおかしい気がする。

思ったよりも早く駅に着いて、互いに改札を抜ける。平日の昼だから人は少なく朝と比べて何倍も広々としていた。

「じゃあ、ここでお別れだね。」

「そうですね、さようなら。」

「うん、さようなら。」

互いに改札を抜けてホームに向かう。僕の進行方向は左で、先輩を見ると同じホームに向かって足を動かしていた。

別れた手前なので距離を取ってせめて同じ号車にはならないようにする。後ろを追う形だったから多分同じホームなのには気がついてないんじゃないだろうか。

2、3分が経って電車が到着した。乗り込んで車内が空いていたからリュックをももの上に乗せて座席に座り込む。

ここから僕が降りる駅までは20分ほど、いつもならこの空き時間は本を読むのに使う。

ただ、本を読むには集中できない気がして僕は向こうの窓の景色を眺めた。

目に映るのは白、灰色、ベージュ色の家。赤や青のコンビニ。白や黒に青の車たち。

そんな街並みが流れていく。公園があったり森があったり、背の高い建物があったり低い建物があったり。

遠くに山が見えたかと思えば、大きな川の真上を電車は通過していく。歩くには遠い距離をあっという間に通り過ぎる。

彼女も別の車両で同じように揺られているんだろうか。そんなことを考えたりしながら何駅か過ぎ去って、僕が降りる駅へとたどり着いた。

最後に1番の揺れを残してから電車が止まる。一斉に扉が開いて僕1人だけがこの車両を抜け出した。

ホームを出るために階段へと足を進めようとする。そこで1人、見覚えのある後ろ姿があった。それは間違いなく同じ電車に乗った先輩のものだった。

どうやら、おかしなことに同じ駅を利用してるみたいだ。なら、家も結構近い距離なんじゃないだろうか。

幸い、彼女は僕には気がついてないみたいだった。人が少ないから後ろを振り向かれたら直ぐに見つかってしまう。なので時間を遅らせて階段を登る。

同じ学校に通っていて、同じ駅から電車に乗っている。なら、明日以降も場合によっては鉢合わせることになるんじゃないだろうか。それはちょっと困る。

改札口を出て歩みを進める。僕が通っていた中学校もどうやら下校の時間だったようで女子中学生の数人とすれ違った。

少し足を早めてさらに考え込む。ただどうしても、これから彼女とどう接していけばいいか分からなかった。

結局、会わないことを祈るしかないなんて結論が出て家に着いた。

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